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学びの草原


 翌日──。

 僕らは予定通り北門の前に集合した。

 往復二日はかかる遠征という事で、それぞれがそれぞれに準備した荷物を抱えている。


 フローラは乾パンや干し肉などの携帯食料を。

 ナガセさんはモンスターとの戦闘に備えた常備品を。

 ドリスさんは良く分からないけど色々なものを。


 僕は鍋やコンロや全員の寝袋の他に、例の三種のアイテムを。

 出かける前から泣き言を言いたくはないけど、この荷物配分に僕は少し納得がいかなかった。

 思い切って不満を言える男になりたいが、ギリギリまで見栄を張るのも男。


 そう思い直し、肩に食い込む重さを無視する事にした。


「それでは、忘れ物はないですか?」


「ありませーん」


「ないと思うわ」


「宜しい。ではさっそく出発と行きましょう」


「あの~、僕が作ったこの香水はいつ使うんでしょう?」


「どの香水ですか?」


「ほら、モンスター除けのくっさいこの香水……」


「それは使いません。今回、モンスター除けには私の作った『魔除けの香』を焚いていきます」


「え~っ! じゃあ一体、僕は何のために作ったんですか!」


「最初から私のアイテムを使うと知っていれば、油断して出来が甘くなるでしょう? 私はレンに、必死にアイテム作成に取り組んでほしかったのです」


「……じゃあ、もしかしてこの滑りまくる油も煙幕も使わない?」


「それはレンが今後、一人で素材採集の旅をした時に使いなさい」


「……」


 言っている事は分かるけど。分かるけど。

 あの三日間の僕の努力は一体何だったんだろう。


「良かった。あんなくっさい香水を振りかけられたらどうしようって不安だったのよね」


「魔除けの香は匂いませんから安心なさい」


「錬金術って香水も作れるんだ。今度私にも作ってよ~」


「多分、ナガセさんの思ってる香水と全然違うと思うけど……」


「さ、無駄話はやめてソーン・ドン洞窟を目指しますよ。到着はおそらく夕刻をすぎるでしょう」


「……はーい」


 これからしばらく集団行動な訳だし、出かける前から空気を悪くしてはいけない。

 苦情を言いたい気持ちをグッと堪え、僕はいよいよ初めての素材採集の旅に出かけたのだった。

 

 北門を出ると、そこには美しい緑の草原が広がっていた。

 途中途中に流れている小川が太陽の光を眩しく照り返している。遠くに見える山々は紅葉に彩られ、何一つ人工物のない壮大な自然のパノラマだ。


 魔よけの香なんて必要ないんじゃないかと思うほど、モンスターの気配もない。

 僕が──クラスメートと僕が転移した鬱蒼とした森の中とは大違いな、牧歌的な風景だった。


「……北門の方って、随分と景色がいいんだなぁ」


「ここは『プトラーナ草原』と言います。私も素材採集によく訪れる場所です」


「歩見くんは町の外に出た事がないの?」


「恥ずかしながら、一度も無い」


「レンはマールバニアに来てからずぅ~っと工房の中にいたもんね」


「工房だけじゃなく、時々ギルドにも行ってるよ」


「今後はレンも採集のために外へ出る機会が増えるでしょう。今回はその演習だと思ってください」


「僕はそんなに外に出なくても……ギルドで素材が買えるなら、それでいい気がします」


 肩に食い込む荷物の重さを考えると、やはり買って済むならそれがいい。

 売ってなければ取ってきてもらえばいいし、何も自分で行く必要はないんじゃないかと思ってしまう。


「レン、そういう考え方はいけませんよ。錬金術師の仕事の半分はフィールドワークと言って良いのですから」


「半分もですか?」


「そう、工房で学ぶだけでは半分。全ての錬金素材はこの自然の中に存在しているのですからね」


「この自然に……」


「そう。今も色々な素材が目に入るでしょう」


「……?」

 そう言われても、僕の視界に移るのはどこまでも広がる草原と山だけだ。


 時々、遠くに鳥やシカに似た動物が歩いているのが見える。

『一狩り行こうぜ!』っていうゲームみたいに、それも素材のひとつになるんだろうか?


