表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/27

第21話 伝えたいこと


 部屋へ入る。


 玄関に立った瞬間。



「寒っ……」



 観月が小さく肩を震わせた。


 服はびしょ濡れだった。


 髪からもまだ水滴が落ちている。



「待ってて」



 竜崎は慌てて洗面所へ向かった。


 タオルを取り出す。


 以前。


 熱を出した時。


 観月が綺麗に畳んで置いてくれていたものだ。



「これ使って」



「ありがとうございます」



 観月は素直に受け取る。


 そして濡れた髪を拭き始めた。



「着替えとかないですよね」



「ないな」



「ですよね」



「ジャージならある」



「サイズ大丈夫ですか」



「たぶん大丈夫」



 たぶんではないと思う。


 絶対大きい。


 だが。


 濡れたままよりはマシだった。


 観月は渋々借りることにした。



 ◇◇◇



 数分後。


 観月は竜崎のジャージ姿になっていた。


 案の定大きい。


 袖も長い。

 


「……」



 竜崎は少し黙った。



「何ですか」



「いや」



「その反応、気になります」



「似合うなって」



「やめてください」


 

 観月は即答した。


 最近。


 この人は褒める時に躊躇がない。


 困る。


 本当に困る。


 胸の奥がむず痒くなって、どう返せばいいのかわからなくなる。



「コーヒー飲む?」



「お茶で」



「了解」



 キッチンへ向かう。


 お湯を沸かす。


 静かな部屋。


 雨音だけが聞こえる。


 不思議だった。


 前に観月がこの部屋へ来た時。


 自分は酔っ払っていた。


 吐いた。


 最悪だった。


 だが今は違う。


 二人とも素面だ。


 ちゃんと話せる。



「はい」



「ありがとうございます」



 観月がお茶を受け取る。


 二人並んでソファへ座った。


 少し距離を空けて。


 それでも。


 どこか落ち着かない。


 隣にいるだけなのに、妙に意識してしまう。



「……」



「……」



 沈黙。


 雨音だけが響く。


 先に口を開いたのは竜崎だった。



「最近さ」

 


「はい」



「ずっと考えてた」



 観月の指先がぴくりと動く。


 なぜだろう。


 その一言だけで胸がざわついた。



「何をですか」



 竜崎は少し考えた。


 言葉を探す。


 整理するように。



「飲み会の日のこと」



「……」



「食事した日のこと」



「……」



「看病してもらった日のこと」



 観月は黙って聞いていた。


 けれど心は静かではない。


 一つ一つ挙げられるたびに、自分との時間をそんなふうに覚えていてくれたのかと戸惑ってしまう。


 竜崎も続ける。



「最初は」



「?」



「尊敬してた」



 観月が目を見開く。


 予想もしていなかった言葉だった。



「仕事できるし」



「……」


 

「患者さんにも優しいし」


 

「……」


 

「引き継ぎしやすいし」



「最後だけ妙に実務的ですね」

 


 思わず突っ込んでしまう。


 照れ隠しだった。


 まともに受け止めたら、顔が熱くなりそうだったから。


 竜崎が笑った。


 その顔を見て。


 観月も少しだけ力が抜けた。


 けれど胸の鼓動は落ち着かないままだった。

 


「でも」



 竜崎は続ける。


 

「食事して」



「……」



「話して」



「……」



「観月くんのこと知って」

 


 静かな声だった。


 ごまかしのない声。



「会うのが楽しみになった」



 観月の鼓動が速くなる。


 耳の奥で自分の心音が響く。



「メッセージ来ると嬉しくて」



「……」



「休みで会えないと少し寂しくて」



 観月は何も言えなかった。


 言葉が出てこない。


 胸の奥がじわりと熱くなる。


 それは自分がずっと抱えていた気持ちと、あまりにも同じだったから。



「熱出した時も」



 竜崎は小さく笑う。



「最初に顔が浮かんだの観月くんだった」



「……」



 信じられない。


 そんな言葉を向けられる日が来るなんて。



「会いたいなって思った」



 雨音が響く。


 それでも。


 その言葉だけははっきり聞こえた。


 胸が苦しいほど締め付けられる。


 嬉しいのに、信じきれなくて、どうしていいかわからない。


 竜崎は視線を落とす。


 そして。


 ゆっくり息を吐いた。



「なんでだろうってずっと考えてた」



 答えは簡単だった。


 気付くのが遅かっただけで。


 本当は。


 ずっと前から。



「観月くん」



「……はい」



 名前を呼ばれる。


 心臓が痛いくらい鳴る。


 返事をした声が少し震えた気がした。



「俺」



 竜崎は顔を上げた。


 真っ直ぐ観月を見る。


 逃げないように。


 ごまかさないように。



「観月くんのことが好きだ」



 静かな部屋だった。


 雨音だけが聞こえる。


 それなのに。


 その一言だけがやけにはっきり響いた。


 観月は固まる。


 息をするのも忘れる。


 頭が真っ白になる。


 ずっと好きだった。


 憧れていた。


 気付けば恋になっていた。


 だからこそ。


 今聞いた言葉が現実だと、すぐには受け止めきれない。


 でも。


 まさか。


 こんな形で返ってくるとは思わなかった。


 嬉しくてたまらないのに、胸がいっぱいで何も言えない。



「返事は」



 竜崎が言う。


 少しだけ緊張した顔で。



「急がなくていい」



「……」



「ちゃんと伝えたかっただけだから」



 その言葉に。


 観月は思わず笑った。


 張り詰めていた気持ちが少しだけほどける。


 本当に。


 この人らしい。


 不器用で。


 真面目で。


 優しくて。


 ずるい。


 そんなふうに言われたら、ますます好きになってしまう。



「竜崎さん」

 


「うん」



 観月は小さく息を吸った。


 胸の高鳴りを落ち着かせるように。


 そして。


 少しだけ赤くなりながら言う。



「返事」



「……」



「そんなに待たせるつもりないんですけど」



 言った瞬間、自分でも顔が熱くなるのがわかった。


 けれど隠したくなかった。


 今だけは。


 竜崎の目が大きくなる。


 その反応を見て。


 観月は少しだけ笑った。


 胸の奥が温かかった。


 長く抱えていた想いが、ようやく報われたような気がした。


 雨はまだ止まない。


 けれど。


 二人の距離は。


 もう。


 あの日とは違っていた。

読んでいただきありがとうございます!

毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

続きが気になったら評価やブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