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一人、足りない


 救出作戦の説明はわずか十と数秒で終わった。

 概要を知ったフローラたちは、そのいい加減さに思い切り顔をしかめた。


「こんな時にこんな事言いたくないんだけど……そんなやり方でうまくいくかしら」


「慎重なレンらしからぬ杜撰さですね」


「じっくり考えてる暇がないんですよ」


「な、何でもいいから早く~っ!」


 向こうでは冒険者の一人がズボンを下ろし、練習とのたまって虚空に向けて腰を振っていた。

 そんな練習が必要なのかどうか分からないが、とりあえずそのマヌケな動きが仲間の冒険者たちにはウケていたが、いずれにしてもマツバラさんの貞操の危機には変わらない(時間が稼げたのが唯一の幸いだ)。


 いくら彼女の言動に腹が立っても、シツケと称して勝負が決した後に敗者をいたぶるような真似は許せない。


「仕方ありません。時間もない事ですし、レンの言う通りに」


「フローラは入り口付近に残ってて。説明したとおりに頼むよ」


「分かったわ」


「よーし、始めようっ!」


「ん……何だぁ?」


 敵方の冒険者が気付いても構いはしない。

 僕らは意を決し、手に持った色煙幕の紐を引く。

 それはクラッカー方式の発火方法で、湿気ているというオチもなく無事点火。


「いち、にの、さーん!」


「投げてっ!」


「っっっ!! おい、何だこりゃあ!?」


 白、青、紫のカラフルな色煙幕をヒカリゴケの間を同時に投げ込んだ。


 煙は瞬時にその場を覆い、その場にいる人間の視界を奪う。

 その隙に乗じてクラスメートを救出する。


 色煙幕よろしく、風が吹くだけで成功の二文字が消し飛びそうな頼りない作戦だった。

 しかし今はこれに賭けるしかなく、賭けなければ僕らはただ負けるだけなのだ。


「さぁ、ニイヤマ君、スエナガ君、立って!」


「あ……お前、レン……? 何で……?」


「いいから早く!」


「急ぎなさい、そこの女子も助けに来ましたよ! ほら立って! ゲホゲホッ!」


「ユッコ、逃げよう!」


「ミッコ……あ、あんた……?」


「レン俺……立てない……」


「えぇっ!?」


 視界が悪いなりに首尾よく彼らの元に辿り着き、それぞれが逃走の声掛けをする。

 しかしスエナガ君が一人で立てなかったのが計算外だった。


 いきなり目論見がはずれてしまったが、今さら後に引く事は出来ない。

 仕方なく肩を貸し、二人三脚でえっちらおっちら出口を目指す。


「何だ、敵襲か!? おい、どうなってんだこりゃ」


「仲間だ、仲間が居やがったんだぁ! ガキの声がしたぜぇ!」


「は、花火……? 俺、ダメなんだ。薬だ、薬……! 鞄に喘息の薬が……!」


「すんません! 薬があるならそれ飲んで静養してくださいっ!」


 目論見が一つ外れてしまったが、一つ幸運な事もあった。

 喘息持ちの冒険者がいたおかげで一人はこの逃走劇から脱落。


 残りは二人だが別に戦う必要はない。

 煙が充満するこの部屋の出口を目指して僕らは突き進むのみ。


「こんのガキ……! 舐めた真似しやがって」


「うわっ……!」


「ひぃっ!? れ、レン……!」


 しかし難なく突き進めたのは僕と、僕が肩を貸しているスエナガ君以外の全員。

 あっけなく僕らだけが敵に行く手を阻まれた。

 僕一人の馬力で二人分の体重を抱える事は、やはり明らかに積載オーバーで無謀だ。


「ふん、こんな煙くれぇで逃げられると思ったか?」


「お、落ち着いて話し合いましょう。僕らが戦う理由は一つもないのでは?」


