クラスメートの危機を救え
「待って、ナガセさん!」
「ミオ、止まりなさーい!」
追いかける僕らの声はナガセさんに届かず、苔で滑り、暗く足場も悪い洞窟内を夢中で駆けていく。
途中で何度も足を取られ、転び、それでもすぐさま起き上がって声のする方向へと向かう。
僕からすれば、さっきの妙な声よりそんなナガセさんの方が心配だ。
幸いにも一本道だったので、彼女を見失う心配はなかった。
「……このまま行くと、間もなく『ヒカリゴケの間』に着きます」
「ヒカリゴケの間……という事は」
「ヒカリゴケのある場所で何らかの問題が発生したと見ていいでしょうね」
「お金に目が眩んで仲間割れ? それとも強いモンスターに襲われた?」
「さぁ、それは行ってみないと分かりませんが……」
フローラの推測はどちらもあり得ない事じゃない。
おそらくマツバラさんたちは苦労の甲斐あって、僕らよりも早くヒカリゴケを見つけてしまった。
そこで一体彼らにどんなトラブルが起きてしまうのか……。
今それを想像する必要はないだろう。
このまま進めば、想像するよりずっと早く答えを目にする事ができるはずだ。
「あそこです。あそこを曲がればすぐヒカリゴケの間です」
「いたわ! あれミオじゃない?」
「はぁ、はぁ、……ナガセさん、無事でよかった」
「……ミオ?」
ナガセさんは、ヒカリゴケの間の前で硬直していた。
そこはまるで一つの大きな部屋だった。
ドーム状の天井にいくつもの鍾乳石がつららのように垂れ下がっている。
そのほとんど中心に、僕らが求めてやまないヒカリゴケがうっすらと光を放って存在していた。
量はそれほど多くなく、かき集めてもカーペット一枚程度にしかならないだろう。
僕がいた世界のヒカリゴケの光はいわゆる太陽光の反射にすぎない。
しかしこの異世界のものは、自ら幻想的な光を放つ美しい苔だった。
はじめはその美しさに、ナガセさんが見惚れているんだと思った。
だけどそうじゃない。
そのヒカリゴケの間の片隅に、マツバラさんたちが力なくうずくまっていた。
そんな彼女たちに向かい合う、もう一組のパーティーの存在が──。
「……何だぁ? 何か妙な音がしたぜ」
「コウモリか何かだろう。それより、このガキどもをどう始末つけるんだ?」
「ユッ……!」
「っ、隠れてっ!!」
「むぐぐ……! あるへみふん、はなひて……!」
「しーっ……! ミオはひとまず静かに。状況が分かりません」
暴れるナガセさんをどうにか抑えつけ、彼らの視界の陰になる場所へ移動した。
心配な気持ちは察するが、僕らが突撃して好転する状況なのかどうかも分からない。
マツバラさんをはじめとしたクラスメートはひとまず、全員生きている。
ただし、見るからにこっぴどくやられていた。
向かい合っているのは屈強な男三人。
多分、彼らにやられたのだろう。
「くっそぉ~、魔力さえしっかり残ってたらあんたたちなんか……!」
「厄介な魔法ばかり使いやがって……おかげで新調した鎧が台無しだぁ」
「ふんっ! かえって似合うんじゃないの?」
「どこまでも口だきゃ達者だな。最近のガキはシツケってものがなってねぇ」
「だいたい何なのよあんたたち! 同じギルドの人間のくせに、何で私たちの依頼に首を突っ込んでくるのよ!」
「そりゃあお前たちに依頼した貴族サマに頼まれたからだよぉ」
「どういう事?」
「あの子供たちだけじゃ不安だから、俺たちにも行ってくれってよ。ただそれだけだ」
「会って話を聞いたんだろ? したら、ガキばっかで頼りねぇってさ」
「そんな……そんな話、私は知らない……」
「向こうからすりゃ、保険を打ったってとこなんだろうが……ま、依頼がカチ合うなんてよくある事だ」
「だからって、こんな事しなくてもいいじゃねぇかよぉ……ひでえよぉ……!」
と、これは確かシーフのスエナガ君。見た目的に一番派手にやられているのは彼だった。
鼻血は出てるし、顔は腫れてるし、痛々しくて仕方ない。
「先に攻撃を仕掛けて来たのはお前らだろうが! あぁ!?」
「そ、それはモンスターだと思って……! そしたらあんたたちが襲ってくるから」
と、これは騎士のニイヤマ君。彼の持つ盾は破壊され、剣はぽっきり折れている。
他の女子陣もみなどこかしこに怪我を負っていて、激しい戦闘があったのが伺えた。
「いきなりでっかい炎や氷柱が飛んで来たら、そりゃあ反撃するだろうよ」
「血の気が多いもんでなぁ。敵だと思ったら容赦できねえタチなんだぁ」
彼らの話を聞いている内に、僕にもだいたいの事情は呑み込めた。
マツバラさんはとある貴族にヒカリゴケ採集の依頼を受けた。
若すぎたのが原因なのか、その際にあまり信頼を得られなかった。
そしてその貴族サマは、もう一組の冒険者たちにも依頼してしまった。
そして無事にヒカリゴケの間に辿り着いたが、そこで不幸なすれ違いが起きて戦闘に発展(多分、例によってマツバラさんが先走って攻撃したのだろう)。
先にしっかり話し合えば……と思ったが、話し合いが成立したのは戦闘が一段落した今。
どうも、そういう事らしい。
「……要するに、冒険者ギルド同士でのいさかいですか」
「私、ギルドであの人たち見た事ある」
「……ちょっとくらい痛い目を見ればいいのよ。レンを暴力で脅そうとしたんだから」
「昨日からやけに怒ってますね。フローラはレンの事が余程好きなようです」
「そそそんな事、一言も言ってない! ただ私は家主で保護者みたいなものだから! レンも分かった?」
「しーっ、しーっ! 分かったから、静かに……!」
「……痛い目を見ればいいとまでは言いませんが、力を誇示するものは得てしてそれ以上の力で抑圧されるものです。どんな世界でも上には上がいます」
「……そうですね」
マツバラさんたちが強いと言ったって、まだまだ僕と同じ駆け出しの身だ。
彼女たちより経験豊富で強い冒険者なんてたくさんいるのだろう。
依頼がかぶったのは気の毒としか言いようがないが、起きてしまった事は仕方ない。
今回の事がきっと彼女の糧となり、良い経験になる……。
って、納得している場合じゃないんじゃないか?
