表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/35

素材採集は錬金術師の基本なり

「なるほど。あれからそんな事があったんですね」


「そうなんです……」


 ティンカーウッド錬金術店を尋ねた日の夜。

 ギルドへ戻って相談がある事を話すと、その日のうちに工房にドリスさんが来てくれた。

 年齢の話を根に持っていなくてホッとした。


「そのミオ・ナガセという魔法使いもよほど困っているようですね。あのような高額なペンデュラムに頼ろうと考えるなんて」


「見た事ありますか?」


「もちろん、私もティンカーさんの店で見た事があります。黒瑪瑙と瑠璃の混合石の事でしょう?」


「あれ、個人的には高すぎやしないかと思うんだけど……」


「相場を踏まえれば高すぎるという事はありませんし、手間暇を考えるとむしろ安いです。おそらくはミオ・ナガセの望む以上の効果が得られる事でしょう」


「へぇ~……そうなんですか」


 決してぼったくりな値をつけている訳でもないらしい。

 確かに石自体の美しさだけじゃなく、とても凝った細工も施されていた。

 ティンカーさんは苦手だけど、職人としての腕は素晴らしいんじゃないかと思った。


 あれだけのアイテムを作れる人の階級がまだ二十といくつだと思うと、錬金術の道はやはり厳しい。


「それでレンの相談というのは? まさか私から頼んで安くして欲しいという事ですか?」


「いえ、相談はソーン・ドン洞窟のヒカリゴケの事です」


「それも妥当な取引だと思いますよ。ヒカリゴケはとても貴重な素材ですからね」


「でも、モンスターも出るって言うし……知り合いがそんな危ないところに行くのを止めなくていいのかな~って思うんです」


「確かに一人で行くというのは勧められません。もっと危険な場所は幾多も存在しますが、あの洞窟もそれなりに危険です」


「でしょう?」


「しかしミオ・ナガセがそれを望むなら仕方ない事でしょう。錬金術においても、必ず望むものと同等の対価が必要です」


「うーん、そうですか……」


 いわゆる等価交換のことわりは理解できる。

 しかし元来平和主義の僕は、クラスメートが命をかけるという事態にあまり賛成できなかった。

 死んでしまったら何にもならないし、それだけの価値がパワーストーンにあるとは思えない。


「レンは少し慎重で優しすぎるのでしょう。それが良い方に作用する事もありますが、逆になる事もあります」


「どういう事ですか?」


「今後レンにも、成功率の低い錬金を行う事が多々訪れると思います。人間、危険を恐れてばかりでは前に進めませんよ」


「言ってる事は分かるけど、でも」


「今回の事はミオという子にとって良い成長の機会になるかもしれませんよ。それに、レンにとっても」


「僕?」


「はい。思えば私は、錬金術師にとってもっとも基本的な事をレンに教えていませんでした」


「むしろドリスさんに教わったのって、水の作り方と……あと他に何かありました?」


「他にも教えてるでしょう!? 錬金術師としての心得とか心掛けとか心意気とか、色々と常日頃から説いていますっ!」


「ご、ごめんなさいっ!? そうですね、教わってますっ!」

 

アイテムの作り方は全然教わってないけど、確かに錬金術師としての姿勢を僕は彼女からたくさん学んでいる。

 もちろんそれについて、とても感謝していた。


「それで、もっとも基本的な事というのは一体……」


「それは『素材採集』です。素材はギルドや店で買う事もできますが、本来は自分で納得のいくものを採集するのが理想です」


「素材採集……ですか」


「錬金素材がどこにあり、どのような生態で、それをどのようにして手に入れるのか。採集を他人任せにしている限り、本当に素材を理解してるとは言えません」


「確かに……そうですね」


「ソーン・ドン洞窟への道程は、レンがそれを理解するための一助となるでしょう。ですから、ここはレンもミオ・ナガセと共に行くべきです」


「なるほど、なるほど……えっ」


「大丈夫、私も同行しますから。実は私もヒカリゴケが欲しいなと思っていたところでした」


「いやちょっと待って、じゃなく待ってください!」


「何ですか?」


 欲しいなじゃなくって。

 何だか話の雲行きが怪しくなってきた。

 どうして僕たちも行くような話になってしまったんだろう?


