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旅立ちの前に

 

 生産者ギルドにアイテムを持っていくと、ドリスさんはその出来を褒めてくれた。


 褒められてもあまり嬉しくなかったのは言うまでもない。


「浮かない顔をしてますね。大げさではなく、初めて作ったとは思えないくらいですよ」


「本当にこのアイテムで乗り切れるんでしょうか……?」


「大丈夫です。それは私が保証します」


 自信たっぷりに言い切るドリスさんだった。

 ティンカーさんの話だとだいぶ危険らしいが、より階級の高い彼女がここまで言うのなら大丈夫なんだろう。半信半疑だが、そう信じないとやってられない。


「出発は明日ですね。私は何とか有給休暇を取りましたが、ミオ・ナガセの予定は大丈夫でしょうか?」


「これから向こうのギルドに行って確認してきます。多分、大丈夫だと思うけど」


「ティンカーさんはあの魔女のペンデュラムを売らないで取っておいてくれているそうです。ミオにはその事も合わせて伝えてください」


「あ、それは良かったです」


 事の発端であるパワーストーンは保護が約束されたようだ。

 それを聞けばナガセさんも安心するだろうし、心置きなく旅立てる。


 僕とドリスさんはその後、待ち合わせの場所と時間を決めた。

 出発は明朝で、待ち合わせ場所は外壁に囲まれたマールバニアの北門。

 そこから先は僕にとって未知の世界だ。


 考えてみたら、せっかく異世界に来たのに街の中しか知らないというのはやはり勿体ない。

 ドリスさんの言う通り、この素材採集の旅を良い経験として活かそうと思う。

 僕は不安な気持ちを打ち消して、冒険者ギルドへと向かった。

 

