第28話 竜崎家へようこそ
休日。
昼前。
竜崎大輝の車は実家へ向かっていた。
助手席には観月。
少しだけ緊張している。
「そんな緊張しなくていいぞ」
大輝が笑う。
「そう言われましても」
観月亮太も苦笑した。
恋人の家族に会うのは初めてだった。
◇◇◇
その頃。
竜崎家。
「まだ?」
菜月。
「まだだろ」
勇輝。
「あと十分くらいじゃない?」
美咲。
リビングに全員集合していた。
ちなみに。
美咲は夫と子供を自宅へ置いてきている。
「夫が見てくれてるから大丈夫」
と本人は言っていた。
完全に野次馬だった。
「落ち着きなさい」
母が苦笑する。
「だって気になるじゃん」
菜月が言う。
「兄ちゃんが恋人連れてくるんだよ?」
「確かに」
勇輝も頷く。
人生初の出来事だった。
◇◇◇
その時。
外から車の音が聞こえた。
「来た!」
菜月。
「来たな」
勇輝。
「来た来た!」
美咲。
全員立ち上がる。
「お前ら座れ」
父が呆れた。
誰も座らなかった。
◇◇◇
玄関。
大輝がドアを開ける。
「ただいま」
「おかえり!」
母。
そして。
その後ろから。
観月が頭を下げた。
「初めまして」
静かで落ち着いた声。
「観月亮太です」
一瞬。
全員が固まった。
美咲。
勇輝。
菜月。
そして父と母。
全員同じことを思った。
(すっごいイケメンだ)
◇◇◇
「どうぞどうぞ!」
母が慌てて中へ案内する。
「ありがとうございます」
観月が微笑む。
その笑顔で。
母はほぼ陥落した。
そして。
観月は持っていた紙袋を差し出した。
「皆さんでどうぞ」
「えっ」
母が目を丸くする。
「そんな気を遣わなくていいのに」
「初めてお邪魔しますので」
観月は柔らかく笑った。
「気持ちだけです」
◇◇◇
リビングへ移動する。
母が紙袋から箱を取り出した。
「開けてもいい?」
「もちろんです」
蓋を開ける。
その瞬間。
菜月が固まった。
「え」
美咲も固まる。
「え」
二人同時だった。
「ちょっと待って」
菜月が箱を見る。
「これって」
「私も知ってる」
美咲が即答する。
「めちゃくちゃ有名なお店のやつ」
「本店が確か銀座にあるやつだよね?」
勇輝が覗き込む。
「そんなすごいの?」
「すごい」
二人同時だった。
上品な箱。
丁寧な包装。
焼き菓子の詰め合わせ。
フィナンシェ。
マドレーヌ。
クッキー。
どれも綺麗だった。
見る人が見れば分かる。
良いものだった。
「観月さんすごい……」
菜月が呟く。
「兄ちゃんなら絶対選ばない」
即答だった。
「おい」
大輝が言う。
「違う?」
美咲。
「違わない」
父。
即答だった。
「親父まで」
「ありがとうございます」
母が言う。
「こんな良いもの」
観月は少し首を振った。
「皆さんで食べられるものがいいかなと思って」
その一言だった。
母が黙る。
美咲も黙る。
菜月も黙る。
(気遣いの人だ)
三人とも同じことを思った。
菜月が小声で言う。
「兄ちゃん」
「何」
「絶対逃しちゃダメ」
まだ会って十分も経っていなかった。
「早い」
大輝は頭を抱えた。
その横で。
父が焼き菓子の箱を見ながらぽつりと言う。
「センスいいな」
短い一言だった。
でも。
観月は気付いていない。
この瞬間。
竜崎家全員の好感度が。
一段階上がったことを。
◇◇◇
リビング。
「姉の美咲です」
「弟の勇輝です」
「妹の菜月です」
次々に自己紹介が始まる。
「初めまして」
観月も丁寧に頭を下げた。
「礼儀正しい……」
菜月が小声で言う。
「聞こえてる」
大輝が突っ込んだ。
◇◇◇
そこから質問攻めだった。
「病院って忙しい?」
勇輝。
「忙しいですね」
「休み取れる?」
菜月。
「取れますよ」
「大輝のどこが良かったの?」
美咲。
「姉ちゃん」
大輝が止める。
観月は少し困ったように笑った。
「優しいところです」
沈黙。
そして。
「へぇー」
三人同時だった。
大輝は顔をしかめた。
◇◇◇
「そういえば」
勇輝が言う。
「兄ちゃん昔さ」
「やめろ」
「迷子になって泣いてたことあったよね」
「勇輝」
「犬拾って帰ってきたよね」
「勇輝」
「猫も拾ってきた」
「勇輝」
観月が吹き出した。
「本当ですか」
「本当です」
菜月。
「本当よ」
美咲。
「本当だな」
父。
「本当ねぇ」
母。
全員一致だった。
◇◇◇
昼食。
大きなテーブル。
全員揃う。
賑やかだった。
誰かが話して。
誰かが笑う。
その空気が。
観月には少し新鮮だった。
一人っ子だったから。
こんな風に大勢で囲む食卓は少ない。
「観月くん」
母が声を掛ける。
「はい」
「おかわりあるわよ」
「ありがとうございます」
自然に答える。
すると。
母が嬉しそうに笑った。
「良い子ねぇ」
「母さん」
大輝が呆れる。
まだ一時間も経っていない。
◇◇◇
食後。
猫たちまで観月の周りへ集まってきた。
「なんで?」
菜月。
「懐いてる」
勇輝。
「すごいな」
父。
大輝は少し不満そうだった。
「俺の時そんな来なかった」
「お兄ちゃん猫に追いかけ回されたことあるじゃん」
菜月。
「余計なこと言うな」
◇◇◇
帰る時間。
玄関まで全員出てきた。
「また来てね」
母。
「今度ゲームやりましょう」
勇輝。
「買い物付き合ってください」
菜月。
「うちの子にも会ってね」
美咲。
「また来い!」
父。
観月は思わず笑った。
「ありがとうございます」
その横で。
大輝がため息を吐く。
「お前ら」
「何?」
菜月。
「俺が連れてきたんだけど」
数秒の沈黙。
そして。
「知ってる」
美咲。
「知ってる」
勇輝。
「知ってる」
菜月。
「知ってるわよ」
母。
「知ってる
父。
誰も悪びれない。
観月はとうとう笑い声を上げた。
帰りの車の中。
「楽しかったです」
ぽつりと観月が言う。
大輝は少しだけ笑った。
「だろ?」
「はい」
窓の外を見ながら。
観月は静かに続ける。
「素敵な家族ですね」
その言葉に。
大輝は少しだけ照れたように笑った。
そしてその夜。
竜崎家の家族グループメッセージは。
『観月くんまた来てね』
『次いつ来る?』
『今度ゲームやろう』
『写真送って』
で埋め尽くされることになる。
なお。
大輝へのメッセージは一件もなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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