「危険だって言ってたじゃないですか。そんなところに戦闘もできない僕らが行ったら、あっという間に死んじゃうんじゃ……」


「何も準備をせずに行けばそうでしょうね」


「もしかして冒険者ギルドの人を雇うとか?」


「ソーン・ドン洞窟程度で人を雇っていたら、お金がいくらあっても足りません。そんな事をしなくても私がいれば大丈夫です」


「えっ」


「いいですかレン。素材採集には危険がつきものですが、その危険を克服するための知恵が錬金術師には備わっているはずです」


「錬金術師はアイテム作成するしか知恵がないですけど……」

「ならばそのアイテムを用いれば済む話です。あなたには今回、そういった知識も含めて体でたっぷりと学んでもらいましょう」


「でもそれ、危ないんでしょう?」


「多少危険ですが、女性に年齢を聞いた罰です。それともあの小部屋で三日間ほど缶詰めになりますか?」


「それもすごく嫌です」


 やっぱりまだギルドでの事を根に持っていた。

 ドリスさんは相当微妙なお年頃みたいだ……というのはおいといて。

 素材採集の必要性は理解したけれど、そんな洞窟に行くには心の準備が全然できていない。

 臆病な僕が悩んでいると、不意に工房の扉がノックされた。


「……レン。ドリスとお話し中悪いんだけど、いい?」


「フローラ? どうぞ」


「何だか、レンに会いたいっていうお客さんが来てるんだけど……」


「あ……」


 それはもしかして。


「ミオさんっていう人。レンの知り合い?」


「ミオ・ナガセでーす。歩見くんとは今日、急速に親しくなりましたっ」


「……へぇ~。レン、そうなの?」


「や、やっぱり……!」


「話に聞いた娘ですか。丁度いいところに来ましたね」


 急速に親しくなったかは全く分からないけど、扉の向こうにはうわさの魔法少女がいるらしい。


「と、とにかく入ってきてくれるかな」


「ですって。どうぞ、ミオさん」


「はーい!」


「……元気の良い子ですね」


「そうなんです……」


 住所は教えたものの、まさかこんなに早く訪れるとは思わなかった。

 しかし訪ねてきたクラスメートを中に入れないという選択肢はない。

 まだ話は全然まとまっていなかったけど、仕方なく僕は彼女を招き入れた。


「お邪魔しまーす」


「少し散らかってるけど、ごめん。適当にかけて」


「うん」


 物珍しいのか、ナガセさんは椅子に座った後もきょろきょろと落ち着きなく部屋の中を眺めている。

 工房の中は、掃除されている以外は僕が初めてここへ来た時とほとんど変わりない。

 相変わらずおびただしい数のフラスコや書物、得体のしれない器具がそこかしこに置かれている。

 僕も初めてここへ来た時は似たような反応をしたので、彼女の気持ちはよく分かる。


「……とりあえず紹介するよ。今案内してくれたのがフローラで、いつもお世話になってて、この工房を僕に貸してくれた人」


「初めまして。フローラ・アルベルトゥスです」


「ミオ・ナガセです。歩見くんのお友達で、冒険者ギルドの魔法使いでーす」


「こちらがドリス。この人は、僕の錬金術の先生みたいな人かな……」


「初めまして、ミオ。私はドリス・スフォルツァと言います。以後、お見知りおきを」


「はいっ。よろしくお願いします」


 初めて会う人にも全く物おじしないナガセさんだった。

 明るくはきはきしていて、同い年なのに僕にはないものをしっかり兼ね備えている。

 こんな子が『あんまり強くない』という理由だけでギルドでつまはじきにされるのは、やっぱり間違っている気がする。


「それで、いきなり訪ねてきたりしてどうしたの?」


「あ、えっとね。あの話はどうなったかな~って思って来てみたの」


「あの話って、一緒にソーン・ドン洞窟に行く話の事だよね……」


「そうそう。帰る前に生産者ギルドの先輩に相談するって言ってたでしょ?」


「その話、今まさにしてたところなんだ」


「ホントに!? それでどうなったの?」


「ちょっとレン、一緒に洞窟に行くってどういう事?」


「いや、それはその」


「ねぇねぇ、行けるの?」


「うん、一応そういう事になったんだけど」


「洞窟なんて危ないわ。冒険者でもないレンが気軽に行けるところじゃないのよ?」


「それは聞いてるよ。でもさ」


「あ、もしかしてその先輩ってドリスさん? それで歩見くんの家に来てるって事?」


「そうそうその通り。それで今」


「レン、そんな危険な場所に行って怪我でもしたらどうするの?」


