薬は苦くちゃ飲めません
「ありがとね、レン君。本当に助かるわぁ~」
「気にしないでください。こういう時の錬金術師ですから」
「優しい子なんだねぇ。フローラも良い男の子を捕まえたみたいで何よりねぇ~」
「もぉ、何言ってるのよ。レンはそういうのじゃありません」
僕らが薬を持っていくと、レオノーラさんは大層喜んでくれた。
息子のアルト君は部屋で大人しく休んでいるという。
レオノーラさんが明るい顔をしてるので、風邪の症状はそこまで重くないと予想。
しょせんは風邪だし、大した事はないのかもしれない。
「でも、良いと思ったから大切なマグヌスさんの工房に住まわせてるのよねぇ~」
「そんなの知りません」
「あらあら。じゃあレン君はどう思ってるの? 良いと思ってるんでしょお?」
「別にいいとは思わないけど、個人的にはそんな大した事ないかなぁと」
「……ふぅん、そーですかそーですか。レンの気持ちはよっく分かりました」
「あら、じゃあ私の見込み違いだったのかしらねぇ~……」
「えっ」
機嫌を損ねるフローラと、首をかしげるレオノーラさん。
会話を聞いてなかった僕は、何が何だか分からない。
「二人とも、アルト君の風邪の話をしてたんじゃないんですか?」
「な、何だ。そっちの事だったのね……」
「あらあら。ちょっと物思いにふける癖があるのかしら、レン君ってば」
「そうなのよ。話しててもたまにどっか別の世界に飛んで行っちゃう時があるの」
「思えばマグヌスさんもそういうところがあったのよねぇ。錬金術師って言うのは皆こうなのかしら」
「あの、それでアルト君は……」
「そうそう。私たち、お見舞いに来たの。会いに行っても平気?」
「そりゃもちろん。お見舞いしてってくれるなら、あの子も喜ぶと思うよぉ」
小さな友人でもあるアルト君に薬を渡すだけじゃ味気ない。僕とフローラはレオノーラさんの許可を得て、アルト君の部屋へと案内された。
そして──。
「アルト君、大丈夫?」
「あ、レンお兄ちゃん……」
「アルト、大丈夫? お見舞いに来たわ」
「フローラも来てくれたんだ……へへ、何して遊ぶ?」
「こらアルト。二人はお前の具合が悪いから心配して来てくれたんだよ?」
「そうだぞ。風邪が治るまで、ちゃんと寝てないとダメ」
「治ったらまた一緒に遊びましょ? それまではお部屋で我慢」
「はぁ~い……」
とても聞き分けのいいアルト君だった。
だけど熱のせいで顔が赤いし、声もしっかり掠れている。その声に鼻水が詰まって典型的な風邪声だ。風邪は寝てれば治ると言うけれど、その症状は無視するにはやっぱり辛い。
「それでねアルト、今日はお前にレン君がいいものを持ってくれたみたいだよ?」
「いいもの……もしかして、おもちゃ?」
「はは、残念だけど違うかな……今日はアルト君の風邪を治す薬を持ってきたんだ」
「レンが一生懸命作ったお薬なの。それを飲んだら、きっとすぐに治っちゃうはずよ」
「おくすり……?」
「そう。さっそく飲んでみてくれるかな」
「今アルトに水を持ってくるからねぇ~。それを飲んで、お前はもう少し寝なさい」
「……」
「アルト?」
これですんなりミッションコンプリート。風邪薬を飲んだアルト君は、すぐには治らなくても辛い症状が少し楽になる。
何日かしたらすっかり回復し、外で遊ぶ事もできるだろう。
しかしそう思っていたのは僕とフローラと、レオノーラさんだけで。
そう思わなかったのは、肝心のアルト君だった。
「……いい。ぼく、おくすりなんかいらない」
「え……」
「だって……おくすりってすっごく苦いもん!」
「でも、薬を飲まないと……アルト君の熱も下がらないよ?」
「おくすり飲むくらいなら、熱があった方がいい!」
確かに風邪薬はすごく苦い。生薬みたいなものだから、妙な匂いもぷんぷんしている。
だけどそれが僕が作れる唯一の、そしてこの世界で最も流通している風邪薬なのだ。
「アルト、わがまま言うんじゃないの! せっかくレン君がお前のために持って来てくれたんだよ」
「あのねアルト。苦いけど、それはすごく体に良い証拠なの。その苦い味が風邪のばい菌もやっつけてくれるのよ?」
「でも、いやだ。苦いし変なにおいもするし、いやだったらいやだ!」
普段は素直で聞き分けのいいアルト君なのに、薬に対する拒否反応は強かった。
飲んで効かないというのならまだしも、飲んでもらえない事態は想定外だ。
「あ、ねぇ。私の家にいいものがあるわ。それを使えばアルトでも薬を飲めるはずよ」
「いいもの?」
「でんぷんで作ったでんぷん膜。あれに包めば苦くないと思う」
でんぷん膜というのは、もしかしてオブラートのようなものだろうか?
確かにあれに包めば苦くない。
だけどアルト君の気持ちは動かなかった。
「ほら、お前のためにフローラお姉ちゃんが薬の包みを持ってきてくれるって。それなら飲めるでしょう?」
「……あれもぼく、いやだ。あれも変な味がする。ノドを通るときにいつも気持ち悪くなっちゃうよ」
「困ったわねぇ……レン、どうしよう」
「うーん……」
苦くはないけど、オブラートはオブラートで確かにちょっと変な味がする。
薬を包んだ大きな塊が喉を通る感触も気持ち悪い。
故に、小さな子供が嫌がるのも無理はない。
「じゃあ、ジュースに混ぜて飲むのは?」
「それはジュースが苦くなるだけじゃないかな?」
「んー、じゃあ……息を止めて飲むとか」
「それは呼吸を再開したら苦みが襲ってくるだけな気がする」
「えーっとじゃあ……ちょっと、文句ばっかり言わないでレンもいい方法を考えてよっ」
「考えなくていい。ぼく、飲まないから」
「いい加減にしなさい! どうしてお前はそんなに言う事を聞けないの! みんなお前を心配してこうして来てくれてるんだよ!」
「だって……いやなんだもん。やだ、やだ……わぁああああ……!」
「れ、レオノーラさん、ひとまず落ち着いて……!」
挙句の果てに、アルト君は叱られ、泣き出してしまった。
そんな彼に薬を飲ませる事ができるはずもなく、僕らは仕方なく薬だけを渡して家に戻った。
せっかく初めて誰かの役に立てると思ったのに。
僕の作った薬は飲んでもらえず、アルト君を泣かせただけに終わってしまった。




