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斬魔の剣士  作者: 織部改
第四章 百鬼夜行
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EP06 黎明の知らせ

 メディカルチェックを終えた隼人は、重い足取りで支部のロビーを歩いていた。およそ二〇〇体を超える魔獣を倒し、支部長に報告を済ませ、そのまま休む間もなくメディカルチェックに入ったのである。このハードスケジュールには、さすがの隼人も疲労を隠せずにいた。


「ふぅ……もうこんな時間か」


 足を止めて壁掛け時計を見上げると、時刻は既に四時を回っていた。六月の夜明けは早い。あと三〇分もすれば、外が明るくなってくるだろう。


 昨日は、美鶴と一緒に武器の製作を依頼している久納儀武の工房に行き、その帰りに浅江と遭遇したところで出動を命じられた。いくら常在戦場の心構えがあるとはいえ、不意の出動は、やはり肉体にも精神にも堪えるものがある。


「――続いてのニュースです。先日、尾仁崎村で発生したガス事件の続報です」


 ふと、ロビーに設置されたテレビの音声が耳に入った。どうやら魔獣の群れに襲撃された尾仁崎村のニュースのようだ。


 気になった隼人がそちらに目をやると、宿直の職員たちが集まってソファーに座り、テレビを眺めていた。


「現場の益子さん、お願いします」


「はい、こちら現場の益子です。私は現在、尾仁崎村に通じる市道に来ております。ご覧の通り、村に通じる唯一の市道は通行止めとなっており、近づくことができません」


 女性レポーターの背後は、警察によって規制線が張られ、集落に続く市道が封鎖されていた。規制線の黄色いテープの手前には、道を塞ぐバリケードが設置され、何台ものパトカーが停まっており、パトランプの赤い光が黎明の闇の中で輝く物々しい雰囲気が画面越しに伝わってくる。


 魔獣は出現しなくても、人体に有害な瘴気が残留している以上、瘴気耐性が無い者が村に近づくことは危険である。この大げさな厳戒態勢は、余計な犠牲を出さないための措置だ。おそらくは所轄署が上からの指示で動いているのだろう。


「警察、消防によりますと、地下から発生したと思われる毒ガスの発生は続いており、村の中に入ることはできず、住民とも一切連絡が取れていないとのことです」


「……毒ガス、か」


 美鶴と初めて会った日――偽装拠点や市街地での戦闘は、表向きにはテロ事件として処理された。今回の魔獣襲撃については、自然発生した毒ガス事件として処理することに決まったのだろう。


 魔獣や瘴気の存在が公には隠匿されているため、事の真相は明かされず、大衆が事実を知ることはない。言わずもがな葬魔機関の影響力は、報道各社にも及んでおり、機関の都合のいいシナリオに沿ってニュースの原稿が作られ、視聴者は報道された内容を事実として受け取ることになるのだ。


「こりゃ、この村はもう駄目だな」


「畜生、レーダーサイトが壊れてなければ、こんな犠牲は出なかっただろうに」


「機甲部隊の連中も情けねぇよな……二分隊が全滅したんだろ」


「それ以上はよせ。現場にいた奴らに聞かれたらどうする」


 宿直の職員たちの話を聞き、胸に突き刺すような痛み感じた隼人は、彼らから逃げるようにしてロビーを後にした。


「……む」


 そうして廊下を進んでいた隼人は、慰霊室の前で立ち止まった。わずかに開いた扉の隙間から漂う、嗅ぎ慣れた線香の香りに、彼の嗅覚が敏感に反応したのだ。


「……誰かいるのか?」


 慰霊室の扉を開けると、木製の長椅子に座っている男がいた。年季の入った機関の制服を着たその男は、ぼんやりと線香の捧げられた献花台の方を見つめていたが、隼人が現れたことに気付き、彼の方を振り返った。


「あんたは……」


 部屋の中に設置された灯火に照らされて、男の顔が露わになった。無精ひげの伸びた、やつれた外見から察するに、年齢は三〇代後半といったところだろうか。彼は入口に立っている隼人を目にすると、おもむろに立ち上がった。


