第22話 返事
落ち着かない。
本当に落ち着かない。
竜崎大輝はスマホを見た。
今日だけで何回見ただろう。
分からない。
ただ。
昨日の夜からずっと落ち着かなかった。
観月へ告白した。
人生で何度か告白したことはある。
だが。
こんな気持ちは初めてだった。
返事は急がなくていい。
そう言ったのは自分だ。
なのに。
気になって仕方ない。
「隊長」
佐野が声を掛ける。
「ん?」
「顔色悪いです」
「そうか?」
「そうです」
即答だった。
「熱ですか?」
「違う」
「観月くんですか?」
「……」
否定できなかった。
「図星だ」
「うるさい」
その時だった。
スマホが震える。
竜崎の心臓も跳ねた。
竜崎の指先がぴたりと止まる。
画面を見る。
【観月くん】
「……」
「来た」
佐野が言った。
「うるさい」
メッセージを開く。
『今日仕事終わり時間ありますか』
短い一文。
それだけなのに。
喉がひくりと鳴り、握ったスマホにじわりと汗が滲んだ。
『ある』
即返信。
『公園で会えますか』
竜崎は数秒画面を見つめた。
そして。
ゆっくり息を吐く。
返事だ。
たぶん。
きっと。
返事だ。
「隊長」
「なんだ」
「頑張ってください」
「まだ何も言ってない」
「頑張ってください」
佐野は笑った。
◇◇◇
その日の夜。
公園。
竜崎はベンチの前で立っていた。
落ち着かない。
落ち着かない。
落ち着かない。
時間を見る。
まだ三分しか経っていない。
「……」
帰りたい。
いや。
帰りたくない。
自分でも意味が分からない。
その時だった。
「竜崎さん」
聞き慣れた声。
振り返る。
観月亮太だった。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
いつも通り。
いつも通りのはずなのに。
緊張する。
呼吸が浅くなり、視線を合わせてはすぐ逸らしてしまう。
二人でベンチへ座った。
少しだけ沈黙が流れる。
夜風が心地いい。
だが。
竜崎の心臓は全く落ち着かなかった。
膝の上で組んだ手に力が入り、指先がわずかに強張る。
「観月くん」
「はい」
「その」
「はい」
「昨日のことなんだけど」
「はい」
観月は小さく笑った。
「そんなに緊張するんですね」
「する」
即答だった。
「めちゃくちゃしてる」
観月が吹き出す。
少しだけ。
空気が柔らかくなった。
そして。
観月はゆっくり息を吸う。
「返事なんですけど」
竜崎の肩がわずかに上がり、無意識に居住まいを正した。
耳の奥で自分の心拍だけがやけに大きく響く。
喉が渇く。
けれど唾を飲み込むことすらためらわれた。
観月の横顔から目を離せない。
分かりやすかった。
観月は少し笑う。
本当に。
この人は分かりやすい。
「俺」
言葉を探す。
けれど。
本当は決まっていた。
ずっと前から。
「最初は憧れでした」
竜崎が目を見開く。
胸がどくりと鳴る。
期待してはいけないと思いながらも、心が勝手に先へ進もうとする。
「仕事してる姿が格好良くて」
「……」
「優しくて」
「……」
「すごい人だなって思ってました」
飲み会の日。
幻滅もした。
呆れもした。
怒ったこともある。
でも。
それ以上に。
知れば知るほど好きになった。
「だから」
観月は竜崎を見る。
真っ直ぐ。
逃げずに。
その視線を受けた瞬間、竜崎の呼吸が止まりそうになる。
胸の奥で膨らみ続けていた不安と願いが、限界まで張り詰める。
「俺も好きです」
静かな声だった。
けれど。
ちゃんと届いた。
その一言が耳に入った瞬間、世界の音が遠のいた気がした。
強張っていた肩から力が抜け、代わりに熱が一気に込み上げる。
信じられない。
でも確かに聞いた。
観月が、自分を好きだと。
竜崎は数秒固まった。
本当に数秒。
鼓動だけが激しく鳴り続けていた。
そして。
「本当に?」
「本当です」
「夢じゃない?」
「違います」
「本当に?」
「本当です」
二回目だった。
観月は笑う。
竜崎も笑った。
張り詰めていた肩の力が抜け、目尻を下げながら。
本当に嬉しそうに。
その顔を見て。
観月まで嬉しくなる。
「じゃあ」
竜崎が言う。
少し照れながら。
「付き合ってくれる?」
声が少しだけ震えた。
告白した時とは違う緊張がまだ胸に残っている。
それでも今は、その答えを確かめたかった。
観月は頷いた。
「はい」
その瞬間。
胸の奥が温かくなる。
長い間抱えていた気持ちが。
ようやく形になった気がした。
しばらく二人で笑う。
何を話すわけでもなく。
ただ。
隣にいるだけで嬉しかった。
そして帰り道。
「観月くん」
「はい」
「手」
観月が視線を向ける。
竜崎は少しだけ迷ってから手を差し出した。
「……いいですか」
観月は何も言わず、その手に自分の手を重ねる。
一瞬だけ目が合った。
どちらからともなく笑う。
並んで歩く。
言葉は少ない。
けれど。
繋いだ手は離れなかった。
観月がふと隣を見る。
竜崎も気づいて視線を返す。
少し照れたように笑って。
また前を向いた。
夜道に二人の足音だけが続く。
その静けさが。
どこか心地よかった。
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