過去と向き合う
--ッ!頭・・・いてぇ・・・俺・・・一体・・・?
目を覚ますと、目の前には見慣れぬ天井。決して寝心地がいいとは言えないベッドに横たわっていた俺は、体を起こし辺りを見渡す。
「まじでどこだここ?夢の中・・・じゃないよな?--そういえば!」
俺はおそらくこうなった原因であろう手首を見る。すると、180度曲がっていた手首はしっかり固定されており、軽く動かしたが痛みもない。・・・やっぱり夢か?
「--やぁ、ようやく起きたか手首粉砕少年」
後方から声をかけられる。ドアを開け入ってきたのは、灰色掛かった長い髪を拵えた女性。眼鏡をかけ白衣のようなものを着ている。少なくとも見た目年齢はアリアさんくらいに思えた。
「えっと・・・あなたは?」
「私かい?私は、ここで医者をやっている--ティルザ・ドリスだ。ティルザと読んでくれたまえ」
この人が、ティルザさん・・・もっと歳いってるのかと思ってた。
「手首、どうだい?ちゃんと治ってるはずだが」
「えっ?これってティルザさんが治してくれたんですか?・・・カミラからは過去を見ることができるって聞いてたので、そういう魔法かと思ってたんですが」
「別に、カミラの説明は間違ってはいないよ。私の魔法は時間遡行魔法、名を逆行。その手首は壊れる前に戻しただけさ」
だけって・・・めちゃくちゃチート魔法だなそれ。時間を戻して怪我を治せるんなら、どんな怪我でも治せるってことだ。多分死んでたら無理とかの制約はあるんだろうけど。
「まぁ積もる話はあとだ。向こうでみんな待ってるよ。立てるかい?」
「はい。多少頭痛いですけどこれくらいならすぐ治ります」
こうして俺はベッドから起き上がり、ティルザさんと共にみんなの元へ向かった。
「--蓮!良かった、目を覚したのか」
「あなたほんと無茶ばっかり!心配させないでよ・・・」
「--蓮くん!手首--良かった・・・治してもらったんだね」
「君はどうして成果を上げると最後気絶するんだい?最早一連の流れになってきていないか?」
・・・うるさいなぁ。一番気にしてること言わんでくれ。
「え・・・えっと、ご心配おかけしました。この通りティルザさんに治して貰ったのでもう大丈夫です!・・・あれっ?そういえばアリアさんの兄と蛇姫は?」
辺りを見渡したがその2人だけは見当たらない。気配も感じない。
「ルドラには現状報告のため、先にギルドに戻って貰ってる。それと蛇姫だが・・・ルドラに連れて行かせた」
「えっ?!それじゃあ俺が庇った意味あんまりないんじゃ・・・」
「安心しろ。手を出すなとルドラにもいってあるし、ギルド全体にもそう伝えるよういってある。ギルドもギルドで情報を聞き出したいだろうしな、殺すことはないと思うよ」
「・・・そ、そうですか。--で、これからどうするんですか?俺はもう大丈夫ですけど」
すると、ティルザさんが俺の前に来て話し始めた。
「カミラからは少し聞いたが、もともとうちに来る予定だったんだろ?過去を知るために」
「はい、自分を蔑ろにしてしまったことでみんなに迷惑かけたから・・・その理由が過去にあると思って」
「そう・・・悪いが、この子少し借りるよ。良いわよね?」
みんなの方を向きながらそう言ったティルザさんは、俺の肩を軽く叩き、別室のドアを指差す。
「ああ、構わないよ。・・・蓮を頼むよ、テリス」
「・・・その名で呼ぶな、アリア・・・少年、付いておいで」
ティルザさんに案内された部屋は、質素な木造の部屋だ。ほとんど何もなく、あるのは木造の円卓と椅子だけ。
「えっと・・・ここで何を?」
「まずは座ろうか。ほら、そこ座って」
指差された椅子に座り、ティルザさんは机を挟んで真正面に座った。まるで学校の面談のようだ。