 ──そして、程なくしてあの忌まわしき場所に到着。

 何気なくフローラに聞いた話なのだが、この町の冒険者ギルドは歴史が長く、他所と比べてかなり規模も大きい。

 積み重ねられた信頼があるおかげで王族や貴族からの依頼も多い。


 そんな高額の報酬を求め、各地から腕利きの猛者が集まってくる。

 そのつわもの達が期待に応える大きな仕事をやってのけ、再びギルドの名声が高まっていく──。


 そうした好循環に支えられ、生産者ギルドとは比べ物にならないほどこの町の経済に貢献している。


 まぁ、僕にはほとんど関係のない話だ。


 とにかく、星見の儀以来に訪れた冒険者ギルドはとても賑わっている。


「どけどけっ。ガキがボーっと突っ立ってんじゃねーぞ!」


「ご、ごめんなさい」


「おーい、この仕事はまだあるか。王都周辺のモンスター討伐の依頼だ!」


「この護衛の仕事を何で閉め切った! 昨日取っておけって言っただろ!」


「……」


 依頼がいくつも掲示された場所の前には何人もの屈強な冒険者が群がっていた。

 生産者ギルドにもこうした依頼掲示板はあるけど、その内容は激しく違う。

 町から町への要人の護衛や、人に仇なさんとするモンスターの捕獲・討伐、あるいは犯罪者の捜索・逮捕……。


 当たり前だけど、全てにおいて戦闘スキルを要するアクティブなものばかり。

 やっぱり僕は生産者ギルドが性に合ってるなぁと思った。


 いや、そんな事をしみじみ確認してる場合じゃなくナガセさんを探さなきゃ。

 彼女もギルドの仕事で忙しい身だろうし、もしかしたら出かけているかもしれない。


 少し探して見つからなければ、レンタルハウスの場所を教えてもらう事にして……。

 僕は他のクラスメートに気付かれないよう、フードを深くかぶり直した。


 何せ今まで何度か町中で会う機会があったけど、その全てにあまり良い思い出がない。

 今思えば、この異世界で冒険者ギルドの地位がすごく高く、生産者ギルドの地位が低い事も僕とクラスメートを遠ざける一因になっている気がする。


 毎日の食事や衣類や装備品の売買、生活用品やその他アイテム作成を生業にする生産者は、冒険者にとって自分たちのバックアップをする存在でしかない。


 バックアップする側の人間は表舞台に立つ人間より低く見られるのは世の常だし、僕だってそういう目で見て生きてきた。


 しかし支援する人間にも様々な苦労があり、やりがいや生きがい、譲れないものがある。異世界で錬金術師になってまだ間もないが、そういう事を少しずつ学んでいる。

 そういう学びの日々を、僕は結構楽しいと感じている。


 とりあえず今後、もし僕にロールプレイングゲームをする機会が訪れたなら──宿屋や道具屋にもっと感謝する事を誓った。


 もちろん存在したら、アイテムを作ってくれる錬金術師にも。


「……だからぁ~、ミッコとは行けないんだってばー。私もう明日からの仕事を入れちゃったから」


「どうしてもだめ?」


「だーめ。そもそも何で歩見くんと一緒に行かなくっちゃなんないワケ?」


「ん……?」


 僕が妙な誓いを立てた時、賑わうフロアのどこかから聞き覚えのある声がした。

 振り向いてみると、それは予想通りナガセさんだった。

 そしてナガセさんだけじゃなく、もう一人。

 ユッコと呼ばれる魔法使い、マツバラユカリさんだった。


「それはさっきユッコに説明したでしょ。歩見くんが生産者ギルドの人に頼んでくれて、それで……」


「だったらその人たちと行って来ていいよ。別に私の事なんか気にしないでさー」


「だって、ユッコと行きたいんだもん。最近あんまり一緒にいられなかったし、たまにはいいじゃん」


「明日からの仕事は貴族からの依頼なんだから無理。さっき直接会ったけど、超イケメンだったんだよねー」


「貴族?」


「うまいこといったらいいお客さんになってくれるかもしんないし。もしかしたら見初められて玉の輿とか、そーいうこともあるかもしれないじゃん?」


「そっか……」


「そーなの。だから歩見くんなんかとつるんでる暇はないの」


 マツバラさんは玉の輿を狙っているみたいだ。

 彼女の容姿からしてそれは大きすぎる願いな気がしたが、僕『なんか』は黙って経過観察を続けた。

 二人の空気感が良ければ割って入る事もできそうだったけど、何だかそういう感じじゃない。


「悪いけど、ミッコだけで行って。あんた弱いんだから無理しないでよ」


「うん、分かってる。ありがとユッコ」


「本当に分かってる? 今日だってみんなに迷惑かけてたじゃん」


「う、うん。えへへ、また私、足引っ張っちゃった……」


「それで報酬が山分けなのは納得いかないってみんな言ってるよ。もうちょっと自覚してよ」


「うん、ごめんなさい。弱いのは分かってるから、次こそは頑張るね……」


「イライラするからいちいち卑屈になんないでよね。ミッコって性格変わっちゃったんじゃない?」


「え……そうかな?」


「そ。何か歩見くんみたい」


「歩見くんは……違うよ。きっと遠慮深いだけだよ」


「そう? 別にどっちでもいいけどさ」


 いやいや、と突っ込みを入れたいのを『遠慮深い』僕はグッと堪えた。

 僕の事はどうでもいいけど、友達に対してそういう言い方はどうかと思う。


 ナガセさんが卑屈にならざるを得ないのは、マツバラさんがそういう態度を取るからじゃないのか。

 冒険者ギルドのみんなが、弱い魔法使いである彼女を見下すからじゃないのか。


 憤る僕の事などつゆ知らず、ナガセさんは弱気に俯いている。

 僕の前では昔の彼女だったのに、この冒険者ギルドの中では違う人に見えた。


「じゃーね。私、これからノゾミたちと夕飯食べに行ってくるから」


「あ、私も行っちゃだめ?」


「悪いけど、ご飯食べながら明日からの依頼の話をすんの。ミッコはまた今度」


「そっかぁ……じゃあ仕方ないね」


「あ……」


 ご飯くらい一緒しても良さそうなのに、それもダメみたいだ。

 ぽつんと取り残されるナガセさんの背中がすごく寂しげだった。


 みんなで力を合わせて異世界で生きていこうって誓ったはずなのに、わずか一か月ちょっとでこんな風になってしまうとは……。


 それを言ったら僕は一日でその輪から外れてしまった訳だけど、外れてしまった人間の中に、ナガセさんにも入ってほしいとは思えなかった。


「……こんにちは、ナガセさん」


「あ……歩見くん。どうしたの?」


「ほら、明日からの話でちょっと。ナガセさん、いるかなって思って」


「うん……そうだね。明日から洞窟に行くんだもんね……」


「げ、元気ないけど……大丈夫?」


「ん、まさか。ミオ・ナガセはいつも元気でーす!」


 そう言って、ナガセさんは笑った。

 絶対に落ち込んでいるはずなのに、心配をかけまいと気丈に振舞っている。

 彼女は明るいだけじゃなく、周囲に気遣いできる人だ。

 そんな彼女の望みを、どうにか叶えてやりたい。


「洞窟への出発は明朝。待ち合わせ場所は町の北門だって」


「分かった、準備して待ってるね。わざわざ伝えに来てくれてありがと」


「後は、ナガセさんが良かったらでいいんだけど……」


「何?」


「……みんなで夕食でもどう? 明日からの景気づけにさ、フローラとドリスさんも誘って」


「……それ、私も行っていいの?」


「もちろん。ぼ、僕がごちそうするよ。『仙女の泉亭』っていう、美味しい店があるんだ」


「あ、行きたーい!」


 言った瞬間から後悔するほど僕には痛い出費だけど、時には良いだろう。


 どうせ工房も臭いままだろうし、今夜は外食がいいと思う。


「じゃ、今行こ、すぐ行こー! ナガセはすごく腹が減りましたっ!」


「ま、待って。一応みんなの都合と、財布の中身を確認してから……」


 もちろん僕らとの夕食は、友達との楽しい夕食には及ばないと思うけど。

 それでも彼女は喜んでくれた。

 それは多分、周囲への気遣いではなかったと思う。

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