レシピへの推薦
そして、その日の夜──。
何の前触れもなく再びドリスさんがやってきた。
「レン居ますか? 居ますね? あなたはここに居なくてはなりません!」
「うわぁっ!?」
扉の開け方が若干乱暴でびっくりした。
いつも冷静な彼女にしては、珍しく慌てている。
「何よドリス。いきなり入ってきたら驚くじゃない」
「おや、フローラもいたんですね。工房で仲良く夕食ですか」
「だって同じ家に住んでるし、レンってほっとくと粗末なパンしか食べないし」
「粗末なパン以外のものが食べたくても買えないだけなんだけど……」
「なるほど。フローラの善意という訳ですね」
「そういう事。ドリスも夕食まだなら食べて行く?」
「私は結構。それよりもレンに急ぎ伝えたい事があります」
「僕に?」
「はい。良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞きますか?」
「いっ……良い知らせと悪い知らせですか……?」
突然現れたと思ったら、いきなりすぎる二択を迫られてしまった。
いずれ両方聞かなくてはならないにしても、人間には心の準備というものが必要だ。
先に良い知らせを聞けば悪い知らせのダメージに耐えられるかもしれない。
それとも後で良い知らせを聞く事で、悪い知らせのダメージを回復できるだろうか?
どっちと聞かれると、優柔不断な僕はすぐにはどちらも選べなかった。
「う~ん……うぅ~ん。どっちが良いのかな……?」
「もういいです。気の毒ですが、あなたの作った感冒薬は審査を通りませんでした」
「えーーーーーーーーっ!」
ドリスさんはあっさり悪い知らせから話してしまった。
わざわざ僕に聞いた意味は一体。
「もう、何でいきなり話しちゃうのよ。レンに聞いた意味がないじゃない」
「そこまで真剣に長々悩むと思わなかったのです。レンはもう少し決断力を持ちなさい」
「はい……って言うか、僕の作った風邪薬はダメだったんですか?」
「総合感冒薬で大切な事は様々な有効成分が過不足なく入っている事。レンのそれはレシピの通りに作った物と比べて諸々が足りてません」
「うぅ……」
「そんな……!」
悲しい現実を突きつけられて目が眩む。ダメだった時に備えての風邪薬もまだ作れてないし、当分また水しか作れない生活が続くのだろうか。
フローラに家賃を払える日はまだまだ遠そうだ。
「レン、何か言いたい事はありますか?」
「いえ何も……次の機会に頑張ります」
「……あなたは本当に言い訳をしない人ですね。そういうところは好感が持てますが」
「ねぇドリス、何とかしてあげられないの?」
「いいえ。別に何とかする必要はありませんよ」
「ちょっと、そんな言い方ってないんじゃない? レンがあんなに頑張ったのに!」
「いいんだフローラ。仕方ない事だよ」
「でもっ……!」
「最後まで話を聞きなさい。レンの作った感冒薬は成分が諸々足りませんが、それが小さな子供にはかえって丁度良いくらいでした」
「え……」
「……それは良かったです」
「おそらくレンはアルトの事だけを考え、調整したのでしょう。飲みやすい形と味だけじゃなく、その中身にもしっかりと気を配っていたのです」
「レン、そうなの?」
「う、うん。あれは元々ギルドに提出するつもりじゃなかったし……」
あの風邪薬はアルト君だけに作った特別製だった。
薬は強すぎると毒にもなるし、必ずしも成分が多ければ良いというものではない。
だからほんの少し、子供用に薬の効果を弱めて作成した。
「その方が、アルト君には良いと思ったんだ」
「レンってすごい。アルトのためにそんなにいっぱい考えてあげてたんだ……」
「それは薬品作りの初歩ですが、レンはこの一か月の間によく勉強をしていたようですね。あなたらしい繊細な心配りです」
「いや、本当に錬金術書にそう書いてあっただけですし……」
「ですからレンには今後『小児用総合感冒薬』として、同じものを作ってもらいたいと思います。これは私だけの判断ではなく、ギルドからの正式な依頼です」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当ですよ。おそらく需要もかなり高いだろうと判断されましたからね」
大人用じゃなく小児用。レシピ通りではなかった薬なのに、ギルドが作成を依頼するという。
悪い知らせの後に、本当にすごく良い知らせがあった。
「レン、やったわね! ようやくあなたの努力が実ったのよ」
「フローラのおかげだよ。あの時、フローラに色々と教えてもらったから……」
「二人で盛り上がるのは待ちなさい。まだもうひとつの知らせを伝えてません」
「え?」
「今のが悪い知らせと良い知らせじゃないの?」
「言い忘れましたが、レンの作った感冒薬の事でもう一つ良い知らせがあります。つまり良い知らせがふたつ、悪い知らせがひとつといった内訳でした」
「何々? まだ良いお知らせがあるの?」
僕が聞くより先に、興味津々のフローラが口を開く。
そんなフローラに「仕方ないですね」と言いたげに目をやって、ドリスさんは僕へのふたつめの良い知らせを教えてくれた。
「実は、あなたの作った感冒薬が新しく発行される初級錬金術書のレシピに推薦される事になりそうなのです」
