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6. 翌日

時代設定は平成です。

拙い表現も多いと思いますが、新しい回の追加と並行して、以前の回も適時修正しています。エピや会話の増補もあります。

よろしくお願いします。

蛍光灯のカバーに入り込んだ小さな虫の影がある。夏からずっとそこにある。カーテンの隙間からどんよりした曇り空が見える。学習机の上の通学用リュック。本棚には作っていないプラモデルの箱。充電コードにつながった携帯。

目覚ましの表示が視界の片隅に入った。

《7時15分!? やば、アラームセット忘れたか》


クロークの扉に掛かった学生服…

…学生服…?

《学生服は汐ノ宮さんに掛けた筈だ…》


彼方は飛び起きた。

パジャマを着ている。自分の部屋だ。

「遅いよ〜っ、起きな〜っ」扉越しに母の声が響いた。

混乱して声が出ない。めちゃくちゃになった教室、黄色い機械、それらを覆い隠す不思議な技術、赤い瞳の球体が浮かんで…

そして意識を失った、汐ノ宮さん…

「起きな〜っ!」

「お、起きてる、す、すぐ行くから」

「早くしなっ。ご飯冷めるよっ」


居間のテーブルに、鮭の切り身と味噌汁とご飯が並んでいた。

父が新聞を広げてスポーツ欄を読んでいる。

テレビが朝のニュースを流している。金沢市内のイベントの告知、能登半島のカキ漁の様子、冬の交通安全週間。そして次のスポーツコーナー。

「あの…」

父が新聞の上から目を上げる。

「なんか大きな事件なかった?」

ほんのちょっと眉を顰めた父は、

「なんだいきなり、気になることでもあるのか」


母はエプロンを外して出勤の支度を始めた。コートを羽織ったり、あれがないと呟いたりで行ったり来たりしている。

「お、お母さん」

「昨日…おれ…何時頃帰ってきたっけ」

母は支度の手を止めて怪訝な顔をした。

「変なこと言うね〜ボケてるとは思ってたけど」

「録画忘れたとか騒いで帰ってきてゴレンジャーみたいなのを見てたじゃないか」


※ ※ ※

食事もそこそこに玄関を飛び出した彼方だが、すぐにその歩みは遅くなった。


横断歩道では旗を持った保護者が小学生を誘導していた。交差点もこの時間だけは車の列が延びる。七高生の自転車が、白い吐息とともに彼方を追い抜く。

何も変わらない七尾の朝だ。


中学校に向かう路地に、学生服と女子のコート姿がゆるゆると吸い込まれていく。

煙は上がっていない。パトカーが向かっていくわけでもない。


角を曲がると、校門の向こうの御祓中学校は、ただいつも通り立っていた。


※ ※ ※

《修復した跡がない...いや、壊れた痕跡がない…》

廊下にしゃがんで、床から壁を舐めるように凝視していたら、ドンと押されて額が壁に貼り付いた。

「何やってんのお前」

佐備はダルそうに続ける。「いつも変だけど今日は一層だな」


もうすぐ始業だ。だが、汐ノ宮の姿が見えない。

ぽっかりと空いた席を見ていたら、

「休みだってさ」

いつのまにか楠風台がすぐ横で膝に手をついて、彼方の横顔を覗いている。

「本人から連絡があったって。日直の娘が職員室で聞いたって」 

「本人から!?元気なのっ!?」

周囲の何人かが振り向いた。佐備も目を丸くする。

「お前そんなにマジだったのか」

「プリント届けに行きなよ~うりうり」


その汐ノ宮の机の向こうから、古市が子分を従えて入ってきた。黒板を横目にズカズカ近づいてくる。

「よう、ちゃんと見つけたじゃんか」

「??」

「俺のヒントが良かったんだろ~」と乱暴に胸を突かれる。

硬いものが肋骨に痛い。


学生服の胸ポケットに、万年筆が刺さっている。


学生服は、汐ノ宮さんに掛けた筈だ。万年筆は、あの球体に渡した筈だ。

……ちゃんとした記憶だ。なら、俺は頭がおかしくなったのか……?


担任の小俣先生が入ってきて、みんなガタゴソと席につく。

HRが始まった。

彼方は、周りから見えないように、机の下でこっそりと万年筆のキャップを取った。


ペン先が……無い……!!


やはり昨夜の出来事は現実だ。

だったら何も起こっていないこの学校は一体どういうことなんだ!?


昼休みはおかずを咥えたまま壁や天井を凝視して佐備にまた呆れられ、体育では校庭の端を見に行って先生に怒鳴られた。清掃時は雑巾を持って床に這いつくばり破壊の痕跡を見つけようとしたが、徒労に終わった。


午後には晴れ間も広がった。12月は日が傾くのも早い。

彼方はリュックを背負い、夕日を背に校門を出た。


「ただいま」

居間で母が電話で誰かと喋っている。

靴を脱いでいると、母が出てきて、子機を彼方に押しつけた。

「電話だよ〜」 変にニヤニヤしている。

「誰から?」

「私が聞きたいわ」 「やるねぇ、あんたも」


子機をとると、向こう側で小さく息を整えるような間があった。


「…汐ノ宮です…」

「…会えないかな…」

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