EP10 引き金を引いたのは誰か
第三支部が攻撃を受けてから二時間後、事後処理を終えた隼人と圭介は、支部長室を訪れていた。
「二人ともご苦労。私の指揮なしでよくやってくれた」
対応に追われた陽子は、自身も疲れ果てた様子で隼人と圭介をねぎらった。
「信じられんな。まさか伏魔士がこの支部にいるとは……それに二人も」
「俺、念信で何回も伝えようとしたんですが」
「ああ、さっきは無視して悪かった。念信を傍受される恐れがあったんでな」
不満げに言った隼人に、陽子は悪びれることなくそう返した。
「本部の人間に……ですか?」
「結局は私の勘違いだったようだ。お前たちが守ったあの男の念信を誤認したのだろう。漠然とした気配は感じ取れたが、正確な位置を探れず難儀した。てっきり本部の念信能力者が、こちらを探っているのかと警戒していたんだ」
修の念信の特性は“隠蔽”である。目の前にいても姿を視認できなくなり、攻撃を受けるまで存在に気付かない。そんな彼の能力を、猟魔部隊と共に行動していた科学者の宮間理仁が、意識迷彩と呼称していたことを、隼人は思い出した。
姫花は修が急に現れた、と言っていた。彼は隠蔽の念信を使って警備の目をかいくぐり、この支部に忍び込んだのだろう。
凡百の念信能力者であれば、念信の特性で彼の接近に気付くことはできなかっただろうが、陽子は違う。彼女は優れた念信能力者であるがゆえに彼の使った念信を鋭敏に感じ取り、波長の弱さから誤認してしまったのだ。
「なるほど……」
事情を理解した隼人は、腕を組んで小さく唸るような声を出した。
「ところで支部長、彼の容態は?」
「傷は深いが、救護班の治療で一命を取り留めた」
「よかった……」
隼人は安堵の溜め息を漏らし、それを見た圭介も淡い笑みを浮かべる。
「しかし、機甲具足の装甲をぶち抜くあの大砲で撃たれて生きてるなんて、あいつタフだな……」
「隼人君、違うと思うよ」
感心した声を出した隼人を、圭介は冷静に訂正した。
「違う?」
「ああ、桑野から腹部の傷は切創と聞いた」
「切創? 斬られたんですか……?」
陽子から予想外の言葉を聞いた隼人は困惑した。
「対魔刀によるものらしい。自分で縫ったようだが、無理をして開いたんだろう」
「自分で……凄いな」
自分で傷を縫う困難を知っている隼人は、途端に顔をしかめた。
「彼らを襲った葬魔士は、猟魔部隊でしょうか」
「おそらくな」
圭介の問いに陽子は短く首肯した。
「この支部に逃げ込んだからって外から撃つなんて……滅茶苦茶だな」
隼人は呆れ顔をして首を横に振った。
「いや、猟魔が撃ったと断定できない」
「猟魔部隊が伏魔士たちを襲ったんじゃ……?」
認識の齟齬を感じつつ、隼人は疑問を口に出した。
「この支部に銃口を向けたのは、多分、猟魔部隊じゃないよ」
「む……伏魔士を襲った奴とこの支部を撃ってきた奴は別ってことか」
「ご名答。あれは猟魔部隊のやり方じゃない。隼人君だってよく知ってるでしょ」
「確かに……狙撃するにしてもあんなまどろっこしい真似はしないな。もっと容赦なく撃ってくるはず……」
潤沢な資金と装備に物を言わせた物量で標的を一気に制圧する。それが猟魔部隊の定石である。
思い返せば彼らは、橋の上で黒い矢の雨を降らせ、廃工場では小銃による銃弾の嵐を叩き込んできた。先の攻撃は猟魔部隊にしては、どうも寂しすぎる。
「焼夷弾を最初から使えば、それでけりがついていた。君が防いだところで、みんな丸焼きになっていただろうし」
「あいつだけ殺そうしたが、俺に妨害されて仕方なく使った……そういうことか」
「そう。さらに言えば、いくら猟魔部隊でも何の理由もなく支部を攻撃することは、信用に関わる。彼らに特権が与えられているのはあくまで魔獣撲滅のためだからね。支部への無断攻撃なんて部隊の運用、存続を揺るがす問題になりかねない」
「信用ねぇ……そんなこと考えているのか、あいつら……」
訝しむ隼人の口調に、圭介は苦笑する。
「猟魔部隊はあくまで葬魔機関という組織の一部隊だからね。君を攻撃したときだって何かしら理由、いや理屈があったんだ。牛頭山猛の攻撃に巻き込まれた、伏魔士の捕縛を妨害した……とかね」
