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無くして拾って引き摺って①

 「あの・・・この景色記憶ないんですけど・・・」


 ティルザさんの魔法により、俺自身の過去が映し出された。しかし、そこに映った景色は既視感はあっても懐かしさがない。その既視感も、日本の家や建物が立っているから、というだけであり、こんな店あったなぁ〜などと言った既視感ではない。


「そんなはずは・・・」


 ティルザさんはもう一度俺の後頭部に手を触れる。すると、何やら困惑したような表情を浮かべ始めた。


「これは・・・記憶には鍵が掛かっている・・・?特に強い鍵ではないが・・・なんだこれは?例えるなら洗脳魔法のような・・・」


 一度映像を中断させたティルザさんは俺のほうを向き、今一度問いかけ直す。


「少年、もしかするとこの鍵を開けることで君はひどく傷つくかもしれない。トラウマをこじ開けることになる。・・・それでも、知りたいかい?」


 俺は少し考える。これを見ることで引き返せなくなるかもしれない。だが、俺はそれでも大丈夫だと思える。それは、みんながいるから。この人達がいれば・・・俺は耐えられる。


「--はい。お願いします」


「・・・分かった。少し強めに魔法を使う。もしかしたら記憶を出す時少し痛むかもしれんが、我慢してくれ」


 再びティルザさんの手が光り、俺の後頭部に添えられる。そして、以前よりも強めの力で押し出された。


「--ッ!・・・出た・・・」


 言われた通り少し痛みはあったが、無事に光の玉が出てきた。その光は先ほど同様広がり始め、過去の景色をまだ少し朧げに映し出す。


「これ以上見たくないと思ったらすぐに言いなさい。無理はだめよ」


「はい。・・・ふぅ・・・よし!」


 深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。先ほど大丈夫とは言ったが、それでも少し怖くはある。その時、誰かの手が俺の頭を優しく撫でた。


「--見たくなかったら私が目を塞ぐ。聞きたくなかったら私が耳を塞ぐ。だから・・・大丈夫だよ」


 姉弟子が優しすぎて泣きそうだ。俺はその手にそっと触れ、口角を上げ答える。


「ありがとう。その時は・・・お願いします!」


「うん。任せて!」


 光は過去を鮮明に写し始めた。


 大丈夫。もう・・・大丈夫だ。


 --過去は13年前を映し出す--

 ----------------------

 とある街の一軒家。周囲の家と比べて特に差があるというわけでもない普通の家だ。そんな家の中は薄暗く、閑散としている。カーテンなどは締め切っており、外が明るいのか暗いのかも分からない。そんな寂しげな空間に、小汚く、そして数カ所痣のある少年が、天井を見上げて座っていた。


 --斎藤蓮、4歳。両親は仕事や飲みなどで家にいない。幼稚園や保育園には通っていない。今こうして天井を見上げているのはやることがないからだ。


 少年の親は所謂DVをしてくる人間だった。この家の教育方針は、自分のことは自分でやれ。早く自立して親に迷惑をかけるな。産んでもらったことに対する還元をしろ、というもの。その教育方針に従い、齢4歳にして出来る限りの家事は自分でやっていた。


 彼の1日はまず掃除から始まる。流石に大人サイズの掃除機は扱えないとのことで、小さな掃除機を購入し、それで掃除をさせている。それが終われば洗濯だ。これもこの少年に合わせてある。真正面から入れるタイプの洗濯機で、乾燥もしてくれるらしい。乾ききればそれを取り出し丁寧に畳む。すでに大人並みの綺麗さだ。そうでなければ殴られるから。


 こうして朝は終わる。そして昼は家の冷蔵庫に大量にしまってある携帯食を口にし昼食終了。ここからはやることがないのでとりあえず座る。そして日課である天井のシミ数えを開始する。これが1日のルーティンである。


 泣き言を言ったこともある。他のものが食べたいと。するとわがままだと怒られた。家事がうまく出来ずかちゃかちゃになってしまった時があった。すると「なんでそんなことも出来ないの!」と怒られた。4歳は十分学べる生き物だ。歯向かったら殴られる、出来ないと殴られる。だったら歯向かわないし怒られないように頑張って覚える。


 夜は耳元にラジオカセットを置き就寝する。因みにそのカセットには音声が録音されており、中身は女性の声で延々と教育方針を訴え続けるものだった。


 --あんたは私たちを楽させるために生きなさい。--自分のことより相手を優先しなさい。--泣き言を言うな。こんな言葉を毎夜毎夜耳元で囁かれ続けた彼は、いつしかそれが当たり前の考えだと思うようになる。


 こうして出来上がったのが、他人のためにしか動けない、自分1人では何をすればいいのか分からなくなるような人形のような人間だ。


 --今日も少年は目を覚まし、掃除機を取りに廊下を歩く。


「・・・あつい・・・」


 少年は少しふらつきながら廊下を歩く。--あつい。そう言った少年だが、普段カーテンは閉め切っているため今が何月かを理解していない。今は8月初め。気温は38度。エアコンも扇風機も付いていない、窓も開いていないこと部屋で、ふらつきながら掃除機をかける。




 家の外で車が一台止まる。中からは20代後半くらいの女性と同年代くらいの男性が1人ずつ。おっとりしたような雰囲気の女性は、茶色く長い髪をサイドダウンで整えている。一方男性はメガネを掛け、髪をかきあげ、顎にだけ髭を生やしている。何やら面倒くさそうな目だ。