 せいぜい、食事のメインディッシュにしかならなそうだけど。


「う~ん……」


「どうですか?」


「見てみても……僕には、よく分かりません」


「いえ、今のレンには少し意地悪な質問だったかもしれません。例えば、足元を見てください」


「足元ですか?」


「『酢漿草』がたくさん生えているでしょう。それはただの雑草ではありません」


「……これが?」


「食べると酸味があります。サラダに少し混ぜると美味しいです」


「それは錬金術とはほとんど関係ないような気が……!」


「美味しいだけじゃなく、少なからず薬効があります。解毒、消炎、お腹を下した時にも役立ちますね」


「へぇ~……こんな雑草がねぇ~」


「ドリスさんって物知りだね、歩見くん」


「う、うん」


 驚いた。

 どこでもよく見かけそうな草なのに、それなりに効果を持つ薬草らしい。そうと知ってしまうと気安く踏んづけているのが申し訳ない気持ちになってくる。


「酢漿草に大した価値はありませんが、時に役立ちます。こういう場所に自生していると自分の目で確かめる事は、決して無駄にはならないはずですよ」


「分かりました。必要なときは、ここに採集に来ます」


「いえ、マールバニアの街中にたくさん生えてますから、欲しい時は公園かどこかで探しなさい」


「えぇっ……!?」


 本当に大した価値はないようだ。

 とりあえずこの草を探しにここに来る必要がない事は理解した。


「他にもまだあります。鉱山の近いこの平原では、こうした金色の石が転がっている事がよくあります

「わぁ、これってもしかして金?」


「ミオ・ナガセ、洞窟に行くのは中止して今からここで金を探しまーす!」


「ま、待って待って。それはきっとティンカーさんに怒られるよ……」


「話を最後まで聞くように。これは『愚か者の金』と呼ばれるもので、黄金とは似て非なるもの。簡単に言うと、黄色い鉄です」


「鉄なの?」


「なぁんだ、ニセモノかぁ~……」


「比重も組成も耐食性も黄金とはまるで違いますが、この石からは硫酸を生成する事ができます。おそらくレンは今後手に取る事も多いでしょう」


「は、はい」


 さすがに黄金が野原に転がっている事はなかった。

 みんな……特にお金が必要なナガセさんはガッカリを隠さなかった。

 ももちろんガッカリしたけど、ドリスさんの話への興味が膨らんでいった。

 知識のない人間にはただの草や金に似たニセ石でも、知識のある人間にはただの草や石じゃなくなる。

 そして、錬金術師にはその知識がなくてはならない。


「錬金術師は誰よりもこの世界の物質の事を知らなくてはなりません。それは書物よりこうして実地で学ぶのが一番効果的です」


「はい」


「プトラーナ草原には他にも素材がまだまだありますよ。あの木をごらんなさい」


「ドリス、あの木は何の役に立つの?」


「ミオ・ナガセは閃いた。きっと燃やすと薪になるのです!」


「それはどんな木でも一緒じゃない?」


「いやぁ、そもそもどんな木だって生木のままじゃあ……」


「ミオ、正解です。油分が異様に多く、生木でも簡単に火が付くため焚きつけに良いのです」


「そうなんですか!?」


「わーい、当たっちゃった」


「レンは帰ったら素材集にしっかり目を通すように。事前知識も大切ですよ」


「……そうします」


 ドリスさんの授業を受けながら、僕たちは平和にプトラーナ草原を進んだ。

 いつの間にかフローラやナガセさんも興味津々で聞いていた。


 景色のいいだけだった草原が僕には宝の山に見えてきた。

 『知る』という事は、とても楽しい。

 僕の肩に食い込む荷物の事も、今はそんなに気にならなくなっていた。


    

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