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第12話 思い出せない何か


 食事が終わった。


 気付けば二時間近く話していた。


 竜崎大輝は店を出ながら時計を見る。



「思ったより長居したな」



「そうですね」



 観月も笑った。


 正直。


 楽しかった。


 観月と話すのは仕事中だけだと思っていた。


 だが。


 こうして仕事以外の話をすると意外と話題が尽きない。


 猫の話も。


 休日の話も。


 仕事の愚痴も。


 不思議なくらい自然だった。



「送るよ」



 竜崎が言う。



「大丈夫ですよ」


 

「でも夜だし」



「平気です」



 そう言って観月は道路の向こうを指差した。



「こっちなんで」



「あ」



 竜崎は固まった。



「俺もだ」



「……」



 観月が無言になる。


 

「え?」



「前も言いましたよね」



「言ったっけ」



「言いました」


 

「飲み会の時?」



「飲み会の時です」



 そこでようやく思い出した。


 そうだ。


 確か。


 同じ方向だった。


 

「そうだった」



「そうだったじゃないです」


 

「ごめん」



「覚えてないですもんね」



 少しだけ棘がある。


 まだ怒っているらしい。


 

「本当にごめん」



「何回目の謝罪ですか」



「分からない」



「でしょうね」



 観月は呆れたようにため息をついた。


 だが。


 少し笑っていた。


 それを見て竜崎もつられて笑う。


 二人は並んで歩き始めた。


 夜風が心地いい。


 食事の後だからだろうか。


 空気も柔らかかった。



「猫好きなんですね」



 観月が言う。


 

「好き」



 即答だった。


  

「知ってます」


 

「実家帰ると猫しか撮ってない」



「でしょうね」



「アルバム見せる?」



「遠慮します」


 

「なんで」



「量がおかしいからです」



 失礼だな。


 だが否定できない。



「観月くんは?」



「何がですか」



「休日」


 

「あー」



 少し考える。



「家で寝てます」



「もったいない」



「夜勤あるんですよ」



「確かに」



 それはそうだった。


 お互い不規則な仕事だ。


 休みの日くらい寝たい。



「映画とか見ない?」



「たまに見ます」



「何系?」



「サスペンス」



「意外」



「何がですか」


 

「恋愛かと思った」



「見ません」


 

「即答」



 竜崎は笑った。


 観月は少しだけ不満そうだった。


 そんな他愛ない会話を続けながら歩く。


 気付けば住宅街に入っていた。


 街灯の光が二人を照らす。


 その時だった。



「あ」



 竜崎が足を止める。



「どうしました?」



 観月が振り返る。


 襟元。


 小さな何かが付いていた。


 葉っぱか。


 虫か。


 よく分からない。


 

「動かないで」



「え?」



「なんか付いてる」



「何がですか」



「分からない」


 

「分からないんですか」



「取るから待って」



 そう言って手を伸ばす。


 自然と距離が近付いた。


 観月が少しだけ身を固くする。


 

「竜崎さん」

 


「動くなって」


 

「近いです」


 

「今だけ」



 指先でそれを摘まむ。


 取れた。


 その瞬間。


 ふわり。


 何かが鼻をかすめた。



「……」



 竜崎の動きが止まる。


 観月が不思議そうな顔をした。



「取れました?」



「……ああ」



 返事をする。


 だが。


 意識は別のところにあった。


 この匂い。


 どこかで。


 知っている。


 柔らかい。


 落ち着く匂い。


 記憶の奥を掠める。


 夜道。


 近い距離。


 温かい体温。


 そして。



「……」



 思い出せない。


 あと少しなのに。


 

「竜崎さん?」



 観月が首を傾げる。


 

「どうしました?」



「いや」


 

 竜崎は観月を見る。


 そして。


 もう一度だけ。


 その匂いを感じた。

 


「……あれ」

 


「?」



 竜崎は小さく呟く。



「この匂い……」


 

 どこで嗅いだんだっけ。

読んでいただきありがとうございます!


毎日12時に投稿予定です५✍⋆*

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