擁護するわけじゃないよ、と圭介が慌てて付け加えた。
「屁理屈でも理屈、というわけだ」
「それで……猟魔部隊じゃないなら誰が撃ってきたんだ」
からかうような口振りの陽子の声を聞き流した隼人が尋ねると、圭介は弱った様子で額に手を当てた。
「支部長、諜報部に命じた狙撃手の追跡はどうなりました」
「狙撃に使ったと思われるビルの一室は、既にもぬけの殻だった」
「この短時間で……?」
陽子の返答を聞いた圭介は、驚愕の声を漏らした。
「何か手がかりになりそうな痕跡はあったんですか?」
「外壁に残ったわずかな硝煙反応だけだ。部屋の中は綺麗に片付けられていた」
「驚いたな」
たった数分で証拠隠滅をし、撤退した手際の良さに、隼人は舌を巻いた。
「付近の監視カメラには、葬魔機関のコートを着た何者かが映っていた」
「一人ですか」
「ああ。残念ながらフードで顔は確認できなかった。古いカメラだったせいで画質が荒くてな……」
「畜生、すぐに追跡できればな……」
「仕方ないよ。結界が展開していたんだ。それに君が救護班の活動を手伝ってなかったら、彼は命を落としていたかもしれないよ」
「む……」
圭介に諭された隼人は、軽率な物言いをした自身の浅慮を恥じた。
「あの二〇ミリは、生身ではまともに運用できない。射撃にしても運搬にしても機甲具足の使用が前提だ。機甲具足を使っているなら、特定はそう難しくない」
「そうか。あの時間に第三支部の管轄で稼働していた機甲具足は限られている。ここで分からなくても、本部のデータベースに問い合わせれば……」
「ああ、稼働機体の記録が残っているはずだ。ちなみに照合は、既に依頼した。諜報部の追跡調査も続行している。ふっ……私の支部に銃を向けた愚か者をみすみす逃がしてたまるものか」
壁のモニターに表示された地図を見て、陽子は獰猛な笑みを浮かべた。
「専門家が動いているなら、僕らの出る幕はないね。残念だけど、彼らに任せよう」
「にしても、支部の結界は外部からの攻撃に自動で展開する仕様ではないんですか。不用心ですよ」
ふと疑問に思った隼人が尋ねると、陽子は不愉快そうに眉根を寄せた。
「ミサイルやドローンの類は、検知して自動で展開するんだがな……」
「複雑な電子部品が搭載されてない銃砲弾には反応しないんだ」
口惜しそうな陽子の言葉を継いで、圭介が補足した。
「狙撃を想定していないのか。そんなわけないだろ?」
「想定していないわけじゃないけど……各支部の結界は、施設の破壊を防ぐための装備だからね」
「……つまり、人を守るためのものではない、と」
「うん……まぁ、そうだね」
隼人が横目で視線を送りながら聞くと、圭介は歯切れ悪く答えた。
「前から思ってたが、機関は人の命を軽く見すぎだろ……」
「そう言うな。自動展開のシステムは調整が難しいんだ。あまり過敏に設定すると、小鳥や羽虫が飛んでくる度に展開してしまう。下手すると雨粒にも反応しかねん」
「はぁ……難しいんですね」
「安心しろ。結界の調整については、既に技術部に対応を依頼してある。今回の狙撃もいいサンプルになった」
「生のデータほど有益なサンプルはありませんからね」
圭介がそう言った直後、机の上に置かれた電話が鳴った。年季の入った前時代的なナンバーディスプレイには、正門守衛室と表示されている。
「守衛室から……? 何の用だ?」
来客の予定に心当たりがない陽子は、首を傾げながらも受話器を取った。
「私だ。うん、うん……なに?」
受話器を耳に当てて二言三言聞いた陽子は、圭介に視線を投げた。
「分かった。伝えよう」
「……?」
陽子から向けられた視線の意味が分からない圭介は、困惑して眉根を寄せた。
「秋山、お前に客だ。正門の守衛室に行ってくれ」
受話器を置いた陽子は、圭介に短く用件を伝えた。
「僕に客……? ええと、どんな客ですか」
「詳しくは聞いていない。が……女、だそうだ」
圭介に尋ねられた陽子は、楽しそうに笑みを浮かべてみせた。




