EP05 深夜の帰還
尾仁崎村に現れた魔獣の掃討作戦は、機甲部隊と特戦班の奮闘によって六時間という異例の短時間で終了した。その後、支部に帰還した隼人と浅江は、報告のために支部長室に訪れていた。
「任務ご苦労。休暇中に悪かったな。やはりお前たちを送って正解だった」
葬魔機関第三支部の長――東雲陽子は、報告を終えた二人に労いの言葉をかけた。
「支部長、救助は……住民の救助は、間に合ったんですか」
上司の労いの言葉には意を介さず、隼人は必死な表情で問い詰めた。村に派遣された救助部隊からの報告について、彼は聞かされていなかったのである。
「残念ながら、救助は間に合わなかった」
机の上に置かれた諜報部の報告書に視線を向けた陽子は、横に首を振った。
「え……」
「村の住民、三九人の内、三七人が犠牲になった」
報告書を手に取った彼女は、いかにも億劫そうに隼人に差し出した。
「……っ」
陽子から報告書を受け取った隼人は、最初の数行で愕然とした。
死者八人、行方不明者二九人。一枚のA4用紙に記されていた無慈悲な報告に、頭が空っぽになった。
やけに死者が少ないのは、魔獣に喰われて遺体が全く残っていない、あるいは個人の特定が困難であるからだ。付け加えれば、まだ速報段階であり、犠牲者の内訳は正確ではない。やがてこの行方不明者たちは、死者に変わる。そのことを彼はよく理解していた。
「つまり……二人は助かった、と?」
険しい顔で報告書に釘付けになっている隼人の様子を見かねて、浅江が尋ねた。
「一人は認知症で老人ホーム。一人は末期癌で県外の病院に入院。村にいなかったから助かったようなものだ。まぁ……あの村は、終わりだな」
「……」
今度は浅江が険しい顔をした。彼女の故郷である山奥の村は、魔獣の襲撃によって滅びており、実の両親も犠牲になっている。とても他人事ではなかったのだ。
「遅かれ早かれいずれ消滅する運命だった。時計の針を進めたようなものだ」
「そんな言い方は……」
「すまない、言い過ぎたか」
浅江の声色に怒気を感じ取った陽子は、彼女の声を遮るようにして謝罪した。
「だが、あの村は残存する瘴気で二〇年は立ち入り禁止だ。本部は除染の費用を出さない、と言ってきた」
土壌や大気に残存する瘴気を除染する方法はある。だが、それには手間も時間も費用もかかる。人口の多い都市部ならともかく限界集落だった尾仁崎村は重要性が低い。費用対効果を考えて村の瘴気は除去しない、と本部は判断を下したのだ。住民が残っているなら、そうはいかないが、もうあの村には誰もいないのである。残酷だが現実的な判断だった。
「尾仁崎村という村があったことは……忘れられてしまうでしょうね」
寂しげな声で訥々と言った浅江に、陽子は小さく頷いた。
「ああ、人々の記憶からもやがて消え去ってしまうだろう。おっと長峰、そろそろ報告書を返してくれ」
「は、はい」
無意識に力んでいた手は、知らず知らずのうちに報告書の端に皺を作っていた。そのことに罪悪感を覚えながら陽子に報告書を返した。
「さて、お前たちの報告で気になることがある」
感傷に浸る隼人と浅江に鞭を打つように、陽子の厳しい声が投げられた。
「なんですか」
まるで尋問を始めるかのような息苦しい緊張感が支部長室に漂う。
「群れを統率する個体がいなかった、とはどういうことだ」
「支部長がおっしゃったとおりですよ。群れを統率していた魔獣がいなかったんです。あの規模の群れになれば、統率しているのは獣鬼やそれ以上に強力な魔獣かと思いましたが……」
「餓鬼の中にもそれらしい個体はいませんでした」
言い淀んだ隼人の言葉の続きを浅江が補足した。
「念信で掃討したことを確認しました。もう、あの付近に魔獣はいません」
「そうか……」
隼人と浅江の報告に偽りはない。それを二人から感じ取った陽子は、口元に拳を当てて難しい顔をした。
「もしや統率者が存在しない群れだったのか。いや、違うな。魔獣の生態としては不自然だ。長峰の念信に対抗できる魔獣がいた。ああ、そう考える方が自然だ。だが、いない、となると……先に逃げた? それはつまり……」
