第4話 覚えてない男
頭が痛い。
竜崎大輝はベッドの上で顔をしかめた。
最悪の目覚めだった。
「……二日酔いだ」
間違いない。
飲み過ぎた。
それは覚えている。
救急外来の人たちと合同みたいになって。
盛り上がって。
飲んで。
飲んで。
飲んで。
――その先が曖昧だった。
「どうやって帰ったんだっけ……」
上体を起こす。
その瞬間。
違和感に気付いた。
「ん?」
部屋が綺麗だった。
いや。
綺麗というか。
何か。
掃除された形跡がある。
「……?」
記憶を探る。
断片的な映像。
夜道。
誰か。
いい匂い。
柔らかい感触。
「……」
竜崎は眉をひそめた。
「キスした?」
いや。
まさかな。
酔っていたし。
夢かもしれない。
そもそも相手が誰なのかも分からない。
「気のせいか」
そう結論付けた。
そして。
その結論は大きな間違いだった。
◇◇◇
数日後。
セントラル病院。
「患者男性六十八歳。
自宅で転倒――」
竜崎はいつも通り引き継ぎを行う。
必要な情報を簡潔に。
分かりやすく。
観月亮太は電子カルテを操作しながら頷いた。
「ありがとうございます。
こちらで引き継ぎます」
「お願いします」
仕事は問題ない。
いつも通りだ。
だが。
「……」
なんだろう。
観月が怖い。
いや。
正確には。
ちょっと冷たい。
患者を引き渡し。
竜崎はストレッチャーを押して搬送口へ向かう。
その途中。
観月が声を掛けてきた。
「竜崎さん」
「はい?」
「この前の飲み会」
「あー!」
竜崎は笑った。
「ありがとうございました」
「……」
「みんな楽しかったって言ってましたよ」
「そうですか」
観月の反応が薄い。
やっぱり何か変だ。
「良かったです」
そう言った後。
観月は少しだけ目を細めた。
「というか」
「はい」
「何も覚えてないんですか?」
「え?」
竜崎は固まった。
「何も?」
「何もですか?」
「え、待って」
嫌な予感がした。
「俺なんかやりました?」
観月は無表情だった。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
「覚えてないならいいです」
「いやいやいや」
よくないだろ。
「何したんですか俺」
「知りません」
「絶対知ってる」
「知りません」
「怖いんですけど」
観月は完全に塩対応だった。
何かをやらかした。
それだけは分かる。
だが。
何をやったのかが分からない。
「竜崎隊長!」
外から後輩隊員の声が飛ぶ。
「次の現場です!」
「あ、やばい」
時間がない。
竜崎は慌ててポケットを探った。
そして。
メモ帳を取り出す。
びりっと一枚破る。
さらさらと何かを書く。
「観月くん」
「なんですか」
「これ」
差し出された紙を観月は受け取った。
電話番号。
連絡先だった。
「もし本当に俺が何かやらかしてたなら」
竜崎は困ったように笑う。
「ちゃんと謝りたいんで」
「……」
「あとで連絡ください」
そう言って竜崎は後ろ向きに歩き出した。
「じゃ、行ってきます!」
「え」
「お疲れさまです!」
そして。
救急車へ走っていく。
観月はその背中を見送った。
手元のメモを見る。
連絡先。
竜崎大輝。
「……」
数秒の沈黙。
「いや、そこは覚えとけよ……!」
「連絡くださいじゃないんだよ。原因お前なんだよ……!」
観月亮太は額を押さえ、本気で頭を抱えた。
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