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甘い衣

 フローラと僕は、意気消沈して工房に戻った。


「……ふぅ」


「レン……ありがとね。私のお願い聞いてくれて」


「うん、でもあんまり役に立てなかったかもなぁ……」


 望まれていた通り風邪薬は渡したし、レオノーラさんに喜んでももらえた。

 だけど考えていたのとは全然違う結末になってしまった。


「役に立てなかったなんて事ないわ。そのうち、レオノーラさんが飲ませてくれるはずよ」


「だといいんだけど」


 小さな子供は風邪から肺炎になりやすいと聞いた事があるし、あのアルト君がそうならないとも限らない。だからと言って無理やり薬を飲ませても、あの調子じゃ吐き出してしまうかもしれなかった。


「せめて錠剤の形に固めておけば……粉だから、余計に苦いと思ったのかも」


「でも味は変わらないんでしょ? アルトにしてみれば、苦い粒の薬をたくさん飲まされることになるんじゃない?」


「うーん、それじゃ同じかぁ……」


 粉末だろうと錠剤だろうと、味が変わる訳じゃない。

 それならいっそ、味を変える錬金術のレシピはないだろうか?

 少なくとも初級錬金術の本には存在しないと思う。その辺の金属を黄金に変える賢者の石なら味を変える事も可能かもしれないけど、そんなものを作るのは僕には不可能だ。


「んんんん……何か、何かいい方法はないかな……」


「レンったら、あまり考えすぎないで。あなたは充分頑張ったんだから、後はレオノーラさんに任せましょ?」


「う、うん……そうだね」


「レオノーラさん、風邪薬のお礼にお菓子をくれたのよ。これでも食べて元気出しなさい」


「ん……ありがとう」


 帰り際にレオノーラさんは僕らに礼を言い、何かをフローラに渡していた。貰ったのは、アーモンド形の色鮮やかなお菓子だった。


 食べてみると……甘くて、すごく美味しい。


「美味しいね、これ。もしかしてレオノーラさんの手作り?」


「多分。そのドラジェ、レンが気に入ったなら、私も今度作ったげる」


「ドラジェって名前なんだ……これ、家庭で作れるんだ」


「意外に簡単なのよ。アーモンドと卵と砂糖があれば出来るから」


「この色はどうやって着けるの?」


「それは食紅。色がついてるとお菓子って感じがして素敵でしょ」


 ドラジェは甘く味付けしたアーモンドを、これまた甘い砂糖で覆ってある。

 その砂糖の皮膜は綺麗なピンクに色づけられていて、何とも可愛らしい。

 風邪薬もこれだけ甘ければ、アルト君もすんなり飲んでくれるのにな、なんて思いながらポリポリと噛み……。


「……」


「レン?」


「こ、これだぁっ!」


「ふわぁっ!?」


 思わず叫んでしまった。

 別に薬全部を甘くする必要はないじゃないか。

 表面だけを甘くして、その甘さが口の中にある間だけ続けばいい。

 田舎のおばあちゃんが確かそんな正露丸を飲んでいた。


 小さかった僕がお菓子だと思ってつまんで食べて、すごく怒られた記憶がある。

 錬金術の本には粉薬や水薬しかなかったので、もしかしたらこの世界には『アレ』は無いのかもしれないぞ……。


「レン、急に大声出してどうしたのよ」


「フローラ。『糖衣錠』って聞いた事はある?」


「糖異常……? そのくらいのドラジェなら糖尿病にはならないと思うけど……」


「ち、違う」


 フローラのその言葉で、この世界に糖尿病はあっても糖衣錠が存在しない事が分かった。

 粉薬も水薬も、おそらく錠剤もアルト君にはダメ。

 でも糖衣錠なら一度試してみる価値はある。


「僕、フローラに一つお願いができちゃったんだけど……聞いてくれる?」


「レンがお願いって珍しい。何かしら」


「僕にこのドラジェの作り方を教えて欲しいんだ」


「ずいぶん気に入っちゃったみたいね。別にいいけど、いつ?」


「できれば今日これからがいい」


「今日はダメ。こんな甘いモノを一度に食べて、本当に糖尿病になったらどうするの?」


「一度糖尿病から離れてくれないかな?」


 終始、勘違いし続けるフローラだった。


         ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日、ドリスさんが僕の工房を訪れた。


「そろそろ頃合いかと思って来ましたよ。感冒薬は完成しましたか?」


「えーっと、それが……」


「あれから何日も経ちましたが、まさか作ってないと?」


「ち、違いますっ!」


 最初に作った風邪薬は全部レオノーラさんに渡してしまった。

 勝手にあげた事がバレたら怒られるだろうし、正直にそれを話す事はできない。

 かと言って全く作業に手を付けてないと思われたらやる気を疑われるだろう。


「素材を使った痕跡はあるようだから、つまり作成に失敗したのですね?」


「それも違います。薬はちゃんと作りました」


「作ったのなら見せなさい。立派に課題をこなせたかどうか、見なくてはいけませんから」


「もう見てます」


「私には見つかりませんよ。どこにあるんですか?」


「それです。そのテーブルの上の、小瓶に入った粒々が僕の作った風邪薬です」


「これが……? 少し確認させてもらいます」


 ドリスさんは小瓶を手に取って、中身をしげしげと眺めた。

 昨日フローラにドラジェ──砂糖の掛け物菓子の作り方を教わり、それを応用したものだ。


 あの苦かった粉末状の薬を錠剤の形にし、それを卵白と砂糖と香味料を混ぜ合わせたものでコーティングした。