考えを整理しようとした陽子は、無意識に独り言を呟いていた。その声は小さく、二人には聞こえていなかった。
「支部長……?」
「ん、ああ……すまない。どうした」
思考の海に潜っていた陽子は、部下の心配する声で意識を浮上させた。
「機甲部隊からの報告は?」
「治療が先、話は後、と桑野に断られた」
桑野、とは第三支部で勤務している医師の桑野成実のことである。陽子と親しい成実は、支部長である陽子に物怖じせずに意見できる貴重な人物だ。察するに支部長に従順な他の医師はともかく彼女は猛反対したのだろう。
「あれだけの戦闘でしたからね……」
「ふっ……無傷だったのは、お前たちくらいだからな」
難しい顔をしたままだった陽子の口元に、やっと彼女らしい不敵な笑みが浮かんだ。
「機甲具足のレコーダーは解析班に回してある。何があったのかじきに分かるだろう」
机の片隅に放置されていたカップに手を伸ばした陽子は、カップに入っていたコーヒーを一口啜ると、すっかり冷めていたことに気付き、不満そうな表情を浮かべて深い息を吐き出した。
「支部長、聞きたいことがあります」
「……なんだ?」
真剣な声色で尋ねた隼人の声を聞いた陽子は、再び口元にカップを運ぼうとしていた手を止め、目だけを動かして彼を見やった。
「なぜ村で犠牲が出る前に群れを察知できなかったんですか。支部のレーダーなら、魔獣の発生前に瘴気を探知できたのでは?」
苦い顔をした隼人は、悔しさを露わにして陽子に尋ねた。すると彼女は眉をひそめ、カップを乱暴に置いた。
「それを聞くか」
「え……?」
「仕方ないだろ。あの近くのレーダーサイトは、故障していたんだから」
「故障……!?」
陽子の答えを聞いた隼人は、訝しげに彼女の言葉を繰り返した。
「先日の牛頭山猛との戦いを覚えているか? どうやらあのときの余波で被害を受けたらしい」
二週間前、強力な念信能力者である冬木美鶴の命を狙う牛頭山猛の襲撃に遭い、隼人は彼女を守るために彼を迎え撃った。
激闘の末、その身に宿した魔獣の力を解放した猛は、隼人に瘴気の奔流を放とうとし、同じく魔獣の力を解放した隼人は、瘴気の奔流をぶつけて対抗。その結果、橋が崩落するほどの大爆発を引き起こしたのだった。
「瘴気の奔流による爆発の衝撃波は、堤防に挟まれた隘路に沿って川面に逃げたが、完全に無力化できたわけではなかった。後で分かったことだが、六キロ先の民家の窓ガラスが割れた報告もあったぐらいだ。それだけ凄まじい威力があった、ということだな」
「六キロ……って」
想像以上の被害範囲を聞いて、隼人はショックを受けた。付近に人家がなかったからこそ、全力で応戦できたが、もし、猛が手段を選ばず人口密集地であの一撃を放っていたらどうなっていたか。おそらく未曾有の惨劇になったことだろう。
「空白地帯が生じないよう、監視エリアを補完し合う位置に設置してあったが、ちょうどそこをやられた。村の一帯が死角になってしまったわけだ」
「よりによって……」
自責の念に駆られた隼人は、眉根を寄せて歯噛みした。
「ああ、まったくだ。復旧する直前にピンポイントでそこを襲われたんだからな。悪いことは重なる、というが……本当によりによってだな」
「っ……!」
隼人は陽子の言葉に胸を抉られる思いがした。地面が傾くような眩暈がして、胃液が逆流しかけた。
「隼人。お主、あまり自分を責めるなよ。あのとき、お主以外に彼奴を止められる者はいなかったのだからな」
見る間に隼人の顔から血の気が引いていった。その変化に気付いた浅江は、彼を心配してそう声をかけた。
「……ああ」
大丈夫だ、というように隼人は微笑んでみせた。だがそれは浅江の不安をより煽るぎこちない笑みだった。
「支部長、尾仁崎村の付近に瘴気の源泉はなかったと記憶しています。あの瘴気はいったいどこから……」
話の流れを変えようとした浅江は、そんな質問を陽子に投げた。
「長峰と冬木が伏魔士と遭遇した廃工場。あそこには瘴気貯蔵プラントがあった」
「瘴気貯蔵プラント……まさか」
「ああ、そのまさかだ。対瘴気加工に使う非活性状態の瘴気が、たんまりとあったんだよ」
