EP07 眠れる医務室の少女
医務室でカルテをまとめていた成実は、突然、入り口のドアが開いた音に気付いて作業を中断した。
「ちょっと……ノックぐらいしなさいよ」
ノックもせずにドアを開けられ、不快に思った成実がそちらを見ると、思い詰めた表情の隼人が入ってくるところだった。
「って、あれ? 隼人君じゃない。どうしたの? 忘れ物?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
医務室の中を見回した隼人は、カーテンで遮られているベッドがあることに気付き、そちらに足を向けた。
「あ、待って。男の子は今、立ち入り禁止だから」
隼人がベッドの方に向かおうとしていることに気付いた成実は、慌てて椅子から立ち上がり、彼の進路を遮るように手を広げて立ちはだかった。
「すみません。ちょっと確かめたいことがあるんです」
目の前に立った成実の肩に手を置いた隼人は、軽々と彼女を脇によけた。
「こら! 駄目だって……!」
声を上げた成実を無視して、隼人はカーテンを開けた。するとそこには、点滴に繋がれた黒髪の少女がベッドに横たわっていた。
「……やっぱりこいつか」
「え? 隼人君、この子を知ってるの?」
腑に落ちた様子の隼人の呟き声を耳にした成実は、驚いた顔をしながら彼に尋ねた。
「はい。桑野先生は、伏魔士をご存知ですか」
成実の人柄なら大丈夫だろう、と判断した隼人は、そう端的に切り出した。
「まぁ、噂話程度だけど」
「彼女がそうなんです」
「へぇ……本物は初めて見たわ」
隼人から話を聞いた成実は、ベッドで眠る少女の顔をしげしげと見つめた。
「でも、なんで彼女が伏魔士だってこと知ってるの?」
「自分たちでそう名乗ってましたから」
「自分たちって……他にもいるの?」
「四人いたみたいです。俺はこいつを含めて三人しか見てませんが……」
頑丈な半透明の壁を作り出す守壁の念信を操る僧侶姿の誠太。弓矢を使い、姿を消す隠蔽の念信を操るスーツを着た男。そして相手の心を読む読心の念信を操る目の前の少女。さらにあと一人、魔獣を操る者がいたようだが、隼人はその魔獣使い本人とは会っていなかった。
「で、この子の名前は?」
「シノミチ、と呼ばれていました。下の名前は……分かりません」
誠太に彼女がそう呼ばれていたことを、隼人は思い出した。
「なんでこいつだけなんだ? 他の奴らは……」
「それは……分からないわ。機甲部隊が救助したのは、この子だけみたいだけど」
「……」
隼人は眠っている少女を見つめたまま、思考を巡らせた。
シーツからはみ出た腕や首に包帯が巻かれ、体中を負傷している伏魔士の少女。この傷は廃工場での戦闘によるものではない。その後に負ったものだ。
他の伏魔士たちはどうなったのか。何があったのか。それは分からない。その答えは彼女に聞くしかないだろう。
「先生……?」
ふと、隣に立った成実からじっと見つめられた隼人は、不思議に思いながら彼女の顔を見つめ返した。
「隼人君、あなたいつまで女の子の寝顔を見てるのかしら?」
「え、あっ……そういうつもりじゃ……」
冷めた目の成実に指摘された隼人は、慌てて一歩足を引いた。
「はいはい、言い訳は聞きません。彼女がどうあれ、ここに運ばれた以上、今は患者なの。ほら、出てった出てった」
隼人が動揺した隙に、成実は彼の背中を両手で押して、入り口の方に押し出そうとする。
「先生、せめて護衛をつけてください」
持ち前の敏捷性で成実の手から逃れた隼人は、彼女から離れて向き合った。
「なんで?」
「彼女は……葬魔士を恨んでいます」
どう伝えたらいいか悩んだ隼人は、歯切れの悪い口調でそう言った。
「私、葬魔士じゃないけど」
「葬魔機関にいる以上、先生だって襲われるかもしれないんです。必要なら俺が……」
あっけらかんと返した成実に、隼人は必死に訴えた。
「あら、心配してくれてるの? ふぅん……」
身を寄せながら妖しげな目つきで見上げてくる成実に、隼人はたじろいでしまった。からかわれているのは分かっていたが、それでも頬の熱で自分の顔が赤くなっていると理解した。
「じ、冗談じゃなくて――!」
女性に慣れていない隼人の反応を見た成実は、苦笑しつつ距離を取った。
「忠告ありがとう。でも、いらないわ。彼女が目を覚ましたとき、かえって警戒させてしまうでしょ」
「先生……」
「大丈夫よ。こう見えても私、暴れる患者さんの対応だって慣れてるんだから」
そう言うと、成実は誇るように腰に手を当て、胸を張ってみせた。
「そういう問題じゃ……」
「話せるようになったら教えるわ。もちろん治療が済んでからね」
「あ、ちょっ……! ったく……」
隙を見せた途端、強引に廊下に追い出されてしまった隼人は、しぶしぶ医務室を後にした。