「--まず、私はさっきも言ったように医者をやっている。その中でも特に精神に関するものを中心にな。毎日・・・とは言わないが結構な頻度で相談に来られるよ。そしてこれはあくまでも自分ルールというやつなんだが、私はどれだけ保護者など身近な第三者がこの子の過去を見てくださいと言ってきても、本人が望まなければ絶対に見ないことにしている」
どうしたんだいきなりそんな話--
「まぁ本人が意思疎通ができないレベルなら話は別だが、世の中には過去に向き合いたいたくない人も沢山いる。そんな人の過去を第三者が善意とは言え無理やりこじ開けるのは違うと思うんだ。だから私は君に問う--過去にちゃんと向き合う気はあるかい?」
そう言ったティルザさんの声は、穏やかで優しいものだった。なんというか、すごい落ち着く。だからこそ、俺はスラスラと自分の意見をいうことが出来た。
「はい。俺は自分の過去を知りたいんです。みんなの為ってのも結構あるけど、それ以上に俺が知りたいんです。10年以上苛まれ続けたけど・・・俺は過去をしっかり見て、今に全力で向き合いたい」
ティルザさんは俺の答えに少し意外そうな顔を示し、そしてクスリと微笑んだ。
「・・・すまない、少年はもう少しなよなよした人間かと思っていたんだが、しっかりしてるじゃないか。--よし、では過去を見ることは決まったが、要望はあるかい?」
「要望?過去を見るのに要望とか言えるんですか?」
「まずは何年前の、どこを見るのか。そして次に誰かと一緒に見るのか否か」
「誰かと・・・見るか?」
「アリアやカミラ達に隠していることはないか?私自身、隠し事を大っぴらにすることが必ずしも良いとは思っていないからね。隠したいならそれでよし、その時は医者の権限で過去を見ることの立ち合いを拒否する。その時は安心しなさい!うちは皆平等に立ち合い禁止にしてるって説明するから」
「ティルザさん・・・まじ優しいですね」
「だろっ?」
微笑みながら言われたその冗談は、なんだか可愛らしくて見えた。
それにしても隠し事か・・・あるとすればやっぱり異世界から来たってことか。完全にいうタイミングを逃してここまで来てしまっている。まぁ口頭で言ってどこまで信じてもらえるかは分からないが。
そもそもSFなんかが映画やマンガなどで当たり前に触れてきた俺は異世界と言われてすぐにピンとくるが、この世界の人はどうなのだろうか?この世界とは別の世界からやってきたと言って、果たして信じてもらえるだろうか?--いや、こんな風に考えるだけ無駄だ。1発で信じてもらえる方法があるじゃないか!
「立ち合い・・・逆にお願いします。俺みんなのこと信頼してるし、信頼して欲しい。俺のこと、みんなにもっと知って欲しいんだ」
「・・・そっか、分かった。じゃあ見る過去はどうする?自分の病が発症した時期に心当たりはないか?その他例えばこういう変なことがあったとかでも良い」
変なこと・・・まぁ10年以上続いたあの女性の声は絶対原因だよな。それについてはさっきちょろっと言ったし。他は・・・
「夢で出たパンイチのおっさん・・・とか?」
「・・・・・・ん?パンイチ?それは・・・知り合いか何かかい?」
「いや、既視感はありますけど覚えのないおっさんです」
ティルザさんが頭を抱える。眉間にシワを寄せ、チラチラとこちらを何度も見る。何か言いづらそうに見えた。
「あの・・・どうかしました?」
「・・・夢で出てくる知らない同性というのはな・・・自分で気づいていない自分自身の一面と言われているんだ・・・で!いつの過去を見たい?!」
誤魔化された。いや正確には誤魔化しきれていないんだが。というかちょっと待って、パンイチのおっさんが俺の一面って何?ああなりたいみたいなことか?なりたくねぇよ!!憧れねぇよ!!