「えっと……?」


 困惑している隼人を見た彼は、何か思い当たったのか突如苦笑いを漏らした。


「素顔じゃ分からんか。俺は機甲部隊にいたブルブル2だ」


「ああ、機甲部隊の……」


 隼人の納得した声を聞いたブルブル2は、表情を引き締めて姿勢を正した。


「第三小隊所属、渡利五郎だ」


「特戦班所属、長峰隼人です」


 ブルブル2――渡利五郎と隼人は、互いに敬礼を交わした。


「あんたのことはよく知ってるよ。長峰さん」


 敬礼を終えた五郎は、フランクな口調で彼に話しかけた。


「それは、どうも」


「いや、強いのは知っていたが……まさかあんなに強いとは思わなかった。正直恐れ入ったよ」


「は、はぁ……」


 どう答えていいか分からない隼人は、曖昧に返した。


「増援に来てくれて助かったぜ」


「いえ……もっと早く駆けつけられれば、もっと多くの人を助けられました」


 部屋の最奥にある巨大な石板――無名の墓碑の方を見た隼人は、悔しげにそう言った。無名の墓碑の周囲には、石板を囲むように無数の燭台があり、戦死した葬魔士の数だけ蠟燭に火が灯される。今、彼の視線の先には、一目では数えきれない数の灯火が揺れていた。


「長峰さん、そいつは欲張りってもんだ」


 悔しさの滲む隼人の声を聞いた五郎は、嘆くように鼻を鳴らした。


「え……」


「できなかったことを悔やんでもしょうがない。割り切ることも必要さね」


「……」


 閉口して床に視線を落とした隼人を見て、五郎は気まずそうな顔をする。


「すまんね。斬魔の剣士様に説教しちまって」


 年を取るといかんね、と五郎は自嘲した。


「いえ……」


「だけども、あんたにそれを言われちゃ、俺たちの立つ瀬がないわけよ。俺たちだって必死に戦って、それでもあの様だったんでね」


 分かるかい、と視線を投げられた隼人は、沈黙で返した。


「渡利さんの隊は……」


 数秒の間を置いて、そんな言葉が隼人の口から出た。


「隊長が戦死した。おっと、あんたが来る前のことだから気にするなよ。一時撤退をしようとした俺たちを逃がそうと、殿を買って出たんだ」


 隼人の表情の変化に気付いた五郎は、慌てて付け加えた。


「そうですか……」


「ブルブル3――川本のやつは、なんとか一命を取り留めたと思ったんだがね……ついさっき息を引き取ったよ」


「えっ……」


「でも、最期に嫁さんと会って話すことができた。それがあいつにとってどれだけ救われたことか。遺書なんて未練ばかり書いた紙切れを渡すより、ずっとマシだ」


「戦場で死んだら、瘴気のせいで焼いて骨にされちまうが、生きていたら別だ。連れて帰ってくることができる。あいつをあいつのまま、家族と会わせることができたのは、あんたらのおかげだ。川本に変わって礼を言わせてくれ」


