第15話 思い出した夜
体が重い。
竜崎大輝は額を押さえた。
「……しんどい」
夜勤明け。
出動自体は問題なくこなした。
判断ミスもない。
処置も問題ない。
だが。
終わった途端に来た。
頭が重い。
熱っぽい。
たぶん風邪。
いや。
知恵熱かもしれない。
「そんなわけないか」
一人で苦笑する。
最近ずっと考えていた。
観月のこと。
あの日のこと。
思い出せそうで思い出せない記憶。
それが妙に引っ掛かっていた。
だからだろうか。
疲れも溜まっていた。
足取りが重い。
いつもなら平気な距離なのに。
今日は遠く感じる。
「帰るか……」
ゆっくり歩き出す。
その時だった。
「竜崎さん?」
聞き慣れた声。
振り返る。
観月亮太だった。
「観月くん」
「どうしたんですか」
観月が眉をひそめる。
その表情を見て。
少しだけ安心した。
「顔色悪いですよ」
「そう?」
「悪いです」
即答だった。
「熱ありません?」
「あるかも」
「あるんですか」
「分からない」
「分からないじゃないです」
呆れた声。
だが。
どこか心配そうだった。
「家こっちですよね?」
「うん」
「送ります」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないです」
看護師の顔だった。
有無を言わせない。
竜崎は小さく笑った。
「お願いします」
観月が肩を貸す。
少しだけ体重を預けた。
「重いです」
「ごめん」
「筋肉多すぎません?」
「鍛えてるから」
「知ってます」
そんなやり取りをしながら歩く。
途中。
ドラッグストアへ寄った。
「スポーツドリンク」
「はい」
「ゼリー」
「はい」
「解熱剤」
「はい」
「あと何かいる?」
「母親?」
「黙ってください」
怒られた。
だが。
少し嬉しかった。
観月は本気で心配している。
それが分かったから。
◇◇◇
マンションへ到着する。
「鍵」
「ポケット」
「自分で出してください」
「しんどい」
「子供ですか」
文句を言いながらも。
観月は鍵を取り出した。
部屋へ入る。
以前来た時より綺麗だった。
たぶん。
前回の反省だろう。
「ベッド」
「はいはい」
竜崎は素直に横になった。
体が熱い。
思ったより熱があるらしい。
「熱測ります」
「うん」
観月が額に手を当てる。
ひんやりして気持ちいい。
「熱いですね」
「そう?」
「そうです」
観月は体温計を準備する。
近い。
距離が近い。
ふと。
柔らかい匂いがした。
「……」
竜崎の意識が止まる。
観月は気付いていない。
薬を準備している。
近い。
近い。
この距離。
この匂い。
知っている。
絶対に。
知っている。
そして。
その瞬間だった。
夜道。
肩を貸してくれた腕。
近付く顔。
柔らかい匂い。
『お前、いい匂いするな』
観月の驚いた顔。
触れた唇。
『竜崎さん!?』
マンション。
嘔吐。
掃除。
全部。
全部。
一気に繋がった。
「……」
竜崎は固まった。
顔から血の気が引いていく。
「竜崎さん?」
観月が首を傾げる。
「どうしました?」
「……」
思い出した。
全部。
完全に。
思い出した。
キスした。
観月に。
しかも酔った勢いで。
その後吐いた。
掃除させた。
最低だ。
人生で一番最低かもしれない。
「……観月くん」
「はい?」
声が震えた。
「俺」
「?」
「思い出した」
観月の動きが止まる。
数秒の沈黙。
そして。
「……何をですか」
その声が少しだけ低かった。
怖い。
とても怖い。
だが。
逃げられない。
竜崎は覚悟を決めた。
「全部」
観月は無言だった。
それが余計に怖かった。
だが。
それ以上に。
自分がやったことの方が問題だった。
そして。
長い沈黙の後。
観月は小さくため息をついた。
「……遅いんですよ」
その言葉が。
思った以上に胸に刺さった。
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