時間よ止まれ
スエナガ君の索敵は正確で、僕らは迷うことなくマツバラさんのいる場所へと辿り着く。
やはり敵対していたうちの一人は地底湖のある場所から別の道に入り、隠れ忍んでいた。
そこは洞窟内部にいくつも存在する、行き止まりの小さな部屋だった。
「放せぇ~っ、このブタぁっ!」
「あぁ~、全くムカつくなぁムカつくぜぇ。せっかく捕まえた人質がよりによってオメェだって事がよぉ」
「ユッコ!」
「マツバラさん!」
「ミッコ、歩見くん……!?」
「ちぃっ、やっぱり来やがったぁ……!」
「そこの冒険者、今すぐその娘を解放しなさい。さもなくばマールバニアへ戻ってから誘拐、監禁、乱暴狼藉の嫌疑で申し立てても良いのですよ!」
「ふん! そりゃあ開放しなくても同じ事じゃねえのかぁ?」
「今すぐ開放すれば、この小さからぬいさかいを見て見ぬ振りもできましょう。あなたは仲間を連れてここを去りなさい」
「そしてお前たちがヒカリゴケを持っていくのを指を咥えてみてろってか? 冗談じゃねぇぜぇ」
「こんな状況でまだそんなものにこだわるのですか?」
「片手で金貨数枚の価値があるヒカリゴケだ。この稼ぎをフイに出来るかよぉ」
交渉には一番知恵の回るドリスさんがあたった。
しかしその交渉に冒険者は応じる気配はない。
僕らはここまでほとんど走る様にやってきて、その短い時間の中では彼女を解放してもらう交渉材料を見つける事はできなかった。
交渉とは人質がいる方が圧倒的に有利な状況を作り、どう頑張っても膠着状態を生んでしまうみたいだ。
「どうしても応じられないというのですね?」
「たりめぇだ! 採集が終わるまでこの娘は預かっとくぜ」
「ならば、仕方ありませんね……」
「おっと! あんたは指一本動くな。冒険者ギルドじゃ見ねえ顔だが、銃士がマールバニアにもいたとは知らなかったぜぇ」
「……何のことです?」
「トボけるんじゃねぇ。その手に持ってる物騒なものは何だ? この娘がどうなってもいいなら、そいつでズドンとやってみな」
この状況を打破する切り札に成り得たタネガシマは、あっさりとその存在に気付かれてしまった。
すぐ撃てるように隠さず手にしていたドリスさんを責める事はできない。
彼女は戦闘に長けた冒険者じゃなく、一介の錬金術師にすぎないのだから。
撃った事が多いとは思えないし、まして人に向けた事なんて一度もないはずだ。
「よく知っていますね。あまり知られていないアイテムのはずですが……」
「俺ぁもともと猛獣ハンターだからな。そいつによく似た武器を持ってる仲間を知ってんだよぉ」
「なるほど。そして今は勇敢に猛獣を追わず、人質を取ってコケ採集ですか?」
「うるせぇ。あんたはまずそいつを捨てな。さもなきゃこの娘の顔に傷が付くかもなぁ……」
「止めなさい! ならばこの銃を捨てる代わりにマツバラを解放するというのはどうですか?」
「話にならねぇな。こいつは採集が終わるまで預かると言っただろうが」
「……私たちはヒカリゴケに手を出さず、ソーン・ドン洞窟を出る。あなたたちは好きなだけ採集に明け暮れればいい。そういう条件では?」
「その保証は?」
「ありません。神に誓うのみです」
「誓いの証に人質を要求するぜ。この娘の代わりにあんたが人質になれ」
「そんなのダメ! それじゃユッコを人質に取ってるのと変わんないじゃない!」
「この人頭が悪いんじゃないの?」
「そーだそーだ! 頭が悪いぞ!」
「ギルドに戻ったらひどい事されたって訴えてやる!」
「ユカリを放してよ!」
「そもそも臭いのよ! お風呂に入ってないんじゃない?」
「こんだけの人数差だ、今なら負けねーぞこの野郎!」