 改まった顔で頭を下げた五郎を見て、隼人は動揺してしまった。


「あ、いや……その、頭を上げてください」


「しっかし、なんというか……こうして話してみると、えらく印象が違うねぇ」


 頭を上げた五郎は、おどおどした隼人の様子に苦笑した。


「それはどういう……?」


「魔獣と戦ってるときは頼もしいと……いや、おっかないとすら思ったが、今はどうも別人みたいだ。俺が言うのもなんだが、もっと堂々としてもいいんじゃないか」


「そうですか……?」


「まぁ、いいさ。あと一〇年もすれば、自然と貫禄が出るだろうよ。あ、腹も出るけどな」


「……」


 あと一〇年も生きられない、と心の内で思っても、隼人はそれを口には出さなかった。


「あーあ、あっさりくたばっちまいやがって……引き継ぎぐらいやっていけよ。アホ隊長」


 すっかり短くなった線香に視線を向けた五郎は、そう毒づいた。


「アホで悪かったな」


 その声は慰霊室の入り口から聞こえた。そちらを見ると、車椅子に乗った病衣姿の男がいた。


「へ……?」


「おい、渡利。勝手に殺すなよ」


「た、隊長……生きてたんですか」


 隊長、と呼ばれた初老の彼は、慣れない手付きで車椅子を動かし、二人に近づいてきた。


「生憎、閻魔様は俺が嫌いだと」


「ははっ……」


 死んだと思っていた隊長の姿を見た五郎は、歓喜の笑みをこぼして彼に駆け寄った。


「よくぞご無事で」


「無事なもんか。ベッドで白衣の天使とお喋りしてたら、医務室の女神様にとっとと出てけって追い出されたわ」


 尊大な笑みを浮かべて車椅子の背もたれに寝そべり、肘置きに頬杖を突いた彼は、まるで玉座に座った王のようにも見えた。


 彼こそ第三小隊の隊長、大杉守弘である。葬魔士としてはとっくに引退している年齢だが、難病を患った家族の治療費を稼ぐために葬魔士を続けている、と隼人は聞いていた。


「渡利、お前が生きていてくれてよかった。お前に死なれたら、俺は親御さんに会わせる顔がなかったからな」


 改まった口調で守弘がそう言うと、五郎は気まずそうに石碑に視線を移した。


「第四支部にいた兄貴が死んでから、まだ一月と経ってませんからね……」


「……そうか」


 たった一言だったが、守弘の声には、深い憐憫が込められていた。その響きに同調するように、静寂が応えた。


「いやー、しかし、驚きました」


 一瞬、沈んだ空気を吹き飛ばすように大げさな身振りを交えて五郎が口を開いた。


「隊長のマーカーが消えたので、てっきり……」


「無茶な動きをしたせいで、あっという間に稼働限界になってな。ほら、一人じゃバッテリー交換する暇なんてないだろ。おかげで装甲を排除して戦う羽目になった。最後の方は、ほとんど生身同然さ」


「ああ、それで……」


 バッテリーが切れたせいで通信が途切れたことを知った五郎は、納得した声を出した。


「対魔刀が折れて群れに囲まれて、とうとう俺もおしまいか、と思ったら、急に奴らがどっかに行ってな……長峰、お前がやったのか?」


 ちらりと視線を投げて寄越した守弘に、隼人は短く首肯した。


 第三支部での勤務期間が長い隼人と守弘は、何度かともに作戦に参加した経験があり、隼人が念信を使えることも彼は知っていた。


「おそらく。念信を使ったので」


「そうか……命拾いしたぜ。俺の部下も世話になったな」


「いえ……」


「おお、そうだ」


 突然、何かを思い出したらしい守弘は、肘置きを平手で叩くと、五郎の方を向いた。


「渡利、お前たちが助けたっていうお嬢ちゃん、無事だったみたいだぜ」


「本当ですか。そりゃよかった。たった一人の生存者ですからね」


「生存者……?」


 二人の会話に疑問を抱いた隼人は、首を傾げた。陽子の話では、生存者は村にいなかった二人だけ。しかもそのどちらも老人だったはずだ。


「ああ、森の中に倒れてたんだ。あの瘴気濃度で生きてたんだから、驚きだ」


「その子は、どんな外見でした?」


「お、なんだ。興味あるのかい? 隅に置けないねぇ」


 五郎にからかわれた隼人は、不愉快そうに眉間に皺を作った。


「そうじゃなくて、もしかしたら知ってる人かもしれないんで」


 言葉遣いこそ丁寧であるが、隼人の語気はささくれ立っていた。そんな彼に気圧された五郎は、隼人から視線を逸らすように遠くを見て考え込んだ。


「どんな外見、か。そうだな……髪は黒のショート。服装は、一言でいうとパンクな感じだったな。太ももやら肩やら丸出しでさ。そうそう、へそも出てた」


「――っ!」


 生存者の特徴を聞いた隼人は、思わず瞠目した。彼の記憶に思い当たる人物がいたのだ。


「最後の情報、いるか?」


「いりますよ。最重要でしょう」


「そうか……?」


 顔色が変わった隼人のことなどお構いなしに、五郎と守弘は漫才を続けていた。


「どこにいます?」


 盛り上がる二人には意を介さず、隼人は強い口調で尋ねた。


「お、おう。桑野先生の医務室に運ばれるって聞いたな」


「ありがとうございます」


 守弘に礼を言った隼人は、踵を返して慰霊室から立ち去った。


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