懐かしい笑顔
その後アルト君の風邪は無事治り、僕らにいつもの日々が戻った。
レオノーラさんはもとよりアルト君にも風邪薬のお礼を言われてしまったけど、あの苦労が僕自身にとって貴重な経験になった事を思えばむしろこちらが礼を言うべきじゃないかと思う。
それに、他にも良い事はあった。
生産者ギルドに顔を出すと、以前とは少し違った反応が返ってくるようになったのだ。
「やぁ、キミがレン君か。とても見込みのある新人だと噂は聞いてるよ」
「だ、誰がそんな噂を……!?」
「誰というか、方々で耳にしているぞ。私も負けていられんなぁ!」
レシピに載る(かもしれない)事はとても名誉な事らしく、僕がギルドに顔を出すと先輩錬金術師たちに口々に褒められた。
別に以前は冷たくされていたわけじゃないけど、好意的な反応をもらえて嬉しくないはずもない。
しかしどんな物事にも陰と陽があり、目立つ事は決して良い事ばかりではない。
「……お前が話に聞いたレン・アルケミか。ちょっとくらい目新しいものを作ったからと言って、いい気になるんじゃないぞ」
「え……」
「あんなもの、しょせんは子供騙しだろう。何が甘い風邪薬だ」
「……」
単純に後輩の頑張りに刺激される人もいれば、分かりやすく反感を持つ人もいる。
僕は軽んじられる事には慣れていても、こうした敵意には不慣れだった。
だからこういう時、どう対応していいか分からない。
「……ティンカーさん。少し大人げないのではありませんか?」
「あ、ドリスさん……」
そんな困っている僕を見かねて、受付していたドリスさんが割って入ってくれた。
情けないけど正直、助かった。
「ふん。初級レシピに載ったくらいで新入りに調子に乗られては困る。しっかり釘を刺しておかなくてはな」
「それは釘を刺すというよりも出る杭を打つと言いますね。言葉は正しく使いましょう」
「ドリス、目上の者に向かってその口の聞き方はなんだ?」
「目上、ですか?」
「私の方が年長で、錬金術師としての経験も長い。これが目上でなくて何だというのだ」
「その私より年長で、錬金術師としての経験も豊富な目上のティンカーさんの階級は?」
「何!?」
「私は現在、十二階級。確かティンカーさんの階級は二十……いくつでしたか?」
「くっ……だから何だというのだ!」
「別に何でもありませんよ。人として錬金術師として、階級や年齢ではなく人格を大切にしたいですからね」
「聞いた風な事を。人格がアイテム作成に何の関わりがある?」
「それが分からないうちは、あなたにレンの感冒薬を作る事はできないでしょう」
「ふん……! ドリス、私に対する暴言をしっかりと覚えておくぞ」
「どうぞご自由に」
ティンカーという年配の男性は、捨て台詞を残して立ち去った。
あからさまな敵意に恐縮していた僕は、そこでようやく一息つけたのだった。
「ドリスさん、ありがとうございます」
「いいえ。災難でしたね」
「あの人も錬金術師なんですか」
「そうです。いい年をして年下のレンに嫉妬するなんて、本当に困った人です」
「でも僕なんかのアイテムがレシピに推薦されちゃったら……他にもあんな風に思っている人がいそうですね」
「あの人はかなり特殊ですが、もちろん色々な人がいます。くれぐれもレンは気にしないように」
「はい」
本当、世の中には様々な人がいる。
しかし、十二階級といったらドリスさんはすごく上位に位置する錬金術師だ。
聞いた事がなかったから当然だけど、僕は今日初めて知った。
……なんでそんな人に受付をさせているんだろう、このギルドは。
「あれ、という事は……」
「何ですか?」
「確かひとつ階級を上げるには平均して半年から一年かかるって言ってましたよね」
「あくまで平均ですが、それが何か?」
「十二階級って事は、つまりドリスさんのおおよその年齢は……」
「レン、それ以上を口にしたら怒りますよ。女性に年齢を聞くなんて失礼です!」
「ご、ごめんなさいっ。つい気になって」
「あなたには錬金術よりそうしたマナーを叩き込んであげたほうが良さそうですね。さっそく二階の空き部屋に行きますよ!」
