第25話 いただきます
休日。
竜崎大輝は少し緊張していた。
「どうぞ」
観月亮太が玄関の扉を開ける。
「お邪魔します」
恋人になって数か月。
竜崎の部屋には何度も来ている。
だが。
観月の部屋は初めてだった。
「綺麗だな」
思わず呟く。
白と木目を基調にした落ち着いた部屋。
本棚。
観葉植物。
整頓されたリビング。
観月らしい。
「普通ですよ」
「そうか?」
「そうです」
観月は少し笑った。
そのままキッチンへ向かう。
「何作るんだ?」
「大したものじゃないです」
そう言うが。
竜崎は知っている。
観月が今日、
『今度うちでご飯食べませんか』
と誘ってくれたことを。
そして。
『作ります』
と言ったことを。
だから。
楽しみで仕方なかった。
◇◇◇
キッチンから包丁の音が聞こえる。
竜崎はダイニングから眺めていた。
「手伝う?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「座っててください」
即答だった。
手際が良い。
次々に出来上がっていく。
「すごいな……」
思わず声が漏れた。
観月は首を傾げる。
「何がですか」
「料理」
「普通です」
「普通じゃない」
本気だった。
自分にはできない。
少なくとも。
ここまで手際良くは。
「そんな作る機会ある?」
ふと気になった。
観月も救急看護師だ。
勤務は不規則。
夜勤もある。
忙しい。
「昔からです」
観月は味噌汁をよそいながら言った。
「昔?」
「はい」
少しだけ懐かしそうに笑う。
「父が医師で」
「うん」
「母が看護師なんです」
竜崎は目を丸くした。
初めて聞いた。
「二人とも忙しくて」
「……」
「当直とか夜勤とか多かったので」
観月は少し考える。
言葉を選ぶように。
「小さい頃から一人で食べることも多かったんです」
竜崎は黙って聞いていた。
「だから自然と」
「料理するようになった?」
「そうですね」
観月は頷く。
「最初は簡単なものだけでしたけど」
「うん」
「気付いたらある程度は
普通に作れるようになってました」
その言い方は軽い。
でも。
きっと。
簡単なことではなかった。
一人でご飯を作ることも。
一人で食べることも。
◇◇◇
「できました」
食卓に料理が並ぶ。
ご飯。
味噌汁。
焼き魚。
豚の生姜焼き。
小鉢。
どれも美味しそうだった。
「いただきます」
二人で手を合わせる。
竜崎はまず味噌汁を飲んだ。
「……」
止まる。
「?」
観月が不思議そうに見る。
竜崎はもう一口飲んだ。
「うまい」
「そうですか」
「うまい」
今度は生姜焼き。
「うまい」
焼き魚。
「うまい」
小鉢。
「うまい」
観月が吹き出した。
「語彙力」
「うまい」
「だからそれしか言ってません」
だが。
本当にそれしか出てこなかった。
美味しかった。
どれも。
本当に。
「なんか久しぶりだな」
竜崎はぽつりと言う。
「?」
「こういうご飯」
観月は箸を止めた。
「俺さ」
竜崎が笑う。
「四人兄弟なんだよ」
「そうなんですか」
「姉がいて」
「はい」
「俺」
「はい」
「弟」
「はい」
「妹」
「賑やかそうですね」
「めちゃくちゃ賑やかだった」
思い出すだけで笑える。
食卓もいつも騒がしかった。
誰かが喋っていて。
誰かが笑っていて。
母親に怒られて。
そんな毎日だった。
「でも一人暮らししてからは」
「……」
「コンビニとか外食ばっか」
勤務も不規則だ。
作る気力もない。
だから。
こんな食卓は久しぶりだった。
「うまいな」
小さく呟く。
今度は料理じゃなくて。
この時間に対してだった。
観月は少しだけ目を伏せた。
「……」
嬉しかった。
不思議なくらい。
嬉しかった。
自分はずっと。
料理を作るのは好きだった。
でも。
誰かのために作ることは少なかった。
そして。
誰かがこんなに嬉しそうに食べてくれることも。
あまりなかった。
「良かったです」
自然と笑みが零れる。
それを見て。
竜崎も笑った。
◇◇◇
食後。
食器を片付ける。
「俺やる」
「いいですよ」
「作ってもらったから」
竜崎は当然のように皿を持つ。
観月も隣に立つ。
二人並んで洗い物。
静かな時間だった。
だが。
嫌じゃない。
むしろ心地良い。
その時だった。
「亮太」
「はい」
「また食べたい」
観月の手が止まる。
「……」
「亮太のご飯」
何気ない声だった。
いつもの竜崎だ。
でも。
観月の胸は温かくなる。
こんな風に。
誰かに言われたことはなかった。
ずっと。
一人で食べてきたから。
「……また作ります」
少しだけ照れながら答える。
竜崎は嬉しそうに笑った。
「やった」
その笑顔を見て。
観月もまた小さく笑う。
誰かが美味しいと言いながら食べてくれること。
それがこんなに嬉しいなんて。
昔の自分は知らなかった。
洗い物を終えた後。
二人並んでソファに座る。
隣にいる温もりが心地良かった。
そして観月は思う。
次は何を作ろうかと。
そんなことを考える自分が。
少しだけ嬉しかった。
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