話の続きを先読みした浅江が瞠目すると、陽子は彼女の反応を楽しむようにふっと目を細めた。
「そんな馬鹿な……瘴気の気配は感じなかった」
隼人は信じられない、というように首を振った。
「非活性状態の瘴気は、冬眠に似た長期耐久状態だ。気付かなくても仕方ない」
「しかし……施設を放棄するなら、瘴気を保管容器ごと搬出するなり処分するなりそのままにはしないのでは?」
「流出事故があってな。手が出せずに放置されていたんだ。私がここの支部長になる前のことだ」
私ならそのままにしない、とでも言いたげな苛立ちの滲む口調で陽子は言った。
「放置され、残留した瘴気……それが今回の事件の原因だった、と?」
浅江の問いに陽子は首肯した。
「伏魔士には利用する手段があったのだろう。奴らには最適な根城だったわけだ」
「ふむ、活性化も非活性化も思いのまま……か。さすがは伏魔士」
難しい顔をした浅江は、小さく唸るような声を出した。
「疑似的な瘴気の源泉になった、というわけだ。私も盲点だったよ。害を為さなければ、そこにないのと同じだと考えていた私が浅はかだった」
そこで言葉を切った陽子は、深く息を吐き出して机の上に視線を落とした。
「つい先ほど分かったことだが、村の近くに洞窟が見つかった。どうやら地下で繋がっていたらしい。村の住民だけが知る山菜採りの穴場だったようだ」
近くに小さな作業場があったらしい、と補足した。
「……」
二人の話を聞きながら、隼人は伏魔士――権田誠太との会話を思い出していた。彼は魔獣の群れはじきに退散する、と言っていた。隼人には義理堅いあの男は嘘を言っていないように感じられた。それに彼らには尾仁崎村の住人を襲わせる理由がない。葬魔士も伏魔士もあの村との関りはないはずだ。
「隼人?」
「え、何だ? あっ……」
怪訝な顔をした浅江に見つめられ、隼人は我に返った。
「長峰、お前……人の話をだな」
どうやら陽子に話しかけられていたらしい。そのことに気付いた隼人は、慌てて頭を下げた。
「すみません、少し疲れが……」
咄嗟にそう誤魔化した隼人だったが、陽子は特に怪しむことなく、疲れた顔で溜め息を吐き出した。
「……まぁ、いい。とにかくお前たちはよくやってくれたよ。あそこで抑えられなかったら、もっと被害が出ていたはずだ。支部長としてお前たちに感謝する」
「いえ、そんな……」
いつもは傲岸不遜な態度の陽子がしおらしい口調で礼を言ったため、二人は思わず面食らってしまった。
「魔獣がいなければ、諜報部が動きやすくなる。今後は、よりスムーズに情報収集ができるはずだ。情報が揃い次第、また、お前たちを招集する。それまで休め」
※ ※ ※
「なんか最後、珍しく支部長が弱気だったな」
支部長室を出た隼人は、呟くような口調で浅江に尋ねた。
「支部長という役職だ。気苦労は絶えないだろう。ましてやこのアクシデント続きだ。無理もあるまい」
「……そうだな」
「私やお主が心配しても仕方なかろう。できることと言えば、魔獣をいち早く倒して負担を減らすくらいだ」
「そうだな」
納得して頷いた隼人を見て、浅江の表情が明るくなった。
「さて……隼人、夕飯はどうする。少し遅いが食堂に行くか? まだ開いているだろう」
浅江の提案を聞いた隼人は、困り顔で後頭部を掻いた。
「あー、そうしたいんだが……メディカルチェックがまだなんだ。ほら、怪我人が多かっただろ。俺、時間かかるから……」
「ふむ、後回しになったのか」
そんなところだ、と隼人はやや大げさに肩をすくめてみせた。
「分かった。では、またな」
「ああ、またな。虎西さんによろしく」
隼人に背を向けた浅江は、彼の言葉にひらひらと手を振って返した。
ご愛読ありがとうございます。作者の織部です。
いつも更新が遅くてすみません……。なんとか年内に間に合いました。
それにしても今年最後の投稿がこんな暗い話になってしまってすみません。重ねて謝罪いたします。
斬魔の剣士自体暗い話ばっかりなので、正直、誤差かもしれませんけど……。
と、まぁ、こんな感じで垢抜けない私ではありますが、来年もよろしくお願いいたします。




