第17話 眠れない理由
竜崎大輝が眠ったのを確認したのは。
それから三十分後だった。
「……」
観月亮太はベッドを見下ろす。
熱はまだある。
だが。
薬も飲んだ。
水分も取った。
今できることは終わったはずだ。
「じゃあ帰りますよ」
もちろん返事はない。
竜崎はぐっすり眠っていた。
「……」
少しだけ安心する。
そして。
少しだけ顔が熱くなる。
原因は分かっていた。
『観月くんだから』
「……」
思い出すな。
思い出すな。
そう思うのに。
勝手に再生される。
『一緒に話せて嬉しかった』
『この匂い好き』
『可愛い』
「……」
最低だ。
何が最低かというと。
思い出している自分が。
一番最低だった。
観月は深いため息を吐く。
そして。
静かに部屋を後にした。
◇◇◇
帰宅。
玄関の扉を閉める。
「疲れた……」
夜勤明け。
その後看病。
普通なら。
今すぐ眠れる。
絶対に眠れる。
そのはずだった。
観月はシャワーを浴びる。
熱い湯を頭から浴びる。
少しだけ気持ちが落ち着く。
はずだった。
『観月くんだから』
「うるさい」
誰もいない浴室で呟く。
だが。
止まらない。
『この匂い好き』
「うるさい」
さらに。
『可愛い』
「だからうるさい……」
頭を抱えた。
あの人。
熱があるからって。
何を言っているんだ。
いや。
違う。
問題はそこじゃない。
言われたことを。
自分が気にしていることだ。
「……」
シャワーを止める。
タオルで髪を拭く。
そしてベッドへ倒れ込んだ。
眠い。
体は眠い。
なのに。
頭だけが妙に冴えている。
スマホを見る。
時刻は昼過ぎ。
少し寝ればいい。
そう思う。
だが。
『真面目だなって思ってた』
『優しいし』
『仕事できるし』
また思い出す。
観月は枕へ顔を埋めた。
「……」
恥ずかしい。
とにかく恥ずかしい。
思えば。
最初からそうだった。
救急搬送。
的確な引き継ぎ。
患者への対応。
家族への気遣い。
格好いいなと思った。
憧れた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
だが。
飲み会で全部崩れた。
酒癖最悪。
キス。
嘔吐。
最低だった。
なのに。
「……」
観月は天井を見る。
思い返すのは。
猫の写真を見せてきた顔。
患者が退院したと聞いた時の顔。
今日。
熱で弱りながら謝っていた顔。
そして。
自分を見る時の優しい目。
「ずるいだろ……」
小さく呟く。
誰にも聞かれない声。
もし。
あんなことを。
他の誰かに言われたなら。
ここまで気にしなかったかもしれない。
でも。
相手は竜崎だった。
だから困る。
だから眠れない。
「……」
その時。
スマホが震えた。
通知。
画面を見る。
【高橋】
『生きてる?』
観月は数秒考えた。
そして。
『うるさいです』
とだけ返した。
すぐに返信が来る。
『何かあったな』
『何もありません』
『あったな』
『ありません』
『竜崎さんだな』
「……」
返信を打つ手が止まる。
数秒後。
『寝ます』
送信。
『図星だ』
即返信だった。
観月はスマホを伏せる。
そして。
枕へ顔を埋めた。
眠れない。
全然眠れない。
夜勤明けなのに。
体は限界なのに。
頭の中には。
どうしようもなく。
竜崎大輝が居座っていた。
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