第8話 安心するには早すぎる
翌日。
セントラル病院救急外来。
「それで?」
休憩室に入った瞬間だった。
高橋が身を乗り出してきた。
「電話した?」
観月亮太はコーヒーを飲んだ。
「しました」
「で?」
「謝られました」
「で?」
「終わりです」
「絶対終わってない」
即答だった。
高橋は完全に面白がっている。
「吐いた件は伝えました」
「吐いた件」
「はい」
「吐いた件」
「はい」
なぜ復唱する。
「で?」
「めちゃくちゃ落ち込んでました」
「そりゃそうだろ」
高橋が笑う。
「俺でも落ち込む」
「ですよね」
「で?」
「だから終わりです」
「絶対終わってない」
二回目だった。
高橋はニヤニヤしている。
嫌な予感しかしない。
「観月」
「なんですか」
「言ってないだろ」
「何を」
「キス」
観月はむせた。
「っ!」
「図星だ」
「声大きいです!」
慌てて周囲を見る。
幸い誰も聞いていなかった。
たぶん。
「言えるわけないでしょう」
「なんで」
「なんでって……!」
言えるか。
『飲み会の日、俺にキスしましたよね?』
無理だ。
絶対無理だ。
自分で想像しただけで無理だった。
「まあ」
高橋が笑う。
「それは分かる」
「でしょう」
「でもなあ」
「?」
「後で面倒になる気がする」
「なりません」
「なる」
「なりません」
「なる」
嫌な予言だった。
聞かなかったことにする。
「仕事戻ります」
「逃げた」
「逃げてません」
「頑張れ観月」
「何をですか」
「色々」
意味が分からなかった。
意味は分からなかったが。
なぜか嫌な予感だけはした。
◇◇◇
一方その頃。
中央消防署。
「なるほど」
中村が頷く。
「吐いたのか」
「吐きました」
竜崎大輝は机に突っ伏していた。
人生最大級の失態だった。
「掃除までしてもらったのか」
「してもらいました」
「終わってるな」
「終わってます」
否定できない。
全くできない。
そこへ佐野もやって来た。
「で?」
「で?」
「それだけだったんですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「たぶん」
電話の内容を思い出す。
吐いた。
掃除してもらった。
謝った。
それで終わった。
たぶん。
「良かったですね」
佐野が言う。
「もっとヤバいことかと思いました」
「俺も」
中村も頷いた。
「安心した」
竜崎は大きく息を吐いた。
本当に。
安心した。
吐いたのは申し訳ない。
掃除までしてもらったのも申し訳ない。
だが。
それ以上ではなかった。
良かった。
本当に良かった。
「隊長」
「ん?」
「顔が晴れやかです」
「安心したから」
「単純ですね」
「そうかも」
自然と笑みが浮かぶ。
その瞬間だった。
ふわり。
記憶の奥に何かが引っ掛かった。
夜道。
近い距離。
いい匂い。
柔らかい感触。
「……」
竜崎は眉をひそめた。
「隊長?」
「いや」
何だろう。
何か忘れている気がする。
大事な何かを。
「気のせいか」
そう呟く。
そして。
その判断もまた。
盛大に間違っていた。
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