第5話 送るか、送らないか
観月亮太はテーブルの上を見つめていた。
正確には。
テーブルの上に置かれた一枚の紙を。
「……」
竜崎大輝。
その下に書かれた電話番号。
連絡先。
「……」
沈黙。
五分経過。
「……」
十分経過。
何も進まない。
連絡するべきか。
しないべきか。
正直。
謝罪はしてほしい。
キスされた。
吐かれた。
掃除した
思い返しても酷い。
なのに。
『覚えてないならいいです』
『俺なんかやりました?』
あの顔を思い出す。
本当に覚えていなかった。
「腹立つ……」
観月はソファへ倒れ込んだ。
スマホを持つ。
連絡先を見る。
閉じる。
また見る。
閉じる。
何を送ればいいんだ。
『吐きましたよね?』
違う。
無理だ。
『キスしましたよね?』
違う。
もっと無理だ。
『覚えてますか?』
覚えてないからこうなっている。
「……」
頭を抱える。
その時だった。
スマホが震える。
画面を見る。
【高橋】
同僚看護師だった。
「もしもし」
『生きてる?』
「失礼ですね」
『声が死んでる』
「気のせいです」
『で?』
「何がですか」
『連絡した?』
観月は黙った。
実は観月は、竜崎から連絡先を渡されたことを事前に高橋へ相談していた。
だから高橋も事情を知っている。
『してないんだ』
「……」
『分かりやす』
「うるさいです」
電話の向こうで笑い声が聞こえた。
『送ればいいじゃん』
「嫌です」
『なんで』
「なんか負けた気がする」
『意味が分からない』
その通りだった。
自分でも分からない。
『謝ってほしいんでしょ?』
「まあ」
『じゃあ送れ』
「……」
『送れ』
「圧が強い」
『送れ』
圧が強い。
「分かりましたよ」
『よし』
通話が切れた。
観月はスマホを見つめる。
送る。
送るのか。
いや。
送るしかない。
そうだ。
社会人だ。
これは仕事の延長だ。
別に変な意味はない。
全くない。
「……」
言い聞かせている時点で怪しかった。
連絡先を開く。
メッセージ画面。
文字を打つ。
『お疲れさまです。』
消す。
もう一度打つ。
『お疲れさまです。
セントラル病院の観月です。』
送信ボタンを見つめる。
「……」
やっぱりやめようか。
いや。
ここまで来てそれはない。
観月は勢いよく送信した。
ピロン。
送信完了。
「あ」
送ってしまった。
急に緊張してきた。
数秒後。
既読。
「早っ」
思わず声が出た。
既読になるの早すぎるだろ。
だが。
返信が来ない。
一分。
二分。
三分。
「遅い」
さっきまで送るか悩んでいたくせに。
今度は返信が気になる。
意味が分からない。
その時だった。
画面が光る。
【竜崎大輝】
返信。
観月は慌てて開いた。
『観月くん!?』
「……」
なんだその第一声。
さらに続く。
『連絡ありがとうございます!』
『今休憩中です!』
『もしかして俺やらかした件ですか!?』
ものすごく元気だった。
観月は天井を見上げる。
やっぱり腹が立つ。
そして。
少しだけ。
笑ってしまった。
『飲み会の日の件です』
ぽちぽちと文字を打つ。
送信。
数秒後。
『はい』
その一文字が返ってきた。
観月は深呼吸する。
そして。
『覚悟してください』
送信。
数秒後。
『え』
その返信を見た瞬間。
観月は少しだけ満足した。
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