「おらぁガキどもっ! 大人をイラつかせるとどうなるか思い知らせてやろうかぁ!?」
「みんな、ダメだよ……! 向こうにはマツバラさんが捕まってる」
「そこのしみったれたガキ。よくも臭いだの頭が悪いとかのたまってくれたなぁ」
「僕? 僕は何も言ってない!」
先生に間違って怒られてしまう生徒みたいで嫌な誤解だった。
それはともかくドリスさんを人質に出すのは論外だし、それは彼女以外の誰でも同じ事だ。
僕らはマツバラさんを取り戻し、この洞窟を出られたら後は勝手にやってくれればいいと思ってるのに、向こうはなかなかそれを信じない。
「んで、どうすんだ姉ちゃん。ガキどもはこう言ってるが……」
「私も人質は気乗りしませんね。ですが、それであなたの気が済むのであれば……」
「ダメよドリス! こんな奴らの人質になったら何されるか分かんないじゃない!」
「今はそれしか方法がありません。マツバラをこちらに。代わりに私がそちらに行きます」
「な、何よあんた……なんで私のためのそこまですんのよ……」
「こういうのは大人の役目です。それに、時間を取られて先ほどの冒険者たちと合流されると厄介ですからね」
「話の分かる女は好みだぜぇ。こっからは、大人同士でたっぷり楽しもうじゃねぇか」
「あなたが私を楽しませてくれるとはとても思えませんけどね。それよりマツバラを解放しなさい」
「いいぜ。あんたは銃を置いてこっちに来な。へっへっへ……」
「ど、ドリスさん。ダメだそんなの」
「いいえ、レン。心配いりませんよ」
ドリスさんは肩をすくめ、あっさりとタネガシマを投げ捨ててしまった。
僕はマツバラさん以上に彼女が人質になる事が嫌だった。
例えこいつらがヒカリゴケを採集し終えても、その間にどんなひどい目にあうか分からないじゃないか。
だけどその瞳には迷いがなく、そこには何か自信が感じられた。
そうだ、彼女にはもう一つの切り札が──。
「待て! 止まれ!」
「何ですか?」
「今、何故フトコロに手をやった。何を持った!」
「いいえ。何も持っていませんよ」
「ならばそのまま手を出せ。姉ちゃんはまだ何か武器を持ってるな……?」
「……」
「図星だな。それで俺を脅して、立ち去らせようって魂胆だったかぁ?」
今まで極めて冷静だったドリスさんが、初めて動揺したように見えた。
彼女は懐にあの『ダイナマイト』を忍ばせていた。
下手をすればこの辺り一帯が惨事になる、タネガシマ以上の危険なアイテムを。
「一か八かでしたが、どうやら私の負けですね。いいでしょう。今度こそ大人しく人質になる事にします」
「……いーや、その言葉だってもう信用できねえし面倒臭ぇ。あぁ、ムカつくぜムカつくなぁ。人が大人しく話に乗ってやりゃあコレだ」
「ならばどうするというのです?」
「殺すと軽くねぇ罪になるからなぁ。そもそも殺人は趣味じゃねぇし、そんな度胸もねぇ」
「そうでしょうね。とかく殺人とは割に合わないものです」
「だがお前らをひっ捕らえて、生きたままモンスターの餌にする事くれぇは何でもねぇんだぜ」
「何ですって?」
「えらく疲れるし、基本的にゃ手の負えない珍獣以外に使わねぇんだがな。もう関係ねぇし後の事は考えねぇ。ここまでアッタマ来たからにゃ、久々に全力で使ってやる」
「や、やべぇ……コイツにはアレがある……!」
「ここにいる全員っ、一瞬で動けなくしてっ! その後はモンスターの巣にでも投げ込んでやるよぉっっ!!」
「いっ……!?」
「に、逃げろ……! こいつのスキルで『捕縛』されるぞっ!」
「フローラ、逃げよう! ドリスさんも、みんなも!」
僕はフローラの手を取り駆け出した。
