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これなら飲める?


 再びアルト君の部屋に行くと、彼は昨日と同じくベッドの中にいた。

 ただし、具合は昨日よりもずっと悪そうだった。

 昨日よりもずっと咳込むし、ぐったりとしている。


「昨日からずっと熱が下がらなくてねぇ……水枕をあてたところで気休めにしかならないし、食欲もないみたいだし……」


「そうですか……昨日の薬って飲んでもらえました?」


「それがまだ飲ませられてないんだよ。せっかくレン君が作ってくれた薬なのに、ホントに申し訳ないねぇ……」


 レオノーラさんは呆れたように呟いた。

 おそらく何度もなだめすかし、時には叱り、薬を飲ませようとしたのだろう。

 その努力は徒労に終わってしまったようだ。


「アルトは苦いのが嫌なんだから仕方ないわ。でも、レンがとってもいいものを作ってくれたのよ?」


「今日はね、お兄ちゃんがアルト君にぴったりの薬を持ってきたんだ」


「……ぼく、おくすりは飲まない」


「全く、強情なのは誰に似たんだか……アルト、いい加減にしな!」


「ま、待って。僕の言い方が悪かった。薬じゃなくお菓子みたいなものなんだ」


「お菓子……?」


「そう、お菓子。アルト君は甘いものが好き?」


「うん……甘いお菓子は大好き」


「じゃあきっと大丈夫だ。ほら、これがその薬……じゃなく、薬みたいなお菓子だよ」


「わぁ……!」


 アルト君は、熱っぽい目を輝かせた。

 懐から取り出した小瓶はリボンで包装し、中には甘い砂糖でコーティングした、カラフルな錠剤が詰まっている。


 ドリスも褒めてくれたけど、これはフローラのアイディアだった。

 薬は効きそうな見た目も大事だけど、アルト君の場合まずは飲みたいと思ってもらえる見た目が大事だと言い、お菓子作りの得意なフローラが色々と工夫を凝らしてくれた。


 単に薬包に包んだだけじゃ、アルト君のこの反応は得られなかったと思う。


「綺麗ねぇ~。レン君、本当にこれが風邪薬なのぉ?」


「粒にして、外側を甘く包んであります。これなら飲みやすいと思って」


「考えたわね。お菓子みたいで美味しそうだわぁ」


「昨日、フローラが一生懸命作ってくれたんです」


「あらあら、フローラにまで迷惑をかけちゃったねぇ」


「薬を作ったのは私じゃなくレンよ。私はちょっと手伝っただけ」


「でも、夜遅くまでかかってこんな綺麗な見た目にしてくれたのはフローラだから」


「つまり、昨日の夜の二人の共同作業の結果って事よねぇ。何を作るにしても夜なのよねぇ~」


「いきなり妙な話に飛ばないでください」


「フローラ、レンお兄ちゃんと他にも何か作ったの?」


「つ、作ってないから! レオノーラさん!」


「怒られちゃったわ、ホホホ」


 レオノーラさんは油断するとすぐ話がそっちの方に行ってしまうみたいだ。

 息子が熱を出しているのに明るい人だなぁと思うが、アルト君に意味が通じなかったのが幸いだ。


「そんな事より、どうアルト? 苦い粉じゃなくって、こんな風邪薬なら飲めるでしょう?」


「これ、苦くない?」


「苦くないよ。口に入れると甘くて、いい匂いがして……それをごくんと飲み込むんだ」


「飲んだら、かぜ治る?」


「あぁ、治る。すぐには治らないけど、飲めば今よりずっと楽になる」


 風邪は細菌やウィルスが原因であり、風邪薬はその症状を軽くするだけだ。

 ただし咳や発熱があると体力を奪われ、アルト君のように元気も食欲もなくなる。

 そんな状態が長く続けば、たかが風邪ではすまなくなってしまうのだ。


「だから……どうかな。フローラと二人で、一生懸命作ってみたんだ」


「うーん……」


「お薬じゃないみたいに美味しいの。それは私が保証する」


「……じゃあ、飲む。ひとつだけ飲んでみる」


「や、やったっ……!」


「良かったわぁ~。今お水を持ってくる」


 苦節、およそ丸一日。

 僕らはようやくアルト君に薬を飲む気にさせる事ができた。


「ほぉらアルト、ちゃんとお水を持って」


「アルト君、昨日の薬みたいな匂いはしないだろ?」


「うん……へんな匂いはしない」


「口の中に入れてみて。噛んじゃダメよ。ちょっとだけ味わったら、すぐ飲み込むの」


「おいしいのに噛んじゃいけないなの?」


「これは噛まないほうが美味しいんだ」


「ふぅん、へんなの……」


 スルメのように噛めば噛むほど旨味が出る訳じゃなく、苦みが容赦なくアルト君を襲うだろう。

 その苦さはさっきドリスさんで証明済みだった。

 アルト君は少しの間ためらっていたが、甘く良い匂いがする粒々に惹かれ、そのひとつを口の中に放り込んだ。

 

 果たして、その反応は──。

 

「……おいしいっ!」


 よしっ。

 僕は小さくガッツポーズして、フローラは安心したようなため息をついた。

 レオノーラさんの反応はもちろん、言うまでもない。


「これ、すごくおいしいよ。本当におくすりなの?」


「そうだよ。アルト君のための特別な風邪薬だ」


「それならぼく、まいにちかぜひきたい。もっと飲みたい!」


「はは……いくら美味しくても、毎日風邪じゃ大変だよ」


「もぉ、アルトったら。風邪が治ったらもっと美味しいものを食べられるでしょ?」


「そうだねぇ。お前の風邪が治ったら、お母さんがもっと美味しいお菓子を作ってあげるよ!」


「レオノーラさん、お菓子作りが上手だものね。良かったわねアルト」


「うんっ!」


「そう言えば昨日はごちそうさまでした。ドラジェ、とても美味しかったです」


「アルトに食べさせようと思って作ったんだけどねぇ。風邪ひいてそれどこじゃなくなっちゃって、無駄にならなくてよかったよぉ」


「えっ……ぼく、それ食べてない……」


「お前は風邪なんだから、今はお菓子なんかじゃなく消化が良いものしかダメなんだよ」


「ごめんね、私たちが食べちゃった」


「アルト君は、お菓子は風邪が治ってからかな」


「ふたりともずるい……どうしてぼくだけ食べられないの?」


「今言ったばかりでしょう? アルトはお菓子よりもっと栄養があって、お腹を壊さないものを食べないといけないの!」


「でも……でも食べたかったよぉ。どうしてぼくだけダメって言うの?」


「いい加減にしなさい! どうしてお前はそんなに言う事を聞けないの!」


「だって……だって……うわぁあああああん……!」


「れ、レオノーラさん、ひとまず落ち着いて……」


「……何だか昨日もおんなじ事が起きた気がするわ」


「うん……」


 デジャヴ。

 食べられなかったお菓子の存在を知り、アルト君は機嫌を損ねてしまった。

 その後、具合が良くなり次第、フローラもお菓子を作って持ってくることを約束し、ようやく泣くのをやめてくれた。


 ともあれ薬も飲んでもらえた訳だし、後は風邪が治ればこれで一件落着だ。

 僕らはレオノーラさんに改めてお礼を言われ、工房へと戻った。

 

      

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