洞窟の探索と悲鳴
そして翌日、早朝──。
簡単な朝食を済ませた僕らは、いよいよ洞窟内部の探索に出た。
もう少しゆっくりしたかったけど、競合相手がいるとなればのんびりしていられない。
「さぁ行きましょう。目指すは洞窟最深部です」
「はーい!」
「ん~、起きたら体中が筋肉痛……」
「僕も、昨日歩き倒した疲れが……」
「二人とも、若者のくせに情けないですね……ミオをごらんなさい」
「こういうのに慣れてるドリスとかミオと一緒にしないでよ。私は普通の町娘なんだからね」
「フフフ。私、体力には自信があるのです」
「ナガセさんは本当に魔法使いが適正だったのかな……?」
昨日のあまりにもささやかな全力を目の当たりにすると、星見の儀をもう一度やり直した方がいいんじゃないと思う。
僕はマツバラさんをすごく利己的で冷たい人だと思っていたけれど、このナガセさんをずっと面倒見たと思うと必ずしもそうとも言い切れない。
ちなみにそのマツバラたちは僕たちが出発するときにはすでに野営地にいなかった。
様子を伺ってみるとすでに火は消え、旅立った後のようだ。
「……ユッコたち、いないね」
「たき火の跡が冷たいですから、火が消えてかなりの時間が経ってます。もしかしたら昨夜のうちに出発したのかもしれませんね」
「無茶するのね。それとも冒険者は休息をとらなくても平気なの?」
「うぅん、そんな事ないと思う。普段はちゃんと休んでるよ」
「じゃあ、もしかして僕らのせいで焦ってるのかな……」
「多分。ユッコは責任感が強いから、依頼を失敗させたくないんだと思う」
僕らにはドリスさんがいてヒカリゴケの場所に目星をつける事ができるが、向こうはこの広い洞窟内部を隅々まで探すしかない。
しかし僕らは戦闘に不向きであるという不利があり、その点では向こうに利があった。
もしも協力し合う事ができたらすごく楽に進めたと思うと、残念でならない。
「別に私たちは邪魔をするつもりはないというのに……ただ、根こそぎ持っていくことに反対なだけです」
「急がないと私たちの目的も叶わないかもしれないわ。ドリス、先に進みましょ」
「そうですね。ひとまず向こうの事は忘れましょう」
僕らは慎重に、洞窟の中へと足を踏み入れていった。
ドリスさんはもしもの時に備えてタネガシマを背負い、僕らはそれぞれに爆薬を持たされた。
そんな物騒すぎるアイテムを手に、自然豊かなソーン・ドン洞窟を進む。
はじめのうちはそれなりに緊張していた。
モンスターは現れなくても、急にぽっかりと地面が無くなったり、急に傾斜が激しくなったり……。
整備された歩道とは訳が違うからただ歩くだけでも疲れるし、気を張ってなくてはいけない。
「フローラ、大丈夫? 手を貸すよ」
「ありがと。やっぱり結構大変ねぇ~……」
「……レン、あそこを見てみなさい。透明石膏の結晶です」
「え……うわぁ……!」
「わぁ~、すごいすごい! 綺麗な石~!」
見ると、壁一面にびっしりと半透明な白い石で埋め尽くされている。そのあまりにも幻想的な光景に、僕は言葉を失った。
「ドリス、あれは宝石なの?」
「宝石の類に分類される事はあまりありませんが、あれもミオが欲しがっているパワーストーンの仲間です」
「そうなの!? じゃあ持って帰りたい!」
「残念ながら『セレナイト』はあまり魔法使いには効果がないでしょう。癒しの力を増幅させると言われています」
「なぁ~んだ。でも、綺麗だね。それに大きい……」
「鉱物学者によると、あの大きさに成長するには数万年の時間がかかるそうですよ」
「数万年? ヒカリゴケなんて目じゃないくらいに時間がかかるのね……」
「セレナイトはこの大陸にはここにしかありません。レンも必要な際はここで採集する必要があるでしょう」
「セレナイト……覚えておきます」
洞窟内部には、ヒカリゴケの他にも珍しい素材がたくさんあるみたいだ。
特に鉱物の類が豊富で、ティンカーさんが「錬金術師なら一度は訪れるべき」と言ったのもよく分かる。
