やりすぎだ
「マスター、私たちは、ギルドを抜けさせてもらう」
そう言い放ったアリアさんの目は、いつも俺を庇ってくれる時の優しい厳しさを内包したものではなく、ただ1点ーー怒りのみが集約されていた。
「ア、アリアさん?どうしたんですか?」
こんなアリアさんは見たことがない。俺絡みで怒っているのはなんとなくわかるが、どこの部分なのかいまいち分かっていない。
「蓮、私はお前を馬鹿にする奴に対していちいちキレるわけじゃない。ある程度のいじりなんかは必要だって理解しているからだ。だけどね、今回はそれを超えてるよ。ーーマスター、あなたにはお世話になってる。こんな形で止めるのは忍びないとは思うよ。だが一つ勘違いしないで欲しい、私はあなたやその他数人個人的に縁があるだけで、このギルド自体にはなんの愛着も、思い出もない」
冷たく言い放ったアリアさんからは、まったくの嘘偽りを感じない。俺がギルドを大切な場所と言ったのとは真逆に、アリアさんはギルド自体はどうでもいいと言い放った。この言葉に同じくSランクのアマルさんは反論する。
「アリアさ〜ん、なんですかそれ?ただの暴れ狼でしかなかったあなたを受け入れてやったのはどこですか?ーーこのギルドでしょうが!!言わばここはあなたにとって恩人のような場所!そんな場所がどうでもいい?舐めるのも大概にしませんかアリアぁ?!」
先ほどまでの知的さや穏やかさは無くなってきている。それほどまでに露骨にイライラし始めていた。
「ふん、こんなただの箱に執着するなんて、そこが知れるねアマル。私が何故辞めようと思ったから教えてやろうか?それはねーー」
アリアさんは一瞬で首元まで接近し、アマルさんの首筋に爪を立てる。殺意丸出しのその手に、硬直し身動きが取れなくなっている。
「ひぃぃ!」
「・・・私はね、その子が悪いわけでもないのに全面的に加害者のように扱い、挙げ句の果てには排除しようとするような奴らがこんなにいるギルドにいたくないんだよ。お前ら考えたことがあるか?急に見知らぬ世界に飛ばされ、かと思えばいきなり未知の生物に殺されかけ、そして欲しくもない称号のせいで命を狙われる恐怖を。ついでにそのせいで大切な場所から追い出されるときた。ーーふざけんな。こんな時に守ってやるの一言も言えないようなSランクがいるようなギルドなんて・・・崩壊してしまえ」
アリアさんはアマルさんの首元を掴み、顔を自信に近づける。そして今までで1番の怒りを真正面の相手にぶつけた。話が終わるとそのまま放り投げ、アリアさんはこちらに戻ってきた。
背後では投げ飛ばされたアマルさんが仲間たちに支えられながら立ち上がる。
「・・・なんだその言い草は・・・僕が、僕らが間違ってるってのか?!正しいだろ!危険分子は排除するに決まってるだろ!巻き込まれたぁ?知るかんなもん!第一巻き込まれる方が悪いだろうが!!ーーあっ、」
「あ〜あ、言っちまった」
そんなバルク兄貴の呟きと同時に、アリアさんは歩みを止める。
「私は良い悪いの話をしていたつもりはない。貴様らの言い分はおそらく正しいのだろう、そして私がおかしいんだろうな。だけどーー」
アリアさんは右手に雷を発生させている。今までに聞いたことのないほど激しく鳴る雷。
「そんな正しさ私はいらない。目の前で子供が殺されそうになってるのに、それを黙って見てるだけの貴様らが正しいのならーー」
アリアさんは飛び上がり空中で雷を小さく纏める。そしてそれを振り下ろすように大きく構えた。
「それが正しいならーー私は悪でいいよ」
「アリアさん!!ったもう!行くしかねぇか!」
「堕雷」
高圧縮した雷がアマルさん向かい放たれる。アリアさんのことだ、手加減はしているだろう。だが、正直今のアリアさんはわからない。もしかしたら殺してしまうかもしれない。そんな事をすれば、後々絶対に後悔する。そんな事、絶対にさせない。
「ひいぃ!殺されーー」
「異類・・・無礙!!」
魔法は墜落し、周囲の床や机を吹き飛ばす。埃が舞い、ガラクタが先ほどまで彼らがいた場所を埋め尽くす。
「えっ・・・今の蓮?ーーッ!蓮!」
レヴィ達の近くに蓮がいない事を確認したアリアはすぐに着地し、ガラクタを慌ててどかす。
「蓮!蓮!(なんだ私は。あんな事言っておきながら私自身が見えてなかったじゃないか。怒りに任せて弟子を巻き込んで・・・私は馬鹿だ)ーー蓮!れーー」
「ーー聞こえてますよ、アリアさん」
ガラクタから声が聞こえたかと思えば、そこから雷が発生し、それらを吹き飛ばした。中からは傷がいくつか散見されるアマルと、それよりも傷を負っている蓮の姿。
「・・・蓮」
「ははっ、さすがアリアさん。吸収したのにこの威力。ーーッ!腕痛ぇ」
「・・・君、なんで僕を?僕は君にーー」
「別にあんたのためじゃねぇよ。あんた程度を殺して、アリアさんが後々傷つくのが嫌なだけだ」
「・・・それだけの・・・ために・・・?(僕は、この子に助けられて、なのに僕は追い出して、挙句どこかで死ねばいいなんて・・・僕はーー)」
