EP09 対狙撃戦
隼人と圭介は、姫花と共に休憩所に急行した。そこにいたのは、ベンチの隣で立ち尽くしている志穂と、そのベンチに寄りかかるようにして座る、廃工場で遭遇したスーツ姿の男だった。
「お前は……」
「遅かったな」
左脇腹を片手で押さえた伏魔士――安治部修は、苦しそうに頬を引き攣らせながらそう言った。
その理由はすぐに分かった。彼が座っているベンチの天板には、左脇腹から溢れ出た夥しい血によって血だまりができており、天板の端から滴ったそれが、足元に版図を広げていたのだ。
「何があった」
「篠道はここにいるんだろ。微かに思念の残滓がある」
隼人の問いを無視して、修が尋ねた。
「……ああ、俺の仲間が助けた。意識は戻っていないが、命に別条はないと聞いた」
やや間を置いて渋い顔をした隼人が答えた。
「助けた? 無理矢理連れ去った、の間違いだろう」
「まさか……葬魔士に襲われたのか」
「愚問だな。お前たち以外に誰が俺たちを襲う?」
「それは……」
隼人が返答に窮している間に、圭介は志穂に近づいた。
「志穂、治療は?」
「断られた」
そう言った志穂がベンチの影を指差した。圭介がそちらに目を向けると、横倒しになった訓練用のライフルの隣に、半開きになった医療キットの箱が地面に転がっており、中身が散乱していた。
「なんてことを……」
「一応、救護班は呼んだ」
「ご苦労様」
弟子の労をねぎらった圭介は、修を見下ろすように彼の前に立った。
「意地を張るのは勝手だけど……君、そのままじゃ死ぬよ」
「ふん……葬魔士の治療を受けるなら、死んだ方がマシだ」
「……そう。なら、これだけは教えてあげよう」
圭介はそこで一度、言葉を切ると、修の目を真っ直ぐに見据えた。
「もし、君が死んでしまったら、瘴気に汚染された無縁仏として集合墓地に埋葬されることになる。戦死した葬魔士と一緒に、ね」
「なっ……葬魔士と一緒の墓だと! ふざけ――がっ……」
興奮して傷に障ったのだろう。修は痛みに悶えて体をくの字に折り曲げた。
「ほら、無茶をしない。そのつもりがあるなら、とっくにやってるよ」
「ち、近づくな……」
修の抵抗する手が、弱々しく空を切った。その様子を見て、圭介は困り顔を作る。
「詳しい話は後にしよう。まずは傷の手当てを……ん?」
瞬間、圭介は異変を感じ取って硬直した。視界の端に走った閃光は、狙撃手である彼がよく知るものだったのだ。
「隼人君、六時方向! 三〇度!」
「――!」
圭介が叫んだのは、方位と角度だ。そう理解するより前に隼人の体は動いていた。腰のベルトに隠していた非常用の短剣を右手で鞘から引き抜くと同時に背後を振り向き、直感に任せて腕を振るう。直後、金属同士がぶつかる甲高い音が空中で炸裂し、周囲の者の鼓膜を襲った。
「っ――重い!」
手の中で弾けた感触に隼人は顔をしかめた。高速で飛来してきた涙滴型の物体と短剣が衝突し、短剣を握った指を根こそぎ千切られそうな強烈な痛みに襲われたのだ。
「おらぁぁぁぁ!」
それでも隼人は、魔獣が宿る右腕の怪力に任せ、強引に振り抜いた。そうして短剣にぶつかった物体は、軌道を大きく変え、彼の足元に落下した。
「ごほっ、ごほ……」
飛来物の落下地点から砂煙が巻き上がる。その光景は、落下というより墜落に近かった。砂煙が薄まり、墜落現場の中央――クレーターの真ん中に突き刺さっていたのは、大口径の弾丸だった。
「これは二〇ミリか……!」
地面に突き刺さった弾丸、もとい砲弾を見て、圭介は驚愕の声を出した。
「対機甲具足狙撃砲で撃たれてる」
「やっぱり……さっきの光はスコープの反射か」
狙撃される直前、圭介が目にしたのは、狙撃砲の上部に装着されたスコープのレンズに太陽光が反射した光だったのだ。
「そうか。俺を狙って……」
「おい、しっかりしろ」
言葉の途中で倒れた修の方に、隼人がつい視線を向けてしまった。
「隼人君、次が来る!」
「っ――!」
自分に向けられた殺気を読んだ隼人は、瞬影脚による驚異的な加速で射線から脱した。その直後、彼がいた場所の延長線上で、激しい破壊音が鳴る。休憩所に設置された自販機に当たったのだ。
「久々に見たが、なんつー威力だ」
自販機の側面が大きく抉れ、中の商品が路上に転がり出た。弾が掠めたと思われる炭酸飲料の缶が破裂し、血飛沫のように黒い液体を噴き出す。
「その軌道を変える君も大概だけどね」
隼人の独り言を聞いて、そう言いかけた圭介だったが、頼みの綱である隼人の精神状態に影響を与えてはいけないと判断し、言葉を飲み込んだ。
「隼人君、一分でいい。時間を稼いでくれ」
「また撃ってくるってことですか!?」
「二発撃った。三発目もある。一発ミスしても逃げてないのは、そういうこと」
愕然とした姫花が叫ぶと、志穂は冷静にそう返した。
「了解……!」
短剣を眼前に構えた隼人は、狙撃手の射線を遮るように四人を背にして立つ。狙撃手のおおよその方角は分かっている。だが、正確な位置は掴めていない。加えて言うなら遠方への反撃手段を、彼は持ち合わせていなかった。つまりは防戦一方の状況だった。
「こちら特戦班、秋山。外部から攻撃を受けている。特戦班権限により、結界の展開を要請する」
