数多の視線
バジリスクに肉薄し、蓮と凜子の頭上を飛びこえる。右手に携えるはフェンリルの魔力を込めた、純銀刀。その切れ味は爪や牙とは比較にならない。振るった銀の太刀筋が馳せ、バジリスクの硬い鱗を斬り裂いた。
「シャアアァアアァァァァァアアアアアッ」
刀傷を負い、バジリスクは痛みで大きく怯む。身体を仰け反らせ、胴体を壁に打ち付けてのたうち回る。その隙を高位探求者たちが見逃すはずもない。
「よっしゃあ! 畳み掛けるぜ! 理人! 凜子!」
「言われなくてもわかってるっての!」
「ははー、いいじゃないか。わかりやすくて」
理人が分厚い本を開いて魔力が渦巻き、二人が魔法で強化される。
瞬間移動でバジリスクの懐へと潜り込み、二人の剣撃が硬い鱗に浅い傷を刻み込む。一見してそれは攻撃が通らなかったように見えたが、次の瞬間、傷が赤く熱せられて爆ぜる。
与えた傷が爆発する魔法。なんとも容赦のない攻撃だ。普通の魔物なら、これだけで致命傷になる。
だが、あいては特別個体のバジリスク。硬い鱗が爆ぜたところで、その表面が焼けるだけ。鱗の二三枚くらいは剥がしただろうが、それで負わせられた火傷は軽微に過ぎない。
理人が火力が足りないと言っていた訳が、これでわかった。
「だー! くそ! かてぇんだよ、こいつ!」
「文句言ってないで手を動かす! ほら! 上から来てる!」
「うおっと、あぶねぇ!」
頭上から振り下ろされた尾の一撃を、蓮は寸前のところで躱した。その尾を蹴って凜子が跳び、胴体に剣を振るって傷を爆ぜさせる。大したダメージは与えられなくても、爆発の衝撃で体勢を崩すことはできる。
お陰でバジリスクの視線が常にズレて、石化能力が飛んでこない。
今のうちに攻められるだけ、攻めなければ。
「よし」
純銀刀を携えて駆け抜ける。
そこかしこで爆発を見ながら、爆風を突っ切ってバジリスクに肉薄し、剣閃を振るう。銀の一閃は硬い鱗を再び斬り裂いて、真っ赤な血を流させる。
「シャァアァアァアアアアアァァァアアッ」
爆発に体勢を崩され、痛みで怯みながらも、バジリスクはこちらに視線を合わせる。
すぐに石化能力が飛んでくるとわかり、その場から飛び退いた。その直後には、立っていた場所が材質の違う石と化す。石化能力は相変わらず脅威だけれど、十分に対処はできる。
このまま追い詰められれば、いずれはバジリスクも弱るはずだ。
見えた勝機を手繰り寄せるように、再び肉薄しては銀閃を振るう。
だが、あまりにも上手く行きすぎていたことに、俺たちは気がつくべきだった。
「シャァアアアァアァアァァアァアアアアアアアアッ」
咆哮と共に、バジリスクに変化が起こる。
防御の要であるはずの硬い鱗が、身体から次々に剥がれ落ちていくのだ。
いったい何事かと、俺も二人も警戒心を抱いて攻撃の手を止めた。
それが、いけなかった。
次の瞬間、俺たちが見たもの。それはバジリスクの身体中に開いた夥しい数の瞳だった。この特別個体は全身に瞳を持っていた。
「まずいッ」
これでどれだけ怯ませようと、どこに居ようと、バジリスクの視線が通ってしまう。
そして案の定、バジリスクはすべての瞳を使い、石化能力を全方位に解き放った。
「くッ」
足が、腕が、胴が、翼が、瞬く間に石化する。純銀刀も石に変わって砕け散り、身に纏う魔力も容赦なく石化に蝕まれる。このままだと本当にすべて石に変わってしまう。
「こっちだ! なんとかここまで来るんだ!」
声がしてそちらを見ると、光の壁の向こう側に理人を見る。
光の壁が石化能力を完全に防いでいるのだろう。理人に石化の兆候は見られない。
すでに両足は関節まで石化で覆われている。もはや骨格が石化するまで猶予はない。だから、不格好でもまだ石化が薄い翼で虚空を掻いてこの身を光の壁まで運び、転がるように理人のもとまで到達した。
「助かった」
光の壁の向こう側は、やはり石化能力が届かない。
石となった魔力を捨てて再構築すれば、身体も翼も元通りだ。
「あー、くそ。片腕持ってかれたか」
しかし、彼らはそうもいかない。
不意打ちで石化を食らい、蓮の左腕は石になってしまっていた。
凜子のほうも装備の上からいたるところが石化してしまっている。
「だ、大丈夫なのか?」
「ん? あぁ、あとからどうとでもならぁ、こんなの。まぁ、後があればの話だが」
蓮の視線の先には大量の血を流すバジリスク。痛みと出血で今はまだその場に留まっているが、直にそれにも慣れてこちらに襲い掛かるだろう。
かと言って、こちらからは近づけない。
「まいったね、どうしたものか」
流石の理人もお手上げみたいだ。
なにせ、こちらかの攻撃や魔法も届く前に石化してしまう。
打つ手なしだ。
「――いや」
一つだけ、あるかも知れなかった。
石化能力を越えて、バジリスクを攻撃できる手段が。