「姉さん、今家にいるかしら?」


「いんじゃねぇの?土曜の朝だ、仕事もないだろ多分。・・・にしても暑っちぃなこりゃ!車のエアコンが恋しいぜ」


「ほんとっ。こんなの冷房つけないと死んじゃうわね」


「だな。まぁこの暑さで冷房つけねぇ馬鹿はいないだろうが・・・にしても、姉の様子を見てこいって、お義母さんも人使い荒いよなぁ。ってかあの夫婦全然顔見せねぇし」


「・・・まぁ今は仕方ないと思うわよ。()()()()()()()まだ一年なんだし」


「ああ、分かってる。・・・それに、愛する妻の姉とその旦那だ!ガンガン心配してやんよ」


「ふふっ、ありがとう!--あらっ?掃除機の音・・・やっぱり姉さんいるみたいね」


 インターホンを鳴らす女性、しかし一向に出る気配がない。


「掃除機の音で聞こえてないのかしら」


 その後何回か鳴らしてみるが、返ってくることはなかった。


「・・・どうしたのかしら?」


「どうした秋穂(あきほ)?確かにこんだけ鳴らしゃ気づきそうだが、たまたま気付いてないだけだろ」


「変わらないのよねぇ・・・」


「変わらない?なにが?」


「音。掃除機の。普通何回か掃除機を持ち上げたり、なにかしらにぶつかってガンって音がしてもおかしくないのに・・・ず〜〜っとおんなじ音なのよ。まるで動いてないみたい--」


「--秋穂、ガラス・・・あとで弁償でいいよな?」


「えっ?・・・あっ!託何(たくが)さん!玄関は割りにくいわ!窓ガラス!!」


 2人は気づいた。ずっと掃除機の音が変わらず、インターホンを何度鳴らしても返答がなく、そしてこの暑さ。男性は胸元からライターを取り出し、火を窓ガラスに当てる。


「そんなので割れるの?何かで割った方が早いんじゃ・・・」


「安心しろ、焼き破りっつう泥棒なんかがよく使う侵入の方法だ。10秒ほどでヒビ入っから安心しろ!・・・にしても掃除中に窓開けねぇとかどうなってんだ?」


 程なくしガラスにヒビが入った。男性は持っていた携帯でそのガラスを砕いていく。そうして空いた穴から手を伸ばし鍵を開けた。


「よし開いた!もし普通に生活してたら・・・そん時ゃ土下座だ!」


 窓を開け中に入る。入った瞬間男性は驚愕する。それはそうだろう、すべてのカーテンは閉まり切っており、遮光カーテンをしていたせいで明かりが全く入っていない。朝っぱらだと言うのに薄暗かった。


「んだよこれ・・・なんでこの状況で掃除機なってんだ?」


「・・・姉さん?」


 2人は誰かいないか見回りながら音のする方へと足を運ぶ。そしてついにその音の出どころについた時、2人は思わず呆然と立ち尽くした。


「--えっ?・・・子供・・・?」


「・・・・・・秋穂その子見ててくれ」


「えっ、あっ・・・託何さんは?」


「家ん中誰かいねぇか探しながら救急車呼んでおく。頼むぞ」


 そして男性は電話をしながら家の中の捜索を始めた。そして女性はとにかく掃除機を切り子供の肌を触る。


「--嘘っ!何この熱!何か・・・冷まさないと」


 冷蔵庫から保冷剤をいくつか見つけ、服を緩めた少年の首や脇などを冷やした。本来涼しい場所に移動させなければならないが、家全体が暑かったので、下手に移動させないことにした。


「(なんでこんなところに子供が・・・姉さん他に子供なんていたの?いやそんなことよりこんな子供に1人で掃除なんてさせてあの人達はどこ行ってるの?)」


 しばらくして男性が戻ってきた。


「救急車はあと5分ほどで来れるそうだ。にしても・・・くそっ!誰もいねぇ!んな子供ほったらかしてどこ行ってやがんだ・・・!」


 焦りや不安から少年の近くで座り込む女性、焦りや苛立ちで髪を掻き乱す。


 --するとその2分後、突然玄関の鍵が開いた音がした。そして苛立ちを孕んだような男性と女性の声が聞こえる。


「--チッ!なんだあの車邪魔クセェな!!」


「人の迷惑ってのを考えれないんだよああいうのやる奴って。蓮ーっ!あなたちゃんと掃除したんでしょうねー!!」


 中へ入っていく2人。取り込まれていない洗濯物を見て苛立ちをさらに募らせる。


「ちょっと蓮!洗濯物とりこんでないじゃ--えっ?・・・秋穂・・・?・・・なんでここに」


「あっ?誰かいたのか--って義理の・・・なんで家にいんだよ・・・!」


 少年を介抱し救急車を呼んだ夫婦と対面した。すると、今まで座り込んでいた女性は姉に近づき--


 --薄暗く静かな部屋に、甲高い音が響いた。そしてそのまま襟首を掴みかかる。


「姉さん・・・あの子誰?・・・さっき蓮って言ってたよね?・・・蓮君は死んだって・・・姉さん言ってたよね?・・・最初は動転してまえなかったけど・・・何あの痣、ねぇ説明してよ姉さん・・・説明しなさい!!!」


 家に入るまでのおっとりとした様子はそこにはなく、激しく説明を求める。そんな女性を少年の父親が止めようとする。


「おい!人の嫁に何して--」


 伸ばされたその手を掴み静止する男性。掴んだ手はとても力強く、そしてその眼光は苛立ちに満ちている。


「・・・俺だって殴りたいの我慢して必死に立ってんだよ・・・お前も動くんじゃねぇ・・・!秋穂、お前も離せ。今掴みかかっても碌に話しゃしねぇよ」


 女性は怒りで震え納得できない様子だったが、深く息を吐きその手を離した。


「・・・ごめんなさい託何さん」


「おぅ。・・・気持ちは分かるよ」


 その後救急車と警察が到着し、少年は病院に、2組の夫婦はそれぞれ警察に事情を聞かれることとなる。










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