圭介が背後で要請を出している間、隼人は周囲に視線を走らせていた。
撃ってきた方角にはオフィス街があり、高層ビルが立ち並んでいる。ちょうど休憩の時間なのだろう。窓際で頬杖をついてタバコを吸っている男や階段の踊り場でスマホを見ている女がいた。極度の緊張状態では、顔の前で何かをする仕草は、銃を構えているように見えないこともない。どれが怪しいか疑えば、どれも怪しく見えてしまう。
「隼人君、要請は済んだ。もうすぐ結界が展開される」
「それまでの辛抱か……」
砲弾をまともに受けたせいで短剣の刃が大きく欠けていたことに気付いた隼人は、苦い口調でそう呟いた。代替の短剣は無い。この一本で狙撃を凌ぎきらなければならないのだ。
「そろそろ次が来るよ」
「どうして分かる」
「狙撃手は僕と同じものを見ているからさ」
圭介の視線の先を辿ると、建設中のビルの工事現場に吹き流しが設置されていた。
「吹き流しか」
「ご名答。でも、君が見るのはそっちじゃないよ」
吹き流しの尾が、ゆっくりと垂れていく。それは風が止むサインだ。
「来る――!」
圭介の合図と共に前方のビルの一室で閃光が走り、隼人の常人を超えた動体視力が、大気を貫きながら迫る超高速の弾丸を捉えた。
「っ――らぁ!」
タイミングが分かっていれば、隼人にとって迎撃は造作もない。弾の側面を短剣の刃に乗せるようにして掬い上げていなし、軌道を変えた。
軌道を変えられた砲弾は無人の屋外訓練場に飛んでいき、狙撃訓練用に設置された標的の一つに命中した。
「あのビルか」
狙撃地点を見つけた隼人は、そこにいるはずの姿の見えない狙撃手をじっと睨んだ。
「ここから三.五キロってとこかな……五〇口径じゃ届かないね」
目測の得意な圭介が即座に距離を割り出し、口惜しそうに言った。
「む……撃ってこないな。弾切れか」
狙撃の間隔がやけに開いたことを不思議に思った隼人は、そんなことを呟いた。
「……いけない。次は防げない」
「何だって?」
「焼夷弾だ。僕なら、そうする」
「なっ――!」
圭介の推測を聞いて、隼人は絶句した。焼夷弾は、着弾と同時に爆発し、周囲に炎を撒き散らす。そしてその炎は、ただの炎ではない。化学的作用で燃焼する消火が困難な炎なのだ。
対機甲具足狙撃砲で使う二〇ミリ焼夷弾なら殺傷範囲は比較的狭いが、ベンチの周りに集まっている隼人たちを焼くには十分だ。無論、瀕死の伏魔士に止めを刺すことも事足りる。
「結界は……」
「間に合わない――!」
再び前方で閃光が走った。
「なら――!」
隼人は迷わず右手に持った短剣を投擲した。矢のように放たれた短剣は、彼の一〇〇メートルほど手前で砲弾に命中した。
「これでどうだ!」
圭介の読みは当たっていた。撃たれたのは焼夷弾だったのだ。果たして砲弾は空中で花火のように炸裂し、生じた爆風で砂煙が巻き上がった。火の粉がしだれ柳のように尾を引いて辺りに降り注ぎ、落下した地面の上でちろちろと燃える。
「やったか……」
「まだだ!」
圭介の警告から間を置かずに、砂煙の煙幕を貫いて、再び砲弾が飛来する。
「二連射だと――!?」
砲弾を見た隼人は、跳躍しようと両脚に力を込めた。捨て身で四人を庇おうとしたのだ。だが、彼の脚が地を離れるよりも速く銃声が背後で鳴り、弾が空中で爆発した。
「くっ……」
「今のは……」
爆風を顔で遮った隼人は、銃声がした背後に目をやった。
「間に合った」
ライフルの銃口を下ろした志穂は、空いた手でブイサインを作った。
「助かったよ、志穂」
「え、撃ち落とした……!?」
「隼人だってやったし。しかも短剣で」
驚愕して瞠目した姫花に、志穂は平然と返した。
「む……」
地鳴りのような重低音が支部の外周から鳴り、半透明の結界が展開された。
「結界が……」
「さすがにもう撃ってこないか」
「支部の結界は頑丈さ。あの砲に突破する火力はないよ」
支部を丸ごと覆うドーム状の結界を見た圭介は、冷静に説明した。
「よし、なら俺は狙撃手を……って、結界を張ったままじゃ、外には出られないのか」
「残念だけど、追うのは諦めるしかないね」
「あ、救護班が来ました!」
「よかった。なんとかなったね」
救護班の車を見た圭介は安堵の表情を浮かべた。
「しまった。破片が邪魔だな。春町、手伝ってくれ」
「はい!」
狙撃を防いだ際に自販機が壊れ、路上に缶や金属片が散らばってしまったことに気付いた隼人は、車両の通行の妨げにならないよう、片付けに取り掛かった。
「それにしても……」
オフィス街の方を向いた圭介の目は、感情を排した無機質な色をしていた。弟子である志穂はその目が何を意味するかよく知っている。冷徹に標的を探しているのだ。おそらくは既に逃走したと思われる狙撃手を探しているのだろう。だが、そんな彼に、志穂は妙な違和感を覚えた。
「どうしたの、師匠?」
「いや、なんでもない。さ、僕らも手伝うよ」
怪訝そうに尋ねた志穂に短く答えた圭介は、踵を返して隼人たちの方に向かった。
「うん……」
圭介の後を追おうとした志穂だったが、直前の違和感を拭うことができず、しばらく立ち止まっていた。