もちろん、豊富なのは鉱物だけじゃない。
「レン、ここは『クロロスの泉』です」
「クロロスの泉……?」
「緑色でなんだか妙な湧き水ね」
ほんの座布団数枚くらいの小さな池にも名前があるらしい。
クロロスの泉と名付けられたその泉は、フローラの言う通り緑色に濁っている。
濁っているというか、緑そのものだ。
「ここは天井が抜けて太陽光が入っているでしょう。おかげで光合成が行えるために単細胞生物がこうして生息できるのです」
「単細胞生物って、これって水じゃないの?」
「ごく少量の水もありますが、ほとんどが目に見えないほどの真核生物ですよ」
「げっ……」
「キモッ! クロロスの泉キモーい!! 青汁みたい」
「ですがこの緑藻は優れた回復効果があり、ある種の『ポーション』の材料になります。冒険者のミオなら一度はお世話になった事があるのではありませんか?」
「え~っ! ポーションって藻で出来てたの?」
「この泉の緑藻は特に生命力が強く、効果が高いです。上位のポーション作成には欠かせない素材ですよ」
「い、一応覚えておきます……」
「今は錬金術も細分化されている時代です。鉱物の錬金に特化した人間もいれば、こうした薬品の錬金を得意とするものもいます。レンは何が得意か分かりませんから、今は何でも吸収するように」
「はい」
「レンが得意なのって何だろうね。やっぱり薬?」
「それはまだ分からないなぁ、風邪薬は作ったけど……」
「歩見くんって風邪薬も作れるの? ちょっとすごくない?」
「初級レシピだから、そうでもないと思うよ」
「ちなみにドリスは何が得意なの?」
「私は満遍なく学びたいと思っていましたからね。その中でも得意なのは……」
「殺傷能力の高い武器とかじゃないかな?」
「だよねぇ……物騒なものばっかり持ってきてるし」
「そこの二人、聞こえましたよ!? これは安全のために仕方なく持ってきただけです!」
「ごめんなさいっ! 分かってますっ!」
錬金素材の講義は相変わらずためになり、興味深いものだった。
そんな風に様々な素材を学びながら、僕らは洞窟を探索していった。
ソーン・ドン洞窟の内部は広く入り組んでいて、いくつもの分かれ道がある。
ドリスさんは過去の経験からその中でヒカリゴケへの最短かつ安全な道を選び、僕らを慎重に誘導する。
先に出発したであろうマツバラさんたちには全く出会う気配がなかった。
彼女たちがいつ出発したのか分からないけど、もしかしたら僕らの方が先に辿り着けるんじゃないだろうか。
最初のうちは気を張っていたけど、何となく僕はそんな楽観的な考えを持っていた。
「っ! あそこ見て、レン」
「うん?」
「あれ、モンスターの死骸よね。誰かが先にこの道を通ったんだわ」
「……本当だ」
フローラが指さした先に、数匹のモンスターの死骸が転がっていた。
尖った耳に、唇からは牙。手足の爪は四足獣のように鋭利だ。
死の断末魔が刻まれた醜悪な顔は、思わず顔を背けたくなるものだった。
「……ゴブリンですね。小柄ですが厄介なモンスターです」
「マツバラさんたちかな?」
「うん……魔法で攻撃した痕があるし、多分ユッコたちだと思う」
良く見ると、洞窟内のあちこちが魔法によって破壊されている。痕跡を見る限り、おそらくナガセさんが使ったような炎系の魔法を使ったと思われる。
「……すごい威力だね。マツバラさんってすごく強いんだ」
「ん~、でもユッコ、こんなに強い魔法を使えたかなぁ……」
「このソーン・ドン洞窟は魔力的な磁場があると言われています。魔法使いには有利な場所ですから、おそらくはそのせいでしょう」
「そう言えば、ティンカーさんがそんな事を言ってた気がするなぁ」
「そうだっけ?」
「ほら、魔法使いならば大丈夫だろうって」
「あ、言ってた言ってた。アレってそーいう意味だったんだ」
一種のパワースポットみたいなものなのだろうか?
