7.小丸山公園
時代設定は平成です。
拙い表現も多いと思いますが、新しい回の追加と並行して、以前の回も適時修正しています。エピや会話の増補もあります。
よろしくお願いします。
冬の夕暮れの小丸山公園は、人の気配が薄かった。
遊具の鎖が風に鳴るたび、やけに耳につく。
ベンチに座る汐ノ宮は、膝の上で指を組んだまま、動かなかった。
昨夜から、頭の中は同じところを回り続けている。
衝撃の瞬間。降り注ぐ破片。そこまでは、確かに自分の記憶だ。
だがその後──惨状の中から、気を失った自分が背負われて退避していく光景。あれは、自分を外から見ている。他人の視点なのだ。
《なぜ、そんな記憶があるのか》
《なぜ、自宅に戻っているのか》
《なぜ、何事も起こっていないのか》
今朝、母に、学校を休むと告げたときの、驚いた顔。
昨夜の私はどうしてた、と訊いたときの、訝しむ顔。
暗くなってから帰ってきたから心配した──その答えに、驚いたのは自分の方だった。
《母の中には、私の知らない昨夜がある》
テニスコートの向こうから、自転車を押して坂を登ってくる学生服が見えた。息を切らしている。
※※※
彼方は必死にペダルを漕いだ。
《元気なのか。信じてもらえるか。――置き去りにしたんだぞ》
坂を登り切ると、茜色に染まる公園のベンチに汐ノ宮は座っていた。
手編みの白いセーターに、タータンの襟巻き。初めて見る私服に、胸の奥の何かが掴まれた。
「ま、待った……?」
汐ノ宮は目を落として軽い会釈をした。返事がない。こちらを見ない。呆れられるんじゃないか。相手にされないんじゃないか。
人三人分を開けて、ベンチの一番端に腰かける。
「来てくれて、ありがとう」
その小声に、また心が揺さぶられる。汗を拭い、息を整える。
小丸山公園で、彼女と同じベンチに座っている現実が信じ難かった。汗ばむ手を、何度も握り直した。
※※※
「昨日……」
汐ノ宮が切り出した。
衝突か何かで、自分は失神したのか。どうやってあの場から帰宅できたのか。なぜ、何事も起こっていないのか。彼方くんは、どうやって、今を迎えているのか――
彼方は戸惑いつつも語り始めた。
慎重に言葉を選ぶつもりが、反応の少ない汐ノ宮に焦って、雄弁になっていく。大きな宇宙の機械の激突によって破壊された教室。その機械から分離して宙に浮かぶ丸いAI。大きな機械は故障していて、自分が偶然持っていた修理材料をAIに渡したこと。次第に意識が薄れ、目覚めたのが翌朝の自宅で、登校するといつもの学校だったこと──。
視線を落としたまま、汐ノ宮の相槌はほとんどない。
夕暮れの公園は、風でベンチ脇の枯れ草が擦れる音だけが聞こえる。
汐ノ宮は膝の上で組んだ指から、顔だけ少し彼方に向けた。
「彼方くん……アニメは、好き?」
「えっ?」
……しまった。
言葉を失う。手痛い失敗を繰り返しているのに。呆れられるのは分かっていたのに。
汐ノ宮は間を置き、一寸先の空を見つめて、
「……スローイン……」
彼方の顔を伺う。
「……?」
「……カタパル……」
「えっ!?」
「……」
「ミレニアム……」
「えぇっ!!」
彼方の顔から、血の気が引いた。
《そうなのか。あれが、あなたの夢》
《アニメ? 子供番組? わたしが、副操縦士……??》
《なぜ、私の中に──》
理解できない、説明できないことの連続だ。
振り払いたい。今頃は塾に出かける時間だ。帰って二時間の予習、持ち帰った生徒会資料の推敲……。
瞼を開けると、片隅に、気の毒な程焦っている彼方が映った。
慌てて家を飛び出してきたのだろう。学生服だ。
強烈な記憶が甦る。
破片が降り注ぐ。学生服の背中が、覆い被さる。
風が吹いた。
彼女の前髪が揺れ、その奥の視線が、真っ直ぐ彼方に向いた。
「わかりました」
すっと立ち上がる。
「今日は、ありがとう」
そして、彼方をみつめたまま、はっきりした声で付け足した。
「昨日、助けてくれて、ありがとう」
恥ずかしくなった。誤魔化すように目を逸らす。少し歩いてから、心持ち振り向いて、ほのかに微笑んだ。
「……明日は、学校に行くから……」
汐ノ宮の横顔は、少し青ざめて見えた。
夕闇のせいでは、なく。




