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無くして拾って引き摺って②

 事情聴取が終わった後、少年を発見した夫妻は病院へと向かった。両親は未だ事情聴取中であり、実の妹ということから、この夫妻が少年の容態を聞くことになった。


「あの・・・あの子、大丈夫ですか?」


「命に別状はありません。氷嚢を当ててくださっていたのだのが大変助かりました。あれがなければ危うかったかもしれません」


 夫妻は顔を見合わせ安堵の息をついた。彼らの行動が少年の命を繋いだのだ。


「あの・・・あの子の怪我・・・あれってもしかして」


 この夫妻の妻である秋穂(あきほ)は、氷嚢を当てる時に少年の体の所々にあざが出来ているのを見た。それも1・2ヶ所ではない。ざっと見ただけで10ヶ所ほど見受けられた。


 医師は言いづらそうに、秋穂たちの想像を超えた答えを放つ。


「おそらくご想像の通りです。あの子は・・・虐待を受けていた可能性が高いですね。あの様子から察するに日常的に暴行を受けていた可能性が高いです。栄養も全く足りていませんでした。日頃かまともにご飯を食べさせてもらってなかったのでしょう」


「・・・嘘・・・姉さん、なんでそんなこと・・・」


「・・・警察から連絡ってまだ来てないですか?俺たちも少し話がしたいんですが」


「ええ、警察の方も事情聴取が済んだら一度ご両親をこちらに連れてくるとのことでしたので」


「そう・・・ですか。ではまたその時に」


 2人は部屋を出て備えられている椅子に座った。秋穂は俯き、夫の託何(たくが)は大きくため息を吐きながら天井を見上げた。


「・・・秋穂、今俺たちが出来ることは全部やった。秋穂が落ち込む必要はゼロだ。そんな気負いするなよ。今度はお前がおかしくなっちまう」


「うん・・・ごめん。分かってる、分かってるんだけどさ、もし定期的に姉さんを訪ねていたら、こうはなってなかったんじゃないかって・・・もっと早く助けてあげられたんじゃないかって思ったら・・・私・・・」


 涙を浮かべる秋穂の肩を引き寄せ、託何は優しく呟く。


「大丈夫、大丈夫だから・・・秋穂は何も悪くない。そんなこと言う奴がいたら、俺がぶん殴ってやるよ」


「託何さん・・・ありがとう。ちょっとだけ・・・胸貸して」


「ああ。好きなだけ使え・・・」


 秋穂は託何の胸で肩を震わせる。そんな妻の頭を、落ち着かせるように優しく撫で続けた。こんなに落ち着いているように見える託何だが、内心は妻と同じく自責の念に駆られている。やはり考えてしまうのだ、あの時ああすればよかった--と。それが無意味なことだと知っているのに。


 しばらくして警察が少年の両親である斎藤家の2人を引き連れてきた。2人とも目が据わっており、体が震えている。おそらく何かしらの罪に問われると理解しておるのだろう。もしくは聴取の際に言われたのかもしれない。


 病院の先生も交え話を聞くことになった。まず警察が医師に少年について尋ねた。


「搬送された少年は?」


「今はベッドで眠っています。倒れた原因は熱中症、そして風邪ですね。この暑いなか密閉された空間で、しかも風邪の子供が1人でいるなんて、考えたくもありませんよ」


 その場にいた全員が斎藤夫婦に視線を向ける。そんな視線に耐えかね、旦那の方が前に出た。


「んだよ俺らがそんなに責められることか?自分のガキちょっとほっといただけだろうが!他人が口出してきてんじゃねぇよ!!」


 直後、男は胸ぐらを掴まれ壁に叩きつけられる。掴みかかったのは今まで大人しくしていた託何だった。


「おいコラテメェ・・・子供は自分が組み立てたおもちゃかなんかと勘違いしてんのか?っざけんな・・・子供が欲しくてもできない家族だってあんだよ!なのに・・・なんでお前らみたいのに・・・ちゃんと育てる気ねぇなら、子供なんて作んじゃねぇよ!!」


 胸ぐらとは逆の手で殴り掛かろうとしたところを警察に止められてしまう。そこからしばらく託何は警察に抑えられながら暴れ、怒鳴っていた。そこから男は何も言えなくなり黙り込んだ。


 すると、看護師が大慌てでこちらにやってきた。


「先生っ!患者さん目を覚ましました!」


「本当かっ!--皆さん、一旦そちらに向かいましょう。いいですね?」


 全員頷き、少年がいる部屋に足を運んだ。ドアを開けると、ベッドの上で上半身を起こした子供の姿、倒れた時に打ったらしい頭には包帯が巻いてあった。


「やぁ蓮君。気分はどうだい?」


 医師の言葉にぼーっと見つめるのみの少年。まるで何を言っているのか分からないと言いたげの表情だ。


「えっと・・・蓮君?」


「・・・あの・・・」


「ん?どうした?」


 医師が身を乗り出し話を聞く。すると、衝撃の言葉が飛び出した。


「あの・・・れんって・・・ぼく?」


「・・・これは・・・!」


 そう、少年は頭を打った衝撃により、記憶がなくなっていた。その為、蓮と呼ばれた自分に違和感が生まれ、あのような表情になっていたのだ。


「皆さん、一度外に出ましょう。--蓮君、ちょっと待っててね」


 医師が踵を翻し扉に手をかけた時、少年はふと呟いた。


「--ぼくのパパとママは?」


 前のめりになり両親を探す少年の姿に、秋穂は思わず涙を零してしまう。その姉である実の母は、この光景を見てようやく自分が間違っていたのだと理解し顔を歪ませた。


 部屋を出た面々。まずは医師が見解を述べる。


「結論から言えば、蓮君は記憶障害を患ってしまったようです。おそらく日頃の虐待で既に脳にはダメージがあったのでしょう。そして今回強く頭を打ったのが決め手となったのだと思われます」