「ん〜〜、まぁあれはいっか。えっと、だいたい13年前くらいからあの言葉を囁かれてたから、それぐらいですかね」
「13年前か・・・随分と古いんだな。分かったよ。どうする?早速見るかい?それとも時間空ける?」
別に疲れてもいない、休憩を挟んだところで特に何かあるというわけでもないだろう。
「見ます。今見たいです」
「よし分かった。じゃあ早速戻ろうか。みんな待ってる」
こうして俺たちは部屋を出て、アリアさん達の元へ戻った。まぁ戻ったと言っても扉一枚隔ててあっただけなんだが。
「アリア、カミラ、あとそこ2人・・・えっと・・・」
「あっ、レヴィです!レヴィ・ドルシアです!」
「ドルシア?・・・もしかしてマスターの親族?」
「はい、元ギルドマスターは私の祖父です」
「ひゃぁ〜あの人の孫かぁ。・・・似てないね。--あっ、ごめんもう1人いたね」
「・・・ディアスです。姓は・・・家を追い出されたのでありません」
「・・・ごめん。--え・・・えっと、レヴィにディアスね。覚えたよ。で、4人とも少年と一緒に過去を見てくれるかい?」
その言葉に、レヴィは心配の目を向ける。
「大丈夫・・・なの?これ以上苦しまないようにはなって欲しいけど、私たちに全部共有しようとか無理に思わなくて良いんだよ?」
「安心して、これは俺の選択だから!」
レヴィは安心したような顔を浮かべ、頷いた。
「そっか!じゃあわかった。一緒に見るよ」
他のみんなもそれに追随し頷いてくれた。
「よし、それでは早速始めよう。見る過去は13年前。もし違うと思ったらすぐに言ってくれ、その都度時間を変える」
「はい!お願いします」
「では--」
ティルザさんは俺の後頭部に手を当て、少し強く押し込む。その手が白く光輝き、技を発動した。
「光よ。この者の過去を映せ--脳遡行映」
俺の前頭葉から光の玉が飛び出し、前方にふわふわと飛んだ。小さかったその光は次第に広がりを見せ、まるで映画のスクリーンのように変貌する。--そこにはまさに、地球の日本がはっきりと映っていた。
「これが・・・蓮の故郷・・・なんだあの建物は?あんなもの見たことがない!・・・凄腕の冒険者なのだろうな」
「あっ!モンスター!蓮!あのモンスターは何?アリアさんのコルボみたいだけど」
「ん?ああ、あれはカラスって言ってな、ゴミをあさり光り物が大好きな鳥だ」
「なるほど・・・初めてあったときに言っていたのはそういうことか」
そういえば初めてアリアさんにあった時に、コルボのことそんな風に言ったら殴られたんだっけ。懐かしい。
「ねぇねぇ蓮くん。ほんとここってどこなの?こんな国聞いたこともないよ」
「ああ。こんな国があれば話題にならないわけがない」
一斉にこちらを向く面々。そりゃ気になるよな。・・・よし、言おう。
「実はさ・・・俺この世界の人間じゃないんだよ・・・俺は・・・魔法もモンスターも存在しない世界から来たんだ」
--言った。行ってしまった。もう後戻りはできない。するつもりもない。
しばしの静寂が流れる。当然だろう、いきなり俺は別の世界の人間だ、なんで言っても受け入れられるわけがない。そして、その静寂を打ち破ったのはアリアさんだった。
「確かに驚いた。・・・だけど、蓮がそんなことで嘘をつくわけがないし、これを見せられてはな。信じるしかあるまいよ。ほら、何かよくわからない道具で移動している。こんなの信じない方が難しいよ」
「そうですね。驚かないのは無理だけど、受け入れるのは簡単よ。だって、別にどこから来ようとあなたはあなただもの」
「そうだね!こんなことで離れていくような人はここにはおらんのですよ!--ってね!」
「・・・まぁ、そういうことだ」
「・・・・・・ははっ、すげぇ・・・」
結局、俺は信じきれていなかったのかもしれない。異世界人と告白すれば気味悪がって離れてしまうのでは、と。しかし、こんな簡単に受け入れてくれた。受け止めてくれた。やっぱり俺は・・・この人達が大好きだ。
ティルザさんも俺の肩に手を置き、微笑んでくれた。優しい人だ。
「--で、蓮くん!今流れてるこの光景に見覚えあるの?」
「えっ?・・・あっ、忘れてた。ちゃんとみよ」
その後5分間その映像を見てみた。しかし、この映像に違和感がある。
「あの・・・ティルザさん・・・これって俺の記憶から出た映像なんですよね?」
「ん?勿論そうだが・・・どうした?」
「いや・・・その・・・見覚えがないんですけど」
「・・・・・・えっ?」
立ち並ぶビル群、アスファルト、名前も知らぬ通行人。ここが俺の元の世界で、日本だと言うことは分かる。そう言う意味での懐かしさはあるのだが、所謂地元に帰ってきた感が全く感じない。10年で俺の住んでた街は家が増えたくらいで、そこまで変わってないらしいし、引っ越しもしたことがない。
そしてこれがいちばんの違和感。この映像--いや、この記憶には、俺も家族もいないのだ。




