第37話 挨拶当日
休日。
朝。
大輝は鏡の前に立っていた。
ネイビーのシャツ。
黒のスラックス。
シルバーの腕時計。
何度目か分からない確認をする。
「竜崎さん」
スマホから観月の声。
「まだですか?」
「今出る」
即答だった。
◇◇◇
最寄り駅。
観月はすでに到着していた。
「おはようございます」
「おはよう」
観月は大輝を見る。
そして少し笑った。
「緊張してます?」
「してない」
嘘だった。
「そうですか」
観月は笑っている。
絶対分かっている。
◇◇◇
二人は電車へ乗り込む。
休日の午前中。
車内はそこまで混んでいなかった。
向かい合って座る。
しばらくして。
「そういえば」
観月が言った。
「何だ」
「手土産何買ったんですか?」
大輝が紙袋を見る。
「見るか?」
「はい」
紙袋を差し出す。
観月が中を見る。
そして。
「わあ」
少し驚いた声。
「素敵ですね」
「大丈夫か」
「大丈夫です」
観月は笑った。
「父も母も喜ぶと思います」
その言葉に。
大輝は少しだけ安心した。
◇◇◇
電車は神奈川へ向かう。
窓の外の景色が少しずつ変わっていく。
観月は何気なく言った。
「父は外科医です」
「知ってる」
「母は病棟看護師です」
「知ってる」
「二人とも東都医科大学附属病院です」
「知ってる」
観月が笑う。
「予習済みですね」
「当然だろ」
大輝は即答した。
◇◇◇
「でも安心してください」
観月が言う。
「うちの家族は普通です」
大輝は黙った。
「何ですか」
「その台詞」
「はい」
「お前も言ってた」
観月が止まる。
数秒。
「……言いましたね」
思い出したらしい。
「お前の普通は信用ならん」
観月が吹き出した。
◇◇◇
電車を降りる。
改札を抜ける。
駅前は落ち着いた雰囲気だった。
大きな商業施設もない。
静かな住宅街の駅。
「こっちです」
観月が歩き出す。
大輝も隣を歩く。
住宅街へ入る。
道は綺麗で静かだった。
公園。
小学校。
クリニック。
穏やかな街並みが続く。
「いいところだな」
大輝が言う。
「そうですか?」
「ああ」
観月は少し嬉しそうに笑った。
◇◇◇
歩いて十分ほど。
観月が足を止める。
「着きました」
大輝も止まる。
目の前には。
綺麗な一戸建て。
手入れされた庭。
玄関先の植木。
いかにも観月家らしい家だった。
大輝の喉が鳴る。
緊張する。
かなり緊張する。
その様子を見て。
観月が少し笑った。
「大丈夫ですよ」
「何が」
「父も母も優しいので」
「そうか」
大輝は頷く。
そして。
紙袋を持ち直した。
深呼吸。
一回。
二回。
三回。
「竜崎さん」
「ん?」
「頑張ってください」
「他人事みたいに言うな」
観月が吹き出した。
その笑顔を見て。
大輝も少しだけ肩の力が抜ける。
そして二人は。
観月家の玄関へ向かった。
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