「えっ!?」
「それって……レンの作ったアイテムが本に載るって事?」
「決まった訳ではなくあくまで推薦です。ですが、私を含めギルド内であの薬を高く評価するものが多数いましたからね」
「でも、レシピにあった内容を少し手を加えただけなのに……」
「何でもそういうものですよ。既存のものを改良し、少しずつより良いアイテムへと変えていくのです」
「でも、ただ糖衣で苦みを隠しただけなのに?」
「ですが、それだけのことを今まで思いつく人はいませんでした。風邪薬はこういうものという固定観念に縛られ、誰も改良を加えようとしなかったのです」
「そうよね。私もまさかあんな風邪薬ができると思わなかった」
「……」
それは決して僕の手柄じゃなかった。
僕は前の世界の知識をそのまま流用しただけだった。
褒められるべきは前の世界で糖衣錠を最初に作った人で、僕じゃない。
そう考えると少し複雑な気もした。
「もし正式に決まれば、この工房の名とレンの名がレシピに載るでしょう。これは新人としては異例の、とても名誉な事ですよ」
「そうですか……」
「レン? 嬉しくないの?」
「うぅん、とても嬉しいよ。工房にフローラのお父さんの名前を残して良かった」
「もう、そんな事は別にいいのに……」
「発明者への報奨金も少なからず出るでしょう。レンにはおそらくそれなりの大金です」
「それはすごく嬉しいですっっっ!」
レシピに名が乗る事も嬉しいけど、今の僕にはお金が大事。
多少複雑だった気分はどこかへ消し飛び、喜びが大爆発した。
糖衣錠を発明したのが誰か分からないけど、本当にありがとう。
「ちなみに、この製法を独占したいというのであれば話は別ですが。どうしますか?」
「いえ、そんな考えはありません。他の人にも作ってもらえるならぜひそうして欲しいです」
「それが良いでしょう。それではレシピに載る時に備え、あなたの作った薬の名前を考えておきなさい」
「名前?」
「例えば『小児用感冒薬・レン式』とか『レン・アルケミ監修! お菓子みたいな甘い甘~いカゼ薬!』とか、そんな感じの名前を今思いつきましたが」
「どっちもちょっと嫌です……」
前者は何かの兵器のようだし、後者はただただ恥ずかしい。
名前にこだわりはないけど、ドリスさんに託すのはやめた方が良さそうだ。
「先の話なら、いい名前をゆっくり考えればいいじゃない。ね?」
「うん。これからゆっくり考えます」
「分かりました。夕食の時間に邪魔をしましたね。それではまた」
「あ、はい」
「またね、ドリス」
ドリスさんは良い知らせも悪い知らせもを僕に伝え終え、工房を去った。
色々と想像もしていなかった事態に、残された僕もフローラもしばらく沈黙した。
こういう時、先に口を開くのは──やっぱりフローラだった。
「レン、おめでとう」
「……うん。ありがとう」
「レシピに載るって、結構すごい事よ。私のお父さんのアイテムもいくつか載ってるけど、それは何年も経験を積んでからの話」
「うん……」
「何だかレン、あまり嬉しそうじゃないのね」
「正直に言っていいか分からないけど、あの薬は僕の発明って訳じゃないから」
「どういう事? ドラジェをヒントにしたから?」
「そうじゃなくって、僕のいた世界……僕の住んでいたところに、もともとああいうものがあったんだ」
「ふぅん、そうだったんだ」
「ガッカリしたでしょ?」
「何で?」
「何でって……僕が考え出したものじゃないから」
「私はそういう事じゃないと思う。あれはレンがレンだから作れたお薬だと思うわ」
「僕が僕だから?」
「そ。何でもはじめに気持ちがあってこそでしょう?」
フローラの言う事は何やら哲学的だった。
言わんとする事を尋ねる前に、彼女は言葉を続ける。
「つまりレンが一生懸命、アルトに良くなってもらいたいって考えたからよ。そうじゃなかったら、あれを作ろうって思いつかなかったんじゃない?」
「うーん、どうなんだろう……」
「少なくとも私はそう思う。最初に考え出したのは別の人でも、アルトにお薬を飲ませられたのは間違いなくレンの努力の結果」
「……うん」
「レンは私にもレオノーラさんにも、他のどんな錬金術師もできない事をやったのよ。だから、それを誇りに思っていいと思うの」
「ほ、誇りにかぁ。それは何だか大げさなような気がするけど」
僕の発明じゃない事を打ち明けても、フローラは認めてくれた。
彼女にとってそんな事はすごく些細な問題みたいだ。
何だか自分がすごく小さな事にこだわっている気がした。
今の僕は、別にこれでいいじゃないか。
成り行きでなった錬金術師だけど、いつの間にかそう思わなくなっていた。
いつか本当に自分の力でレシピに載るものを作れる日まで、この仕事を続けたいと強く思った。
「フローラ。僕、頑張るよ。これからもっと」
「何よ急に。いきなりな決意表明ね」
「いきなりだけど、思ったんだ。それに……いつも色々とありがとう」
「お礼を言いたいのは私の方よ。レンがここに来てくれて、お父さんの工房を貸して、本当に良かった」
「……これからもよろしく」
「うん、こちらこそ!」
フローラの笑顔を見て、僕はようやく錬金術師として誰かの役に立てた気がした。




