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日常への帰還


 マールバニアに戻ってからは、特別変わった話もない。


 それでも強いて言うなら──ナガセさんがペンデュラムを欲しがった経緯を知ったマツバラさんは、ひたすら彼女に詫びた。


 マツバラさんはナガセさんが譲ると言ったヒカリゴケを頑なに受け取らず、当初の予定通りナガセさんものとなった。


 時を司る魔法にもペンデュラムが良い作用を及ぼす事は間違いないだろうし、その方が良いと思う。


 こうして、僕たちはそれぞれ日常へと戻った。


 ナガセさんたちは元通り仲良しになり、冒険者ギルドへ。


 ドリスさんは「さすがに少し疲れました」と言い自宅へ。


 僕とフローラは工房のある、あの家へ。


 おおよそ三日に及んだソーン・ドン洞窟への旅は、これにて幕を閉じた。

 僕は工房に戻った途端、柔らかなベッドに倒れ込むようにして眠った。


 そして、翌日──。


「レン? まだ寝てるの?」


「んー……?」


 いつもと同じ、控えめなノックとフローラの声。

 思えば、この異世界で僕の一日はいつもこうして始まる。


 朝の光の中と朝の挨拶、そしてフローラの美味しい朝ごはん。

 僕の平和な日々が帰ってきた。


 不穏も不安も冒険も何もない、だけど平和で落ち着いた日々。

 僕は朝のまどろみの中、当たり前のありがたみを噛みしめていた。


「レン、いい加減起きなさい。もう夕方よ」


「夕方!?」


「そうよ。一体何時だと思ったの?」


「いや、それはもちろん朝かと」


「外を見なさい。夕日が出てるでしょ」


「朝焼けかなぁと思ってたんだ」


「もう……レンったら、よっぽど疲れてたのね」


 どうも思いっきり熟睡してしまっていたようだ。

 特に予定はないので構わないけど、ただでさえ夜型の僕は今夜眠れないかもしれない。


「これから私、夕飯の買い物に行ってくるけど。何か食べたいものはある?」


「僕は何でもいいよ。ありがとう」


「何でもいいって言うのが一番困るのよ。食べたいものを言いなさい」


「じゃあハンバーグ」


「分かったわ。レンはもう少し休んでて」


「そうするよ」


 僕はまだ旅の後遺症で身体中が重かった。

 フローラはただの町娘のはずなのに、僕とは基礎体力が違うらしい。

 疲れてる僕とは違って、少なくとも表面上はいつも通りだ。


「フローラは疲れてないの?」


「疲れてばっかりもいられないわ。家の事もしないといけないし」


「何だか僕だけ情けないなぁ……」


「旅慣れてないんだし、仕方ないでしょ。それにレンは今回色々と活躍したし、ゆっくり休んでなさい」


「僕、活躍してた?」


「そうよ。あの時のレンの機転が無かったら、きっと大変な事になってたと思う」


 それは洞窟であのみっつのアイテムを活用した事だろうか?


 ナガセさんの行使した魔法がすごすぎたせいで、自分ではあまり活躍した自覚はない。

 それでもあのささやかな頑張りをフローラが覚えててくれたのが嬉しかった。


「頑張ったご褒美に美味しいハンバーグを作ってあげる。夕飯は一緒に食べようね」


「うん、ありがとう」


 フローラの気配が消え、買い物に出かけたみたいだ。

 夕食は僕の願い通りハンバーグが食べられるらしい。

 ご褒美としては、大満足だ。


「あ、レン。言い忘れてたけど」


「あれ、どうしたの?」


 買い物に出かけたと思ったら、すぐに戻ってきた。


「午前中、ミオが来てたわよ。ティンカーさんの店に行くって言って帰ったけど」


「ナガセさんが?」


「あの何とかっていう石を貰いに行くんだって。ちゃんと交換できたのかしらね」


「それは大丈夫だと思うけど……何だ、起こしてくれれば良かったのに」


「起こしたけど起きなかったのよ」


「そっか……ごめん」


「そのミオから伝言を頼まれてるわ。歩見くんありがとう、近いうちまたみんなで冒険しようね、だって」


「そ、そう。そんなこと言ってたんだ……」


 正直な話、しばらく冒険の旅は遠慮したい。

 こうして家の中にいるのが一番落ち着くし、僕は時々アウトドアするだけで充分だ。


「錬金素材も必要だろうから止めたりはしないけど、冒険は私が一緒に行ける時だけにしてよね。危なっかしくて仕方がないわ」


「まさかまたフローラも行くつもりなの?」


「レンの家主として当然でしょ? それに結構、旅って気分転換に良かったし」


 そこに家主がどう関係してくるのか今一つ分からない。

 多分フローラはフローラであの洞窟への旅が楽しかったんだと思う。


 結構危ない目にもあったのに、なかなかタフなメンタルの持ち主だ。


「何よ、嫌そうな顔して~。まさかミオと二人で行きたいって言うの?」


「そうじゃないよ。ただ、フローラは冒険者じゃなく普通の人だから」


「レンだって冒険者じゃなく普通の錬金術師じゃない」


「そうだよ。だから今度こそ僕、フローラをしっかり守れるアイテムを作れるようにならなくちゃ」


「え……?」


「この間のアイテムじゃあまりにも心もとないから。もっと錬金術を勉強して、フローラに大変な思いをさせないアイテム作りを頑張るよ」


「……」


「フローラ?」


 フローラがかすかに顔を赤らめた──気がする。

 その後、彼女は満面の笑顔を浮かべた。


「……私、次の冒険の旅を楽しみにしておくわ。レンのアイテムでしっかり私を守ってもらわなくっちゃね!」


「はは、次って言ってもいつになるんだろうね……」


「まずはハンバーグの材料を求める旅! 行ってくる!」


「い、行ってらっしゃい」


 フローラはテンション高めで買い物という小さな旅に出た。


 残された僕は、まだ眠い頭で物思いに耽った。

 気になるのはやはり事の発端のパワーストーンの事だ。


 大丈夫だとは言ったけど、ナガセさんは無事にヒカリゴケと交換できただろうか。

 量が足りないとか何とか、ティンカーさんに難癖つけられたりはしなかっただろうか。


「ちょっと見に行ってみようかな……?」


 ティンカーさんの店からペンデュラムが無くなっていればそれで良し。

 どうせなら、その後ギルドに行って明日からの仕事の口を探すのも良し。


 自営業の僕は、自分で仕事を取ってこないと無職とほぼ同義だ。

 今日という日を無駄に過ごしてしまったダメージはそのまま僕の財布に跳ね返ってくる。


 僕は疲れた身体にムチを打って、外へ出かける事にした。



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