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旅のアイテムを作成しよう

 

 彼女は初級レシピの中からいくつか旅に役立ちそうなアイテムを厳選。

 そして僕にそれらを全て三日以内に作るよう厳命した。


 必要な素材は全てドリスさんが用立ててくれたので、金銭的な負担はゼロ。

 しかしその課題達成のための身体的・精神的な負担は大きかった。


 それは作成難易度がどうこうという問題ではなく、何て言えばいいか……。

 例えば、こんな感じだ。


「レン、いるのー?」


「……ふぁい」


「いるんならちょっと開けて頂戴。一体、工房で何を作ってるの? ご近所さんから苦情が来てるわよー」


「そえはほんほうにふごふもうひわへなひとおほうんだへど、ぼふにもどうひようもでひないんだ」


「『それは本当にすごく申し訳ないと思うんだけど、僕にもどうしようもできないんだ』。もしかしてレン、あなたはこう言った?」


「かいへふありがおう。ふぉにかふ、今はあへないで」


 別に僕の頭がおかしくなったわけでも、ろれつが回らなくなったわけでもない。

 ただ鼻にぎゅうぎゅうに詰め物をし、口もろくに開けられないだけだ。


 ちなみに今は『解説ありがとう。とにかく、今は開けないで』と言った。

 しかし一回は奇跡的にフローラに通じたけど、奇跡は二度起きない。


「何言ってるか分からないから、とにかく入るわよ」


「あっ」


「うっ……!? くっさーーーーーーーーーーーーーーい!!」


「だからひったのに……!」


 工房に入るなりフローラは顔を歪めてしまった。

 それもそのはず、今やこの工房の中は激しい異臭が蔓延している。

 原因は言うまでもなくドリスさんが僕に作れと命じたアイテムのせいだ。


「えほっ、えほっ……レン、窓、窓開けて……!」


「う、うん」


 ご近所迷惑になるのは最初から分かっていたので、僕はずっと窓を閉め切っていた。

 本当は今でも開けたくないけれど、このままではフローラと会話もできない。

 仕方なく換気をすると、程なくして異臭はだいぶ軽減されたようだ。


「ふぅ……ちょっとはマシになった気がするわ」


「ごえんね、フローラ。悪いとはおもっへたんだへど……」


「何言ってるか分からないと思ったら鼻に詰め物してたのね。そんなの取ってよ」


「あ」


「んもう、手にレンの鼻水がついちゃった」


「ごめんフローラ。苦情が来ちゃったんだって?」


「この辺の人はお父さんのせいで慣れちゃったから、別に怒ってはいなかったけど。後でレンから説明しといた方がいいかもね」


「一段落したらそうするよ」


 閉め切っていても匂ったのなら、窓を解放した今はさぞかし臭いだろう。

 ご近所さんの迷惑を考えるとやり切れないが、正直言って僕も作りたくて作ってるわけでもない。


「それで一体レンは何を作ってたの? 尋常じゃないわよ、この匂い」


「フローラも話を聞いてたじゃないか。今度の洞窟探索のためのアイテム作りだよ」


「洞窟探索でどうしてこんな臭いものが必要な訳?」


「それは初級レシピのこのアイテムが必要だって言われたから」


「どれどれ?」


「これ。この178ページのところ」


「ふぅん……物忌みの香水」


 僕が開いた初級レシピをフローラが覗き込む。

 そこにはものものしく、こう書かれてあった。


 P.178

【物忌みの香水(使いやすい霧吹きタイプ)】

《概要》

 モンスターの嫌う匂いを放つと言われているが、くさすぎて他人との接触ができなくなり引きこもりを余儀なくされる事からこう名付けられることになった。

《材料》

 牛・豚・鶏などの家畜の糞を混合、発酵させたものが原料として用いられる。

《注意点》

 徹底して煮沸し殺菌消毒するため衛生面は問題ないが、とにかく臭い。

 モンスターを避ける効果においては高い信頼と実績があるが、使用時は覚悟を持って使用する事。以下、製法を記述する……。

       

「……」


「……」


「ねぇ、レン」


「はい」


「あなた、本気でこれを使う気? まさか、洞窟に行くときに私たちにこれを霧吹きでふりかけるつもり!?」


「僕に言われても困るよ! ドリスさんが作れって言ったんだから」


「あぁ、もう。頭が痛くなってきたわ……」


 フローラは頭を抱えてしまったが、頭を抱えたいのは僕の方だった。

 1000ページ以上にも及ぶ初級錬金術書の中で、同じ効果でもっとマシなものがないかと何度も確認したものだ。しかし残念ながら、このアイテムが一番モンスター除けの実績があるらしい。


