表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/27

第20話 帰りたくない夜


 約束の日。

 

 竜崎大輝は腕時計を確認した。



「早いですね」



 佐野が笑う。



「まだ二十分前ですよ」



「そうだな」



 だが。


 落ち着かなかった。


 前回の食事とは少し違う。


 理由は分からない。


 ただ。


 観月に会えるのが楽しみだった。


 それだけだ。



「隊長」



「ん?」



「ニヤけてます」

 


「ニヤけてない」



「ニヤけてます」



「うるさい」



 佐野の笑い声を背中に受けながら消防署を出た。



 ◇◇◇


 

 一方その頃。


 セントラル病院。



「観月」

 


「なんですか」



 高橋だった。


 嫌な予感しかしない。



「そろそろ時間じゃないか?」



「何のですか」



「デート」

 


「違います」



 即答だった。



「二回目だろ?」



「違います」

 


「顔見ろ」



「見ません」



「緊張してるじゃん」



「してません」



 していた。


 ものすごく。


 待ち合わせの時間が近付くたび。


 心臓が落ち着かない。


 理由は分かっている。


 観月はもう気付いていた。


 自分が竜崎を好きなことに。


 だから困る。


 食事に行くだけなのに。


 こんなに緊張する。



「頑張れ」



「だから違います」



「はいはい」



 全く信じてもらえなかった。



 ◇◇◇



 待ち合わせ場所。


 

「観月くん」



 声を掛けられる。


 顔を上げる。


 竜崎だった。



「お疲れさまです」



「お疲れさま」



 自然に笑う。


 その顔を見ただけで。


 少しだけ緊張が和らいだ。

 

 店は前回とは違った。


 落ち着いた和食居酒屋。


 個室。


 だが酒は頼まない。



「今日は飲まないんですね」



 観月が言う。



「飲まない」

 


 竜崎は即答した。



「信用ないから」



「自覚はあるんですね」



「ある」



 思わず笑ってしまう。


 料理が運ばれる。


 仕事の話。


 最近の出来事。


 消防署の話。


 病院の話。

 

 気付けば時間はあっという間だった。



「そういえば」



 竜崎が言う。



「中村さんが観月くんに会いたがってた」



「なんでですか」



「命の恩人だから」



「大袈裟です」



「そんなことない」



 竜崎は笑った。


 その笑顔を見て。


 観月の胸が少しだけ苦しくなる。


 好きだ。


 やっぱり。


 どうしようもなく。


 好きだ。



 ◇◇◇



 食事を終えて店を出る。



「美味しかったですね」



「良かった」



 二人並んで歩き出す。


 その時だった。


 ぽつり。


 頬に何かが当たった。



「ん?」



 空を見上げる。


 黒い雲。


 そして。


 次の瞬間。


 ザーッ!!



「うわ!?」



 観月が思わず声を上げる。


 豪雨だった。


 本当に一瞬だった。


 さっきまで降っていなかったのに。



「走るぞ!」



 竜崎が叫ぶ。



「えっ」



 その瞬間。


 手首を掴まれる。


 そして。


 走り出した。



「竜崎さん!」



「近い!」



「近い!?」



「マンション!」



 会話にならない。


 雨が強すぎる。


 観月は何とか頷きながら足を動かした。


 だが。


 掴まれた手首から伝わる熱だけは妙にはっきり感じた。


 振り払う理由などないのに。


 触れられていることを意識した瞬間、胸が苦しくなる。


 前を走る竜崎の背中が近い。


 雨に濡れた横顔がちらりと見えるたび、視線を逸らすのに必死だった。


 数分後。


 二人はエントランスへ飛び込んだ。



「はぁ…はぁ…」



「はぁ…はぁ…」



 びしょ濡れだった。


 髪から雫が落ちる。


 シャツも濡れている。



「大丈夫?」



 竜崎が振り返る。


 その時だった。


 観月は気付いた。


 まだ。


 手を握られている。



「……」


 

 心臓が跳ねる。


 とんでもなく。


 跳ねる。


 雨音だけが響く。


 離さなければと思うのに。


 ほんの一瞬だけ、このままでいたいと思ってしまった。


 握られた指先に力が入る。


 それに気付いたのか、竜崎の視線が観月の手へ落ちた。


 そしてゆっくりと目が合う。


 近い。


 思った以上に。


 濡れた前髪の向こうの瞳が真っ直ぐこちらを見ていて、観月は息を止めた。



 一方の竜崎も、その細い指を握ったままだと気付いた瞬間、妙に鼓動が速くなるのを感じていた。


 離さなければならない。


 そう思うのに、一拍だけ遅れた。



「観月くん?」



「っ」



 慌てて手を離す。

 


「あ、悪い!」

 


「いえ!」



 声が裏返った。


 最悪だ。


 絶対に変だった。


 だが。


 今の沈黙が何だったのか。


 考えるのが怖い。


 竜崎もまた、離れた手の感触が妙に残っていることを不思議に思っていた。



「風邪ひくな」



「誰のせいですか」



「ごめん」



 素直だった。


 それがまたずるい。


 外を見る。


 雨は全く弱まる気配がない。


 むしろ強くなっている。



「しばらく無理そうですね」



「だな

 


 短い返事のあと。


 ふと視線が重なる。


 どちらからともなく逸らした。


 そのわずかな間が、妙に落ち着かない。


 竜崎は少し考えてから言った。



「部屋来る?」



「……え?」



「このままだと風邪ひく」



 それは正論だった。


 正論なのだが。


 観月の心臓には全く優しくない。


 だって。


 好きな相手の家だ。


 しかも二人きり。



「嫌なら全然」



「いえ」



 断れるわけがない。


 そう答えた瞬間、竜崎がどこか安心したように表情を緩めた気がして、観月の胸がまた騒ぐ。



「お邪魔します」



 そう答えながら。


 観月は必死に平静を装った。


 その隣で。


 竜崎もまた。


 観月が来ることに少しだけ安堵している自分に気付きかけていた。


 まだその理由には名前を付けられなかったけれど。


 胸の奥の高鳴りだけは、雨音よりも確かだった。


読んでいただきありがとうございます!

毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

続きが気になったら評価やブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