 これできっと、アルト君でも飲める風邪薬になってくれたはずだ。


「これがあなたの作った感冒薬ですか。レシピとはずいぶん違いますね」


「はい。やっぱり形が違うのはまずいですか?」


「いいえ。薬効成分が過不足なく入っていれば問題ありません」


「良かった……」


「粉末の方が吸収は良いと思いますが、こうした形の方が飲みやすい人もいるでしょう。レシピと違いますが認めます」


「ありがとうございます。僕もそう思ったんです」


「ただし固めて形作る工程がひとつふたつ増えるのが難点ですね。しかし、誰に言われるでもなくそこに気付いたのは良い事です」


「いえ、甘くしてるから、多分三つか四つか五つは作業工程が増えるかと……」


「甘く? この感冒薬は甘いのですか?」


「味が苦くないと認めてもらえませんか?」


「そういう訳ではありませんが……甘い感冒薬とは、さすがに聞いた事がありません」


「こうすれば小さな子供でも飲みやすいと思ったんです」


「創意工夫が素晴らしいですね。試しに一粒、飲んでみましょうか」


「あっ」


 言うなり、ドリスさんは一粒を口の中に放り込んでしまった。

 風邪を引いてもいないのに躊躇なく飲むなんて、やはり彼女はただものではない。


「ん……あら。確かに甘い味。バニラの香りもよく効いていて素晴らしい風味です」


「はい。これなら薬嫌いの子供にも気に入ってもらえるんじゃないかと……」


「苦っっっ! 噛んでみたら苦くなりましたよっ!? だまし討ちが趣味とは聞いて呆れますっ!」


「ごめんなさいっ!? ドラジェをヒントにしたんで甘いのは表面だけなんですっ!」

「そういう事でしたか……それを先に言いなさい」


「だって、言うヒマもなく飲むと思わなかったから」


「こう見えて私は甘いものに目がないんです。あんな事を言われたら試しに飲んでみたくなるのは当たり前でしょう?」


「そんな情報、今教えられても困ります……」


 はっきり言ってすごく遅い。

 その後もドリスさんはぶつぶつと文句を言っていたが、それは逆ギレだと思う。


「それで僕の作ったこの風邪薬、認めてもらえますか?」


「色々と着眼点は良いと思うのですが……一応他の錬金術師の意見も聞いてみる事にします。薬効成分も調べたい事ですし、いくつか預からせてもらいますよ」


「分かりました」


「ダメだった時のための心の準備だけはしておきなさい。こうした変わった発想のものを受け入れない人もいるかもしれません」


「……はい」


 甘い糖衣掛けの風邪薬。

 良いと思ってくれる人がいれば、その分悪いと思う人もいるだろう。

 錬金術師に限らず、人は誰だって馴染みのないものを嫌う。

 それに、薬は苦いから効くと思い込んでいる人はどの世界でも一定数いる気がする。


 そういう人たちには、僕の作った風邪薬はきっと受け入れられないだろう。


「レン。一つだけ質問を」


「は、はい。何ですか?」


「レシピ通りに作れば余計な苦労をせずに済んだのに、あなたはどうしてこんな手間暇をかけたのですか?」


「それは、飲んでもらえなければどんなに効く薬も意味がないと分かったからです」

「なるほど。確かにその通りですね」


「こうする事で苦い薬を飲む事ができる人もいると思うんです。レシピとはだいぶ違うけど……」


「必ずしもレシピ通りに作れば良い訳ではありません。常にアイテムの質を向上させようとする、その気持ちを大切にしてください」


「はい」


「あなたの作ったこの感冒薬、少なくとも私は素晴らしいと思います。できるだけ審査に通るよう口添えしておきましょう」


「はいっ!」


 それはドリスさんが甘いものに目がないからじゃあとも思ったが、そんな穿った見方は止す事にした。

素直に感心されているみたいだし、ここは僕も素直に喜ぼう。


「それにしても、この瓶は可愛らしく包装されていますね。とても風邪薬が入ってるとは思えません」


「あ……はい。キャンディとか、よくこういうものに入ってるから」


「きっとアルトも喜ぶでしょう。早く飲ませてあげなさい」


「はい、そうさせてもらいま……えっ!?」


「三軒先に住む私が知らないとでも思いましたか? レオノーラが全て話してくれましたよ」


「えぇっ……!?」


 そう言えば、口止めするのをすっかり忘れていた。


 口止めしなければご近所のドリスさんにだって簡単に伝わるに決まっている。


「ギルドのものを横流しするのは罰金ものですが、今回は特別に目を瞑りましょう。レオノーラがとても感謝していた事ですし、あなたの心意気も分かりました」


「どうもすみません……」


「いいんです。レンがしなければ、もしかしたら私がしていた事かもしれません。もっともこんな風に糖衣掛けする事を、私は思いつかなかったでしょうが……」


「罰金ものなのに、したかもしれないんですか?」


「みんなが黙ってれば誰にもバレません。レンも、するなら今後はもう少しうまくやりなさい」


 ドリスさんはほんの少しだけ悪戯っぽい顔をして笑った。

 彼女がとても親切なのは、僕は出会った時から知っていた。

 そしてこんな風に意外と融通が利く人なのは今日初めて知った。

 もちろん、甘いもの好きである事も。


「さ、早くアルトに薬を持って行ってあげなさい。フローラもお見舞いに行きたくてうずうずしてましたから」


「はいっ、行ってきます!」


 フローラと共に、できる限り甘く美味しく作った風邪薬。

 僕は今日こそアルト君に飲んでもらえる気がした。

 


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