「いーや、ヒカリゴケを採りに来た連中を放っておくわけにはいかねぇ。俺たちの取り分が減らされねえように、叩きのめしておかねえとな」


「僕らはそれどころじゃないんです。ここで好きなだけ採ればいいじゃないですか!」


「んなこと言って、他の場所で採るつもりだろうが」


「この洞窟にはこの『ヒカリゴケの間』にしかヒカリゴケがないんです」


「いい加減な事を言うんじゃねぇ!」


 どうもこの冒険者たちは洞窟のそこかしこにヒカリゴケがうじゃうじゃ生えていると思っているみたいだ。

 僕らがいるとその採集の障害になると思っている。

 マツバラさんたちを必要以上に痛めつけたのも、本当はその障害を取り除くためだったんじゃないだろうか?


「そう言う訳で、悪く思うなよ」


「どうしても見逃してくれないんですか?」


「当然だ。安心しろ、ちょいと痛い目を見るだけで殺しやしねぇ」


「な、なら謝罪します……本当にごめんなさい」


「へっ、腰抜けが。謝ったってどうにもなりゃしねぇ……」


「すんません! 恨みっこなしで!」


「ぷわぁっ!?」


 懐に忍ばせた物忌みの香水を、蓋をあけて思い切り顔目がけてブチまけた。

 たくましい冒険者の顔は激しい怒りに染まったが、すぐに何とも言えない表情になる。


 次の瞬間──。


「かぺぺっ! 臭ぇっ! げ、おえええええええええええええ」


「スエナガ君、行こう!」


「お、おう……くさっ……!」


 物忌みの香水は一瞬で嘔吐を誘発し、相対する冒険者は悶絶した。

 これなら少しの間身動きは取れないと思う。


「目にっ、目に入ったぁっ! 痛ぇっ! 匂いが鼻から腰まで浸みていくぅっ!」


「レンお前、すげーアイテム作れるんだな……へへッ、さすが錬金術師!」


「僕もまさか腰まで浸みるとは思わなかったけど」


 前もって誠心誠意の謝罪をしたけど、原料が家畜の糞だけに多少気がとがめる。

 色煙幕よりもはるかに効率よく視力を奪い、これでさらに一人脱落。


「レン、遅いわよ!」


「ごめんフローラ。他のみんなは?」


「煙幕がすぐここまで来て、よく見えなかったわ。ドリスやミオの姿は見えたし、多分みんな逃げられたと思うけど……」


「そうか……ゲホ、ゲホッ!」


 フローラがはっきり確認できなかったのも仕方なかった。

 閉鎖された環境で煙は行き場を失い、カラフルに洞窟の通路の広い範囲を覆いつくしてしまっている。


 これではほとんど何も分からない。


「フローラ、念のために滑落油をまいて」


「分かった。これね」


 滑りまくる不思議で迷惑な油をボトル一本、ドボドボと出口一帯に振りまいた。

 すぐに追手がくるか分からないけど、少しは時間稼ぎになるだろう。


「いいわ。私たちも行きましょう!」


「スエナガ君、歩ける? 多分もう大丈夫だから」


「ありがとう……うぅ、レンありがとう……ありがとうレン……ひっく……ぐすッ……!」


「な、泣かないでよ……ほら、行こう」


「あのね、泣いてる暇があるならさっさと歩く! あなたは冒険者なんでしょ! いつまでうちのひ弱なレンに頼ってるつもりなのっ!」


「は、はいぃっ!」


 フローラの激に、スエナガ君はようやくしゃんとした。

 正直かなり重かったので、一人で歩いてくれるととても助かる。

 ひ弱な錬金術師なのがとっても申し訳なかった。


「悪いけど君の『索敵』を頼めるかな……みんなのところへ行きたいんだ」


「分かった。任せてくれ」


 結局、僕らはひとつのヒカリゴケも持ち帰れないままその場を後にした。


 あの冒険者たちが回復したら全て持って行ってしまうかもしれないが、今はそれにこだわっている場合じゃない。

 多少なりとも後ろ髪をひかれる思いで、ナガセさんやドリスのいる場所へと向かった。

 