 その事実に、全員が何も喋れなくなった。実母は、その場にへたり込んでしまった。


 すると、秋穂は姉に近づき、涙ながらに言葉を並べる。


「ねぇ姉さん、なんでこうなるまで気づけなかったの?なんで・・・最初からあの顔を見てあげなかったの?」


「秋穂・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・ごめん--」


「なんで私に謝るの!・・・私が許したらいいの?私が許したら許されるの?私が許したら無かったことにできるの?私が許したら・・・幸せになれるの?・・・なれないでしょ?私に謝らないで・・・そうやって別の人に謝って、許された気にならないで!!」


 秋穂は涙を拭い、警察の方に向き直った。


「姉さんたちは親権剥奪ですよね?」


「えっ、ええ・・・おそらくそういった運びになるかと」


「そうですか・・・」


 秋穂は天井を向き深呼吸をする。そしてその状態で少しの間が空いたあと、旦那である託何のほうに向き直った。


「・・・いいかな?託何さん・・・?」


「ああ。秋穂が言わなきゃ俺が言ってたよ」


 当然のような顔で返す託何。そこには一切の曇りがない。今から妻が放つであろう言葉全てを受け入れる覚悟をしている。一緒に背負う覚悟をしている。


「・・・そっか、ありがとね、託何さん。--あの子は、蓮君は・・・私達が育てます」


 目頭はなお赤い。しかし涙は拭った。これで泣かないと誓った。今から親になるのに、泣き顔なんて見せたくないと、必死に涙を堪えている。


「姉さん、蓮君は・・・指宿蓮として育てます。了解・・・してくれますよね?」


 敢えて冷たく突きつける、拒否権など与えるかと言う真っ直ぐな目と言葉。その目を見た姉は、へたり込んだ体を立ち上がらせ、深々と頭を下げた。


「秋穂・・・託何さん・・・こんなこと言えた義理じゃないけれど・・・蓮を・・・よろしくお願いします」


 旦那もそれに追随し頭を下げた。秋穂と託何は2人の前に立ち--


「分かったよ、姉さん。しっかり育てるから・・・今までの分も含めてね」


「しっかり後悔しながら生きろ。それがお前らの1番の罰だ。いいな」


 死にそうな目をしながら頷いた。そして、自ら警察に手を差し出し、「全部話します」そう言って2人は去っていった。


「・・・先生、あの子に・・・息子に会ってきていいですか?」


「ええ、今はまず寄り添ってあげてください。全てが不安でしょうから」


 秋穂は扉に手をかけ、呼吸を整える。そんな妻の背中を託何は優しく撫で、落ち着かせた。


「・・・ふぅ。--よし!」


 扉を開け、蓮を正面に捉える。そして--


「--蓮、パパと・・・ママだよ!」


「パパ・・・ママ・・・?」


「そうだよ、パパとママだよ!(最初は受け入れならないだろう。だけど、ゆっくりでもいいから頑張ろう。ゆっくり、家族になろう)」


 微笑みながらゆっくりと近づく秋穂。伸ばした手が髪に触れ、頭を撫でる。託何も同様にゆっくりと距離を詰める。すると--


「--おはようーっ!パパ!ママ!」


「・・・・・・ははっ、ダメだなぁ私・・・。泣かないって決めたのになぁ・・・あっ、だめだ・・・止まってくれないや・・・!」


「奇遇だな妻よ・・・俺も今同じ・・・だぁ・・・くっそ!年は取りなしたくねぇなぁ!」


 思わず泣き出してしまった2人を、蓮は不思議そうに見つめる。


「どうしたの?嫌なことあった?」


「ううん、違うよ・・・嬉しいんだよ蓮が元気になってくれて!」


「子供の心配する前に心配されてちゃ、世話ねぇな俺たち・・・!」


 涙を拭い、満面の笑顔で秋穂は蓮に言葉を投げる。その言葉は、記憶をなくす前一番言って欲しかった言葉。望んでいるのに口にできなかった言葉。いつしか望むことすらしなくなったその言葉。勿論その時の記憶はない。だが、心の奥底で、その言葉を待ち望んでいた。


「--蓮、愛してるよ!」


 この言葉を受け、蓮の頬に雨が伝う。大雨だ。そして2人の目にも再び大雨が降り注いだ。--この雨は、しばらく止みそうにない。


 --数週間後、蓮の退院の日。


「ようやく退院出来るね!お疲れ様〜!!頑張ったね!」


「頑張った蓮のためになんでも一つパパが買ってやるぞ!何がいい?」


「う〜ん・・・消防車!!」


「よ〜し!んじゃあ今からおもちゃ屋行くか!」


「よかったね蓮!パパが2000万くらいかけて消防車買ってくれるって!」


「消防車って生の方?!ごめんな蓮、パパそこまで金がねぇ」


「いいよ!小ちゃいのでもうれしい!」


「・・・秋穂、借金するぞ」


「マジな顔!--ふふっ!じゃあ行こっか、蓮!」


「--うん!」


 3人は手を繋ぎ歩いていく。その姿は義理などではない、本当の家族そのだった。












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