「いや、勘弁してください! 失礼しますっ!」
「あ、待ちなさい!」
せっかく今日はゆっくりしようと思ったのに、また夜まで缶詰めにされてはたまらない。
僕は泡を食ってギルドから逃げ出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さてと」
生産者ギルドを出て深呼吸をひとつ。
幸いにもドリスさんは受付をほったらかしてまで追って来なかった。
そして僕の手の中には、あの風邪薬で得た報酬がある。
僕はこのお金をもとに、今日という日を有意義な休日にしようと思っていたのだった。
「とは言っても……どこに行こうかな……」
普段会う人と言えば、一番はフローラで、二番目がドリスさん。そしてご近所さんのレオノーラさんとアルト君。
時々は精製水を納品しに行った。
それ以外の人間関係が非常に希薄な僕は、一か月以上住んでいるこのマールバニアの事がいまだによく分かってない。
だから珍しく町を回ってみる気になっていたのに、どこへどう行ったら何があるのか全然分からない。
知っているのは、せいぜい生産者ギルドと冒険者ギルドのくらいのものだ。
「……ま、いいか」
マールバニアは都会だし、歩けば何かしら面白いものがあるだろう。
とりあえずは無難に冒険者ギルドがある方角とは別の方に向かった。
この街の通りはいつも活気があり、ファンタジーに定番の店がたくさんある。
それは例えば防具屋であり、武器屋であり、鍛冶屋かあるいは酒場だったり、今の僕には縁遠いものだった。
本屋を見つけて立ち寄ってみたが、僕にはあまりにも高価すぎて一冊も買えなかった。
印刷技術のないこの異世界の本は全て写本で、手間も時間もかかるからだろう。
誰か優秀な錬金術師がコピー機でも錬金してくれればいいのになぁ……なんて考えながら、それなりに楽しくファンタジーな異世界を徘徊した。
「お……」
そんな中、一つ面白そうな店を発見。
それは通りの中にぽつんと佇むよろず屋だ。
見てみると、冒険に必要な防具や武器、雑貨やその他アイテム、少ないけど錬金術の素材も置いてある。
ギルドに無い素材がこんな店で手に入る事もありそうだし、今後僕もアイテムを卸す事もあるかもしれない。
そのよろず屋のショーウィンドウには雑貨や装備が綺麗に陳列されていた。
中でもひときわ目を引くアイテムが、片隅にひっそりと置かれている。
「これは……パワーストーンかぁ。へぇ~」
それは綺麗な宝石のようであり、宝石とは一線を画するモノ。
パワーストーンと言うと雑誌の広告に載っているうさんくさい商売を思い浮かべてしまうが、この異世界ではそうじゃない。
実際に特殊な力を宿す石があって、それを利用する事で特別な力が付与された装備を作る事ができる。
そしてそれはいつかチャレンジしてみたいアイテムの一つだった。
ただしそのパワーストーン自体の値が張るために、そうやすやすと手を出せない代物となっている。
これって、一体いくらするんだろう。
フローラに払う家賃を除いて、僕に手が出せる金額だろうか。
中にも何か面白いものがあるかもしれないし、ちょっとだけ店に立ち寄ろうと思った。
「店の名前は……『ティンカー・ウッド錬金術店』か。へぇ」
どうやら錬金術師が自分で経営している店のようだ。
自分の工房で作って自分の店で売るのは、よく考えるととても合理的で良い。
「……って、ここってあのティンカーさんの店!?」
もしかしてじゃなく絶対そうに違いない。
店に入る前に気が付いて良かった。
気付かずに入ってたらまた何かネチネチと文句を言われ、何も買わせてもらえず追い出されたかもしれない。
それだけならまだしも、あの感じじゃぼったくられる可能性もある。
危ない危ない。
触らぬ神にたたりなしと言うし、ここはさっさと退却だ。
「あれ……もしかして歩見くん?」
「えっ?」
「やっぱり、歩見くんだ。何だかすっごく久しぶり~!」
「君は……」
踵を返した僕の耳に、とても懐かしい声が届いた。
僕を歩見と呼ぶ人はこの異世界では限られている。
驚いて振り向くと、やっぱりそこには懐かしい笑顔があった。




