第31話 姉の子供
お盆二日目。
朝から竜崎家は騒がしかった。
「肉まだ?」
菜月。
「まだだ」
勇輝。
「早く食べたい」
「まだ朝だぞ」
父が呆れる。
今日は庭でBBQ。
その準備で朝から賑やかだった。
◇◇◇
その時。
インターホンが鳴る。
「来た!」
美咲が立ち上がる。
玄関へ向かう。
扉が開く。
「おはよう」
美咲の夫だった。
その隣。
小さな男の子が立っている。
春翔だった。
「おはようございます」
観月が笑う。
すると。
春翔はぴたりと止まった。
「……」
父親の足に隠れる。
警戒。
完全に警戒だった。
「人見知りなんです」
美咲の夫が苦笑する。
「大丈夫ですよ」
観月も笑った。
慣れている。
こういう子は病院にもたくさんいる。
無理に近付かない。
焦らない。
それが一番だ。
◇◇◇
リビング。
春翔は父親の隣。
観月は少し離れた場所。
無理に話しかけない。
ただ。
春翔が持っているミニカーを見て。
「かっこいい車だね」
そう言っただけだった。
春翔は少しだけ顔を上げる。
「……うん」
小さな返事
それだけだった。
◇◇◇
昼前。
少しずつ距離が縮まる。
「それ何?」
春翔。
観月のスマホを指差す。
「猫の写真」
「ねこ?」
「見る?」
春翔が近付く。
初めてだった。
自分から近付いたのは。
「かわいい」
小さく笑う。
観月も笑った。
「可愛いよね」
その笑顔が柔らかい。
優しい。
まるで。
春の日差しみたいだった。
◇◇◇
少し離れた場所。
BBQの準備をしていた大輝が。
ふと視線を向ける。
観月が笑っていた。
仕事中とも違う。
自分といる時とも少し違う。
子供へ向ける。
優しい笑顔。
穏やかな声。
自然な仕草。
大輝は少しだけ見入った。
「兄ちゃん」
勇輝の声。
「ん?」
「肉」
「ん?」
「焦げてる」
大輝は慌てて網を見る。
本当に焦げていた。
勇輝が笑う。
「見てたな」
「うるさい」
図星だった。
◇◇◇
昼。
BBQ開始。
庭は大騒ぎだった。
その頃には。
春翔はすっかり観月の隣にいた。
「りょうたにいちゃん!」
観月の手を引く。
「どうした?」
「みて!」
虫かご。
「おお」
観月がしゃがむ。
「捕まえたの?」
「うん!」
得意そうだった。
観月が笑う
「すごいな」
頭を撫でる。
春翔が嬉しそうに笑った。
◇◇◇
それを見て。
美咲が小声で言う。
「早くない?」
菜月が頷く。
「早い」
勇輝も頷く。
「落ちるのが早い」
完全に懐いていた。
◇◇◇
「りょうたにいちゃん!」
「ん?」
春翔が抱き付く。
ぎゅっと。
観月は少し驚く。
「どうした?」
「すき」
あまりにも真っ直ぐだった。
観月は目を丸くする。
そして。
優しく笑った。
「ありがとう」
頭を撫でる。
春翔は嬉しそうだった。
◇◇◇
少し離れた場所。
大輝は固まっていた。
「お兄ちゃん」
菜月。
「何」
「顔」
「何だよ」
「やばい」
勇輝が笑う。
「完全に落ちてる」
「うるさい」
しかし否定できなかった。
子供に向ける観月の顔。
あんな表情は。
初めて見た。
そして。
たぶん。
想像以上に好きだった。
◇◇◇
その時。
美咲の夫が隣へ来る。
しばらく観月を見る。
そして。
「大輝くん」
「はい」
「観月くん本当に良い人だね」
大輝は少し笑う。
「そうですね」
「春翔があそこまで懐くの珍しいよ」
「そうなんですか」
「かなり」
美咲の夫は笑った。
「俺も好きになるな」
大輝は吹き出した。
「また一人増えた」
「何が?」
「観月ファン」
美咲の夫も笑った。
否定しなかった。
◇◇◇
夕方。
帰る時間。
春翔は観月の前に立つ。
「りょうたにいちゃん」
「ん?」
「またあえる?」
観月は少し笑った。
「うん」
「やくそく」
小さな小指が差し出される。
観月も小指を出した。
「約束」
指切り。
春翔は満足そうに笑った。
その様子を見ながら。
大輝は思う。
家族も。
春翔も
そして自分も。
きっと。
この人のことが好きなのだと。
改めて実感するのだった。
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