ーー頭を抱えるアマルさん。傷を押さえる俺に走り近づいてくるアリアさん。俺の前で立ち止まると、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「・・・ごめん蓮。私が暴走したせいで、お前にまで怪我を・・・だけどありがとう、手加減するのを忘れていた。あのままでは多分殺してしまってた」
良かった。それだけで飛び出したのとちょっと怪我した甲斐があったってもんだ。
「ーー口を挟むようで悪いんだがよぉ」
バルク兄貴がアマルさん達に向かい少し挑発気味に話しかける。
「さっきあんたら、巻き込まれて方が悪いって言ってたろ?だったらさ、俺含めあんたらも悪いんじゃねぇの?」
バルク兄貴のこの言葉に、群衆の1人が反論する。
「は?んなわけねぇだろ!そいつは俺らを危険に晒す悪で、俺たちはそれに巻き込まれた被害者だ!何が悪いって?」
「いやだから、俺ら全員脳無しを襲うモンスター騒動に巻き込まれてるわけじゃん。で、さっきの論法でいくとさ、巻き込まれてる俺らが悪いわけよ、わかる?」
「・・・あっ、」
嘲笑気味に笑うバルク兄貴。完全に言い負かされ、何も言えなくなった彼らは、ぶつぶつと仲間内で愚痴を零すくらいしかできなくなった。
「もしこの発言がなきゃ、あんたらの話にはまだ一貫性があって良かったんだがな、これ言っちまったことで完全におかしくなった。今のあんたらは、気に入らねぇ奴は追い出して、僕らはゆったり高みの見物ってこった。んなめちゃくちゃな連中の発言、はいそうですか、ってなるわけねぇだろ?それに全員、マスターの指示無しじゃ子供を助けるって選択すらとれねぇような腰抜けときた。まったく、素晴らしく正しい集団ですなぁーーアマルさんよ」
え、えげつない。一体何回クリーンヒットが出たのだろうか?操作することすら放棄したプレイヤーをじっくり時間をかけて倒す嫌なプレイヤーみたいだ。やめて、彼らのライフはゼロよ!
「バ、バルク兄貴・・・その辺でーー」
「ん?そうか?正直まだ足りねぇが・・・まぁいいか。弱いものいじめしてるみてぇで気が引けてきたからな。んで、どうすんだ蓮?」
「どうするとは?」
「ギルドだよギルド!辞めんのか?もしそうなら俺も辞めるぜ、正直こんな奴らと一緒に居たくねぇってのはアリアさんと同意見だ。ぶっちゃけ俺は兄弟や親しい奴と関わりを持てるならあとはどうでもいい。ギルドなんてどこだっていいし、何だったら俺らでギルド作るか?それも楽しそうだ」
正直最後の意見はすごくワクワクする。一からなにかを作るってのは無条件に興奮するものだ。創設者って響きもずるい。みんなを見渡すと、「なるほど」といった反応や、「いいじゃないか!」といったポジティブなものが多い。だが、これはそうそう実現しないだろう。何かを始めるってのはそんな簡単なことじゃない。それに、この人たちが嫌だからって辞めたところで新しく始めたところにこういう人は必ず来る。その時に毎度断るわけにもいかない。結局面倒な人付き合いは避けられないのだ。
ーーと、ここでマスターが剣の鞘を地面で叩きつけ、注目を集める。
「ーー先延ばしにされた蓮君の処遇じゃが、ひとまず保留とする」
「保留・・・ですか?」
「君が辞めようと思った1番の原因はアマルじゃろ?その心配については無くなったように思えるが?」
「えっ?そうなんですか?」
「ーーッ!・・・・・・」
「無言は肯定と捉えるぞい。ーーというわけじゃ。勿論彼らには今後罰を与える。その間彼らを見てやってはくれんか?それでこいつらとはやっていけないと思うのであれば辞めるもよし。アリアもそれで構わんか?」
「・・・期間は?」
「約2週間程度かのぉ。これでダメだった場合、わしを殴ってもらって構わんよ」
自信ありげなマスター。その自信はどこから溢れるのだろうか?アリアさんはとても不満げな顔をするが、マスターの頼み、しかも2週間という制限付きであればとそれを飲んだ。最後に小さく「どうせ無理だと思うが」と言ったのを俺は聞き逃さない。
「ーーほい!という訳でこの話は保留!ギルドの補修は反乱組がやっておけぃ!一つ目の罰じゃ」
こうしてマスターが去って行った後、俺のもとにアマルさんがやってきた。何やら追い込んでいるようすだ。
「・・・あ、あの・・・指宿君・・・」
「はい、なん・・・でしょうか?」
「あの・・・さっきはーー」
「ーー脳無しの小僧、話がある」
そう言って現れたのは手のみ拘束されたモンスターの蛇姫だ。
「蛇・・・姫・・・!悪い後でいいか?先この人にーー」
「あっ、別に、今じゃなくていいよ。急ぎのようではないから」
「そう・・・ですか?だったらまぁ・・・すいません」
そう言って俺は、俺と話があるとか言う蛇姫と外へと向かった。
「・・・はぁ。謝罪、出来なかった。しょうがない、後でちゃんと謝ろう」
ーーこの時、あるものが這い寄っているのに誰一人として気付いていなかった。