「いいか、ヒカリゴケは全部俺たちが頂いていく。お前らはとっとと帰んな!」
やっぱりだ……!
これではマツバラさんと競っていた時と全く状況が変わらない。
話が通じなそうな分、より悪くなってると言ってもいい。
抗議の声を上げたい僕より先に、マツバラさんが怒鳴った。
「ふざけないでよ! 私たちだって、苦労してここまで来たのよ」
「お前らの苦労が何だって言うんだぁ? あ?」
「今回の依頼は諦めな。冒険者ギルドの人間なら、冒険者ギルドの仁義に従うこった」
「で、でも俺たちの方が先に着いてたのに……」
「先に着いたかどうかは関係ねぇ。最後に持ち帰る事ができたやつが報酬を手にするんだよぉ」
「……ねぇ、これってマズくない?」
「マズいですね。このままでは全て持ち去られてしまいます」
「歩見くん、どうにかならないのかな」
「う~ん……」
そう言われても、名案は出ない。
あの冒険者以上の力があれば、その力をもって止める事もできるだろう。
そんな力は錬金術師の僕にはなく、あるのはアイテムを作り、活用する知恵だけだ。
「んじゃ、そういう訳で。さっさと頂いてくとしようや」
「おう」
「悪く思うなよ、嬢ちゃん。金が入ったら逢引きでもしてやっかぁ?」
「誰があんたみたいなブタとっ。豚小屋にでも連れてくつもり?」
「……んだとぉ?」
「ふん、息が臭いから話しかけないで」
マツバラさんは余程悔しいのか、口が減らないとはこの事だ。
しかし気の強い彼女の暴言は、相対する冒険者の逆鱗に触れてしまったみたいだ。
「へっへっへ、嬢ちゃん。ちょっと俺、マジでムカついてきたぜぇ……?」
「うるさいっ! こっちだってムカついてんだよっ!」
「こーいう女はよぉ。一度男がヒイヒイ泣かしてやると大人しくなるもんなんだよなぁ?」
「おいおい、楽しむにはちょっとガキ過ぎねぇか?」
「構わねえよ、こりゃあシツケなんだから、楽しむ必要は無ぇ」
「ち、ちょっと。何するつもり?」
「さぁな。ちょいとばっか、その心と体に男の怖さを教えてみっか? ……へっへ」
「い、嫌だ……来ないでよっ!」
傍観する僕らの前で、話がどんどん悪い方向に進んでしまっている。
他のクラスメートは叩きのめされてすっかり怯え、助ける素振りも見せようとしない。
「……ねぇ、ちょっと。いくら何でもやりすぎだわ」
「ゆ、ユッコがひどい目にあっちゃうよ。何とかしようよ!」
「これはさすがに見過ごせませんね。今、方策を考えているのですが……」
「た、タネガシマはダメですか? これはさすがに緊急事態なんじゃ……」
「私は銃士ではありません。この距離で正確に当てられる自信がないのです。下手をしたらレンの学友に被害が及びます」
「じゃああの爆薬はダメなの?」
「もっとダメです。爆薬なんて投げつけたらあそこにいる全員が危険です」
「じゃ、私が戦う! これ以上ほっとけない!」
「それもダメだよ……! ナガセさんの力じゃあの人たちは止められない」
「でも、行く。絶対行く。もう見てられないもん!」
「だ、ダメ。僕が何とかするから、とにかくナガセさんは行ったらダメだ!」
「レンが?」
「何か妙案があるのですか?」
「妙案はないけど、妙なアイテムならあります……」
僕が三日間かけて作ったこの旅のためのアイテム。
くさすぎて持ち歩きたくもない物忌みの香水。
登山家泣かせの滑落油。
カラフルでポップでキュートな色煙幕。
この瀬戸際に、僕はこのがっかりアイテムみっつしか持ってない。
何というか、非常に心もとなかった。