「待ってフローラ、話を聞いて」


「歩見君、いつ行く? 明日? 明後日? しあさって~?」


「ナガセさん、ちょっと待」


「とにかく駄目よ。危ない事は絶対駄目。駄目ったら駄目。駄目駄目駄目っ」


「あの、フローラ……」


「はいはいはいはい静粛に! ちょっと落ち着きなさい!」


 カオスになりかけた工房を、ドリスさんがパンパンと手を叩いて諫める。

 こういう時はやっぱり年長者が場を締めるのが一番だ。

 フローラはともかく、あのナガセさんでさえ静かになった。


「ミオ、魔法使いは冷静さが何より重要です。先走ったりせずしっかり状況を見極める余裕を持ちましょうね」


「はぁ~い」


「フローラも。レンにだって色々と事情があるのですから、自分の考えだけで頭ごなしに否定するのは止しなさい」


「そうかもしれないけど……だって、あんまり急な話なんだもの」


「……ナガセさん、フローラにも事情を話していい?」


「うん、いいよ」


 僕はまだ、今までの経緯をフローラには何にも話してない。

 だからナガセさんの許可を得て今日の出来事を彼女に説明する事にした。

 飲み込みのいい彼女はすぐに事情を理解したが、わざわざ僕が付いて行く事には納得がいかないようだった。


「フローラの気持ちも分かりますが、レンのために必要な事なのです。『素材採集』は錬金術師の基本。マグヌスさんもよく採集に出かけていたでしょう?」


「言われてみればそんな気もするけど……でも、そんな遠い洞窟に行かなくてもいいじゃない」


「いいえ。私も駆け出しの頃、よくマグヌスさんに連れて行って貰いましたよ」


「危険じゃないの?」


「しっかりと準備をすれば。私が今こうしている事が何よりの証拠でしょう」


「う~ん……でもねぇ」


 ドリスに諭されても、フローラはすごく渋い顔をする。

 心情的には僕もフローラよりなのだが、何せドリスさんがその気になってしまっている。

 もしかしたら、フローラのお父さんに素材採集に連れて行って貰った頃の自分を、今の僕と重ね合わせているのかもしれない。


「フローラはどこまでもレンが心配なようですね」


「そりゃそうよ。だってレン、ちょっと旅したらすぐ熱を出しそう」


「あのさ、フローラ……」


 フローラの中で、僕のイメージがものすごく貧弱なのが露呈してしまった。

 僕は戦闘職ではないけど、決して虚弱体質ではない。

 きっと出会いの時の印象がまだまだ抜けていないんだと思う。


「では……いっそ今回はフローラも一緒に来ますか?」


「私も?」


「ええ。目の届くところにレンがいれば、フローラの心配も少しは減るでしょう」


「……確かにそうね。そういう事なら、レンも行って良し」


「人を幼児か何かみたいに言わないでくれるかな?」


「似たようなものよ。という訳で、私も行く」


「ミオもフローラが同行して良いですね?」


「あ、はい。何にも問題ありませーん」


 話の流れでフローラまでが参加する事になってしまった。

 危険な洞窟なら彼女には遠慮して欲しいけど、ドリスさんという引率がいれば大丈夫だと思う事にした。


 そう、ヒカリゴケの事も全てドリスさんに任せれば大丈夫。

 そして僕は案外、自然の中でモンシロチョウでも追いかけながら、平和にのんびり素材採集にいそしむ事ができるのかもしれない──。


 ちょっとスローライフっぽくて、それはそれで楽しい気がしてきた。


「では洞窟へはこの四人で。もろもろの準備が必要ですから、出立は三日後という事にしましょうか」


「でもドリス、その三日の間にミオの欲しがってるペンデュラムが売れたりしない?」


「あ、それ心配」


「それは私からティンカーさんに交渉しておきます。必ずヒカリゴケを持ち帰る事を約束すれば、おそらく飲むでしょう」


「わぁ、何から何まですみませんっ」


「いいのですよ。これはミオはもとより、レンのためでもあるのですから。そうですよね?」


「わ、分かってます。僕の素材採集の経験を積むためです」


「それだけではありません。この三日のうちに、レンにいくつかの課題を与えます」


「課題?」


「そう、課題です。私たちの旅路がうまくいくかどうか、全てはレンにかかっています」


「僕っ!?」


 僕の両肩にプレッシャーという名の重しがズシンと降ってきた。

 その瞬間、想像の中のモンシロチョウは霧散した。


       ◇ 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