ソーン・ドン洞窟が神秘的なのは、どうやら見た目だけではないようだ。
「倒してくれるのは安全でいいけど、もしかして先にヒカリゴケの場所まで進んじゃってる?」
「可能性はありますね。ヒカリゴケは、記憶によるとこの道の先ですから」
「だったら急いだほうがいいんじゃない?」
「でもヘタに急いだら危ないよ。この辺は暗いし、松明の灯りしかない以上は慎重に進んだ方が……」
「そうよね……何だかもどかしいわ」
「あ、それじゃあ私の魔法で照らしてみる?」
「ミオの魔法ではあまり……気持ちだけ受け取っておきましょう」
「でもでも、魔力的な磁場なら私の力も何倍かになるんじゃない?」
「もともとが小さすぎてなんとも……それよりダイナマイトに引火したりする方が怖いよ」
「もぉ~、いくら私でもそんな事しないよ」
「ほらほら、先を急ぎますよ」
今や暗く、足場も悪い洞窟内部を僕らはてくてくと進んだ。
モンスターと松原さんたちとの戦闘の後は、その後もいくつか発見された。
そのおかげで僕らが安全に探索できている事は感謝しかないけれど、肝心のヒカリゴケを持っていかれたら何にもならない。
そしてその戦いの痕跡を見る限り、僕らの向かう方向と完全に重なっている。
多少の不安を感じながら歩いていると、少し開けた場所に出た。
「……ここは安全そうですし、休憩にしましょうか。ヒカリゴケのある場所まではもう少しのはずです」
「だいぶ歩いたわね。もうお昼すぎくらい?」
「ナガセの腹時計がお昼を回ってまーす。おそらく正午を十二分過ぎました」
「半日も歩いてたのか……ていうか、ちょっと詳細過ぎない?」
「私、結構当たるんだ。目覚ましが鳴る数秒前に起きるのが特技だし?」
「いるよね、そういう人……」
食料は水と乾パンと干し肉だけだったけど、ぜいたくは言ってられない。
気の抜けた会話をしながら僕らは地底湖の近くで休憩を挟んだ。
先を急ぐ気持ちもあるが、休むのも大事。物騒な事態は起きなかったけれど、歩くだけでもクタクタになってしまった。
こんな場所をマツバラさんたちはまさか出発を早めてヒカリゴケを探したんだろうか。
おそらく僕らと違って当てもなくやみくもに探索し、当てが外れては次の場所へ向かい、モンスターと幾度も幾度も戦って──。
「マツバラさんたち、大丈夫かなぁ……」
「何よレンったら。ケンカした人の心配するの?」
「そういう訳じゃないけど、向こうも疲れてるだろうなって思ってさ」
「あちらも冒険者ですし、それなりの準備は整えてきているでしょう。不慮の事故さえなければ無事だと思いますが」
「ユッコなら大丈夫だよ。私と違ってしっかりしてるもん」
「だといいんだけど」
モンスターとの戦闘はあまり心配いらなそうだけど、遭難だとかそういう事は誰にでも起こり得ると思う。でも地図も明かりも食料もあるだろうし、それも大丈夫かもしれない。
「……ねぇ、何か話し声が聞こえない?」
「えっ?」
言われてみれば、確かに遠くから声がした。
それは遠すぎてはっきりと分からない。
だけど洞窟に木霊するこの声に聞き覚えがあった。
「確かに。話し声というか、叫び声というか……」
「この声……ユッコの声!?」
「この奥から聞こえてくるようです」
「私、行ってくる! みんなはここで待ってて!」
「あ、ミオ待ちなさい!」
「ナガセさん、走ったら危ないよ!」
「……もう行っちゃったわ。追いかけましょう!」
僕の言う事もドリスさんの言う事も、ナガセさんは聞こうとしなかった。
不穏な空気を漂わせる声の元へ、松明を持って駆け出していった。




