第14話 忘れていること
何かを忘れている。
竜崎大輝は最近ずっとそんな気がしていた。
観月と食事に行ってから。
正確には。
あの日の帰り道から。
「……」
仕事中なのに考えてしまう。
あの匂い。
どこかで嗅いだ。
絶対に。
なのに思い出せない。
そんなことを考えていた時だった。
「隊長」
佐野がスマホを片手にやって来た。
「ん?」
「飲み会の写真出てきました」
「飲み会?」
「あの合同のやつです」
その言葉に竜崎は顔を上げた。
合同飲み会。
つまり。
記憶を失ったあの日。
「見ます?」
「見る」
即答だった。
佐野が写真を開く。
そこには。
病院組。
消防署組。
大勢の人間が写っていた。
「うわ」
楽しそうだった。
全員。
そして。
「……」
写真の端。
自分がいた。
思った以上に酔っている顔だった。
「終わってるな」
「終わってますね」
佐野も頷く。
さらに次の写真。
「ん?」
観月が写っていた。
病院側の席。
そして。
その隣。
自分。
「近いな」
「近いですね」
近かった。
思った以上に。
肩が触れそうなくらい。
「俺こんな話してた?」
「してました」
「全然覚えてない」
「でしょうね」
佐野は笑う。
さらに写真をめくる。
楽しそうに笑う自分。
呆れた顔の観月。
その組み合わせが妙に自然だった。
「……」
不思議だった。
写真を見ていると。
何かが引っ掛かる。
あと少し。
本当にあと少しなのに。
「隊長?」
「いや」
分からない。
思い出せない。
その時だった。
「出動です!」
署内に声が響く。
「行くか」
「はい!」
考える時間は終わりだった。
◇◇◇
数十分後。
セントラル病院。
「患者男性七十二歳――」
竜崎はいつも通り引き継ぎを始める。
患者の状態。
バイタル。
既往歴。
必要事項を簡潔に伝える。
そして。
受け取る看護師は。
観月亮太だった。
「ありがとうございます」
「お願いします」
いつも通り。
それだけのやり取り。
そのはずだった。
観月が記録を確認するために一歩近付く。
「この数値ですが」
「ああ」
その瞬間。
ふわり。
「……」
竜崎の動きが止まる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
だが。
確かに感じた。
あの匂い。
柔らかくて。
どこか落ち着く匂い。
「竜崎さん?」
「え?」
観月が不思議そうに見ている。
「どうしました?」
「いや」
何でもない。
そう答えようとした。
だが。
心臓が妙に騒がしい。
「……」
どこだ。
どこで嗅いだ。
思い出せ。
あと少しだろ。
「本当にどうしました?」
「何でもない」
ようやく答える。
観月は首を傾げた。
そして。
いつも通り仕事へ戻っていく。
その背中を見送りながら。
竜崎は眉をひそめた。
絶対に。
絶対に何か忘れている。
しかも。
かなり大事なことを。
それだけは間違いなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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