 そして──先ほど休憩した地底湖を通り過ぎた、その先の通路にみんなはいた。


 その表情は暗い。

 ヒカリゴケの採集には失敗に終わってしまったし、探索の疲労や戦闘のダメージ、そのために味わった屈辱とか色々あるのだろう。

 僕はどう言葉をかけようか迷った。


 しかしふと気付く。


「歩見くん……」


「……一人足りない」


「……マツバラがいません。いつの間にか、はぐれたようです」


「そんな……!」


 その場にいるべき人が、一人だけ足りない。

 なぜかそこにはマツバラユカリさんだけがいなかった。


「一体どうして? その子はどこに行っちゃたの!?」


「分かんない、ここまで夢中で走って来たから……」


「僕らは誰ともすれ違わなかった、それなのに?」


「地底湖の周辺にはいくつか分かれ道があります。もしや途中で捕らえられ、あるいはその道のどこかに……」


「それしかないわ。あそこまでは一本道だったんだから」


 向こうの一人は煙に動じず、逃げる彼女たちを追いかけてきてしまった。

 逃げる途中、不運にも魔力の尽きてダメージの大きいマツバラさんが捕まった……という事だろうか。


「でも、そんな簡単に捕まえられるものかな……? マツバラさんだって抵抗するだろうし」


「それは多分、あいつらのスキルのせいだ……さっき戦った時に分かったんだけど」


「スエナガ君?」


「向こうには『捕縛』のスキル持ちがいたんだ。狙いを定められたら一瞬で捕まっちまう。さっきの戦闘でもそれを警戒しすぎてやられたようなもんなんだ……」


「それはまた、ずいぶんと迷惑な術があるのですね……」


 残った一人はこの異世界にふさわしい、厄介な能力があるみたいだ。

 詳細は分からないが、連発されたら僕ら全員が簡単に捕まってしまう。

 前もって知っていればその人に物忌みの香水をぶっかけておきたかったが、もう遅い。


「何で!? 何で今さらユッコを捕まえる必要があるの?」


「……多分、目的はヒカリゴケだと思う」


 あっちはヒカリゴケがあの場所以外にも、洞窟中にあると信じていた。


 敵対する(と思っている)僕らに手出しができないよう人質を取り、その全部を安全に採りつくそうと考えた。


 それは僕の想像でしかないが、それなりに真実に近いと思う。

 そんな僕の考えを、ドリスさんに説明した。


「なるほど……瞬時にそこまで考えてそうしたのだとしたら、粗暴に見えてそれなりに頭が切れるようですね」


「探さなきゃ。スエナガ君、もう一度索敵を……!」


「お、おう」


 せっかく危険を冒して救出したのに、これじゃ成功とは言えなかった。助けるためには、再び僕らは洞窟奥へと戻らなければならない。


「レン、見つけた。方角は南南西、距離三百。反応は二つ」


「ヒカリゴケの場所じゃないなら、マツバラさんかな……?」


「やっぱりユッコ捕まってるんだ。助けなきゃ!」


「行きましょう。もうひと頑張りよ」


 戻ればまた何かしら揉め事になるのは目に見えていた。

 このまま洞窟を出れば、他のみんなは何事もなく助かる。

 だけど見捨てる事は出来そうにないし、関係ないはずのドリスさんやフローラさえ迷う素振りを見せなかった。


 だけどあの頼りないアイテムすらなくなった今、僕らが頼れるものは──。


「自分の目的のために何をしても良いと考えるのであれば、もう容赦できません。私のタネガシマが火を噴くことになるかもしれませんね」


「ドリスは銃士じゃないから当てられないんじゃなかったの?」


「当てられないとは言っていません。正確に急所を外して撃つ自信がないだけです」


「なるべく火を噴かないようにしないと……」


 相手がどうあれ、こんな事でドリスさんを殺人者にしたくない。

 今からどう交渉するか、考えておかなくてはいけなかった。


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