ドリスさんの賭けは失敗に終わり、ついには本気でキレさせてしまった。
前もって聞いていた『捕縛』というスキルを僕はどこか甘く見ていた。
彼は全員を、一瞬でと言った。
まさかそれほど効力があるものだとは思わず油断した。
マツバラさん一人だけを捕らえたのは、一人にしか使えないからじゃなく『えらく疲れるから』であり、今まで使わなかったのも同じ理由。
冒険者は何かを念じ始め、それはスキルを発動するためだと分かった。
一体、どうしてここまで事態が悪化してしまったんだろう。
僕らはただ、手のひら分のヒカリゴケが欲しかっただけなのに──。
「くっそぉ~……そんな事させないっ!」
「ぐはっ!? 痛ぇ……」
「みんな、逃げてっっ!!」
一番近くにいたマツバラさんが、念を込める男に体当たりした。
それは何の効果も生まず、ただ男の怒りを増幅させるだけだった。
「こんのメスガキ……どこまでも苛々させてくれるじゃねぇか」
「ユッコ!」
「あんたは逃げて! 私の事はいいからっ!」
「本当にお前、ここで殺してやろうかぁっ!?」
「マツバラさん!」
男の巨大な拳がマツバラさんの顔目がけて飛んだ。
次の瞬間にはきっと歯が折れ鼻が折れ、血が噴き出てしまう。
僕は勇気を出して引き返したけど、助ける事はできそうにない。
「やめてぇーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」
ナガセさんはそれを止めようと、悲痛な叫び声をあげる。
もちろんそんな叫びで何かが止まるはずもなく──。
「……?」
……しかし、止まった。
男の振り下ろされた拳はマツバラさんの顔の寸前で静止している。
僕の世界が、急激に音のない世界になった。
意識はあるが、声を出す事はできない。
動きたくても指一本動かす事ができない。
視界に入るのは、怒り狂う男と恐怖に顔を歪めるマツバラさん。慌てているドリスさんやフローラ、逃げ惑うクラスメートたち。
その全てがまるで写真のように動かず、誰もが微動だにせず止まっている。
混乱した頭で、これは捕縛というスキルのせいだと思った。
しかし、それならあの猛獣ハンターの冒険者まで止まっているのは妙な気がする。
「あ、あれ……ユッコ……?」
そんな全てが止まった世界の中で、一人だけ例外がいた。
僕の隣にいたナガセさんだけが、制止した世界の中で生きている。
それはまるで、彼女が時間を止めたみたいに思えた。
「みんな……えっ……歩見くん? ……あれ?」
そんなすごく便利な魔法がこの異世界に存在するのだろうか。
存在するとしたら、何故ナガセさんが使えるのか。
そして何故、今まで使えなかったのか。
時間が止まっても僕の意識があるのは何故か。
静止した時の中、疑問だけが膨らんでいく。
「よ、よく分かんないけど……!」
ナガセさんはナガセさんで混乱しているようだが、すべきことは一つだと気付いたみたいだ。彼女は魔法の杖をぶんぶんと素振りする。
その先っぽの硬い石が当たったら、大の男でも昏倒するに違いない。
若干、男の瞳に恐怖に歪んだのは気のせいだろうか。
「いや、こんなんじゃダメだよね。確実に、一撃で仕留めないと……!」
「……!」
ナガセさんは近くにある大きな石を持ち上げた。
男から声なき声が聞こえた気がしたけど、それも気のせいだろう。
もしも僕が声を発する事ができたら「せめてもう少し小さい石にした方がいい」と言ったと思う。
だけど、全てが止まっているこの世界でそれは叶わない。
「えーーーーーーーーいっっ!!」
……ゴチン、と。
ものすごく痛そうな音が響いた気がした。




