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混沌の言語

 それなりに長い時間、切り株に座っていると準備が整った。

 目の前には葉っぱの皿にバラバラに切り刻まれた野菜のようなものが乗っている。

 アルラウネの主食って野菜なのか? いや、でも根っこから地面の栄養を吸い上げているとも聞くけれど。とにかく、おもてなしとは彼女たちによる料理だった。

 盛りつけられてもいない、ただ切った野菜が積まれているだけ。

 それでもアルラウネたちは泥だらけになりながら、精一杯持て成してくれた。

 だから、俺は残すことなく、これを食べるべきだろう。


「どうぞなの!」

「あ、あぁ、いただきます」


 箸もフォークもないので、ブロック状の野菜を摘まんで口の中に放り込む。

 生の野菜の若干の甘味と強烈な苦味、ほんの少しの土の味が口の中に広がった。

 アルラウネと人間の味覚の違いが、今は恨めしかった。


「どう? どう? 美味しい?」

「あぁ、おいしいよ」

「やったのー!」


 俺が美味しいと言えば喜んでくれる。それを支えにしつつ、次々に野菜のブロックを放り込んでいく。

 味は人間には合わないけれど、これも魔力には変換される。食べて損はない。

 そうして半分ほど食べ進めたところで。


「――」


 なにか小さな音が聞こえた。

 音。いや、声か? アルラウネたちのおしゃべりに紛れて、ほんの微かにだがたしかに聞こえた。ぼそぼそとなにか呟いているような、不気味な声。

 不審に思って立ち上がり、周囲に目を向ける。

 だが、朝靄のような霧のせいで遠くまでは見渡せない。白んだ視界の先になにかいるのか、それともいないのか。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもな――」


 視線を足下に向けたとき、異変をみた。


「腐ってる……」


 葉っぱの上にあったブロック状の野菜が融けたように腐敗している。

 先ほどまで食べられるほど新鮮だったのに、急にどうして。


「あー! あいつが来たの! わたしたち! 隠れるの-!」


 腐った野菜をみてすぐ、アルラウネたちにパニックが広がった。

 みんな蜘蛛の子を散らしたように、木の陰や茂みの中に逃げ込んでいる。

 あいつが来た。ということは、野菜を腐らせたのはジャバウォックか。


「お願い! いじわるなドラゴンを倒して! 私たちを助けてほしいの!」

「あぁ、わかった。危ないから隠れて」

「任せたの!」


 蔦を使ってゆっくりと近くの茂みに入っていくのを見届け、警戒の糸を張り巡らせる。

 どこからあの呟き声が聞こえたのかはわからなかった。

 いつ攻撃が飛んでくるかも見当がつかない。

 慎重に、慎重に、ジャバウォックの居場所を探らなければ。


「――」


 また聞こえた。

 かと思えば、次の瞬間に頭上で雷鳴が轟いた。

 天から落ちる雷の槍。光の速度で落ちた攻撃の直撃をくらい、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃がする。


「――ッ」


 損傷は軽微。身に纏う魔力がすこし削れただけでダメージはない。

 けれど、なんだ今の攻撃は。微かな声と共に発生した落雷。

 これではまるで魔法だ。


「――■■■■■」


 今度ははっきりと声がした。しかし、それが何を意味しているのかは理解ができなかった。俺がスケルトンになって以降、いかなる言語でも理解できていたのに。この言葉だけが翻訳できない。


「くっ」


 ともかく、またなにか攻撃が来ると思い、身構える。

 けれど、なにも飛んではこなかった。


「■■■■■」


 翻訳不可の言語とともに足音が響いてくる。

 近づいてくるそれの主は朝靄を突き抜けて姿を晒す。

 魚の顔が鎌首をもたげ、額に二本の触覚が生え、口元には四本の触手、口内には歯牙が並び、蝙蝠のような羽を有し、鋭い爪を持った、細身のドラゴン。

 二本足で立って歩き、近づいてきたジャバウォックは、俺の目の前で立ち止まった。


「■■■■■」

「なにを、言っている?」


 先制攻撃を仕掛けてきた割には自ら姿を見せた。

 有利な状況を捨ててまで、ジャバウォックはなにをしに現れたんだ?

 言語を扱うだけの知能を持っているようだけれど、解読できなければ意味がない。

 呟くだけで動かないジャバウォックを前にして、ふと気がつく。


「……精霊、ジャバウォックの言葉がわかるか?」

「――翻訳可能です」


 よし、なら大丈夫だ。


「■■■■■」

「――立ち去れ、ここは我が森だ。大人しく帰るなら見逃してやる」


 あぁ、そう言っていたのか。


「悪いけど、お前の首が俺の目的なんだ。それにアルラウネとも約束したからな。お前を倒すって」

「■■■■■? ■■■■■■■■■■!」


 急に声を張ったジャバウォック。その意図は翻訳不可でも理解はできた。

 笑っているんだ。とても可笑しそうに。


「■■■■■■■■■■」

「――アルラウネは我が創った出来損ないだ」

「創った?」


 アルラウネは自然発生した魔物じゃない?


「――ジャバウォックが扱う言語は混沌としており、その言葉は力を持ちます。ジャバウォックがその気になれば可能でしょう」


 なら、本当にジャバウォックがアルラウネたちを。


「お前……自分で創ったアルラウネたちを」


 いじめられた。アルラウネたちはそう言っていた。

 なんて悪趣味な。


「■■■■■■■■■■」

「――我が創った物を我がどうしようと我の勝手だ。とやかく言われる筋合いはない」

「あぁ、そうかよ」


 薄墨刀を右手に構築し、鋒をジャバウォックへと向ける。


「お前が創った命だろうと約束は約束だ。お前の首を刎ねさせてもらう」

「■■■■■」

「――愚かな」


 その言葉を最後にジャバウォックは大音量の咆哮を轟かせる。

 俺はそれへ突っ込むように地面を蹴った。


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