「……ね、課題って他にもあったわよね。まさか他のもこんなアイテムなの?」


「さすがにクサいのはこれだけかな」


「じゃあ他には? 他にレンは何を作ったの?」


「えーっと、次は……これかな?」


「どれどれ?」


「これ。この345ページのところ」


「ふぅん……滑落油」


 僕が開いた初級レシピをフローラが覗き込む。

 そこにはものものしく、こう書かれてあった。


 P.345

【滑落油】

《概要》

 摩擦係数を極限まで減らし、靴底に塗ると足音を消す事ができるため、聴覚をもって存在を感知するモンスターを避ける事ができる。練達の登山家でさえ、これを使用するとどんな平坦な山からでも滑落してしまう事からこの名が付いた。

《材料》

 石蝋・蜜蝋・ティターン・ガマガエルの分泌液。

 《注意点》

 慣れるまではまともに歩く事すら困難を極める。特に高齢者は骨折・転倒に注意。

 そのまま寝たきりになる可能性がある。以下、製法を記述する……。


「……」


「……」


「ねぇ、レン」


「はい」


「あなた、本気でこれを使う気? 転びっぱなしで洞窟まで辿り着かないに決まってるじゃないの!」


「僕に言われても困るよ! ドリスさんが作れって言ったんだから」


 足音が消えるのもよく滑るのも分かったけど、この高齢者のくだりは必要だろうか?

 親切と言えば親切な解説ではあるものの、レシピには不要な情報に思えた。


「私は嫌よ。お気に入りの靴にガマガエルの油を塗るなんて」


「モンスターに遭遇するよりマシでしょ?」


「ドリスったら何を考えてるのかしら。ロクなアイテムが無いじゃない」


「そこが初級錬金術書の初級たるゆえんというか……」


 かゆいところに手が届かないというか、「ここさえなんとかなれば」というアイテムが非常に多かった。

 もちろん、他にちゃんとしたアイテムもあるのでひとくくりにする事もできない。

 初級錬金術書のアイテムは玉石混交という言葉が相応しいものだった。


「まさか他にもこんなアイテムを作ったの?」


「あともう一つ。それで最後だよ」


「どれどれ?」


「これ。この491ページのところ」


「ふぅん……色煙幕」


 僕が開いた初級レシピをフローラが覗き込む。

 そこにはものものしく、こう書かれてあった。


P.491

【色煙幕】

《概要》

 かつて諜報活動に従事した暗殺集団が使用した煙幕の改良品。敵の目をくらまし逃走を図る時に用いる。しかし煙自体がカラフルで非常に目立つ仕様のため、目の前の敵からは逃げられても他の敵に見つかってしまう可能性が高い。

《材料》

 木炭・火薬・酸化鉄・銅・クジャク石。

《注意点》

 気管支喘息の人は喘息発作を誘発する危険があるため、使用前に喘息持ちの人がいないかよく確認すること。また、山火事に間違われた事例があるため野外での安易な使用は勧めない。以下、製法を記述する……。


「……」


「……」


「レン」


「はい」


「あなた、本気でこれを使う気? 山火事に間違われたら大変じゃないの!」


「僕に言われても困るよ! ドリスさんが作れって言ったんだから」


「それにどうして喘息持ちの人に対する配慮がこんなに充分なのよ」


「それも僕じゃなく、このレシピを書いた人に言ってくれないと……」


 花火で喘息発作を起こす人がいるのは聞いた事があった。

 しかし、モンスターが現れた時にとっさに喘息持ちかどうかを確認する事は困難だろう。

 つまり、旅立ちの前に前もって全員の持病を確認しておく必要がある。


「でも、これが一番苦労したな。綺麗に煙の色を出す調合が大変だったよ」


「目的をはき違えてるわよ、レン。あなたは花火職人じゃないんだからね」


「そうなんだけどさ」


「まさか私たち、この三つのアイテムを持って旅に出るの?」


「ドリスさんが言うにはそういう事みたいだけど……」


「何だかものすごく不安になって来ちゃった。やっぱりやめた方がいいんじゃない?」


「今さら無しにはできないよ。予定では明日出発なんだから」


 そう。

 僕はこの三日間すっかりアイテム作りに追われ、出立は明日に迫っていた。

 その間、フローラ以外の人とは会ってない。


「とにかくアイテムは出来たし、一度生産者ギルドに行ってくる。ナガセさんにも会ってこないといけないから」


「行ってらっしゃい。私はその間に遺書でも書いておいた方が良さそうね」


「……できれば僕の分も書いといて」


「ミオによろしくね。……はぁ~、心配しかないわ」


 ため息をつくフローラを置いて、僕は生産者ギルドに向かった。

 外に出ても例のくっさい香水の残り香が漂っていた。

 出立前日から、すごく先が思いやられた。




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