2. 激突
時代設定は平成です。
拙い表現も多いと思いますが、新しい回の追加と並行して、以前の回も適時修正しています。エピや会話の増補もあります。
よろしくお願いします。
教室の天井は廊下の照明で明るく、暗がりでも薄ぼんやりと輪郭が分かった。こんな時間に教室に入るのは初めてで、中二にもなって暗いのが怖いのが情けない。
彼方は古市が捩じ込んだメモ帳の切れ端を携帯のライトで照らした。
《万年筆は教室のどこかにある。さあ〜見つけられるかな?》
フェルトペンのなぐり書きに、彼方は奥歯を噛んだ。
今日は水曜日だ。今頃『機甲戦隊グランディス』の新エピソードが始まっている。
先週の予告で、新型主役機の発進シーンが一瞬だけ流れた。最近の丸谷プロの特撮は本当にカッコいい。
録画予約をしていない。こんなことであの発進シーケンスが見られないなんて…
彼方は、頭を振った。
クラスにバレたら、終わる。
リア充に馬鹿にされ、女子にも呆れられる。古市なら戦隊だのウルトラだのと卒業まで言われる。そして…
汐ノ宮の耳にも、入る。
あの汐ノ宮に、特撮モノに夢中になっているオタクだと知られる。
想像しただけで、額が熱くなった。
自分は現実的な側の中学生だ。特撮モノは見ない、アニメも見ない。
彼方は携帯を握り直した。
誰もいないのを確認して、まず古市の棚を探る。体操服の袋、ぐしゃぐしゃのプリント、空のペットボトル、
無い。
甲田の棚、新家の棚、掃除用具入れ、窓際のカーテンの裏、
どこにも無い。
古市も酷だ。隠すところが多すぎる。見つかるわきゃない。
肩を落としため息をついたところに、
「…?」
教室の後ろの入り口に人影がある。廊下の光を背にしているので顔は見えない。けれど輪郭だけで分かった。
「えっ…し、汐ノ宮…さん?」
心臓が跳ねた。どうしてこんな時間に?
《見られた…見られたか?、人の棚を漁っているところを》
会話だ、会話。そうだ、言い訳を…
「い、いま棚を見ていたのは…その…いや違くて、し、汐ノ宮さん、こ、こんな遅くまで残って…」
《何言ってんだ俺は〜》
「…生徒会の会合があって」汐ノ宮は小声で答えた。
「あっ、あっ生徒会かぁ大変だねー」声が裏返る。
ぐるぐる回る頭の中に、午前中の汐ノ宮と生徒会長の談笑がよぎる。
《なんか喋んなくちゃ…こういう時は何喋ればいいんだー?》
《ってこんな薄暗い教室で汐ノ宮さんと2人きりって何?このシチュエーション》
掌に汗が滲む。動悸が聞こえるんじゃないか?
汐ノ宮は、数歩だけ教室の中へ入ってきた。
- - -
生徒会が長引くと暗い教室で級友に会うことはまず無い。だけど今日はこれで二人目だ。驚き焦った様子の男子は「彼方」くん。昼間に藤井寺さんが仲裁したあの出来事の被害者で、小学校でも同じクラスだったのは覚えていた。
彼がどういう理由で居残っているのかは既に分かっている。知っていることを端的に伝えるために傷口に触れない切り出し方を探す。
「…モンブランとか」
「え?」
「パーカー、とか…」
「⁇」
父が持っていた万年筆の知識を持ちかけるのはやり過ぎか。自分が言葉を弄すなんて。宵闇に男子と2人、戸惑いや焦りをもたらすこの状況が、嫌だ。
- - -
彼方はカタカナの意味を理解していた。驚いたのは汐ノ宮がいきなり自分が探している万年筆のブランドを口にしたからだ。
話題を寄せてくれている。仄かに何かが暖まった。
汐ノ宮は取り繕うように視線を動かす。
「自分の机の上は見た?」
「えっ?」
隠すのに自分と関係のある場所は選ばないだろうと、初めから全く考えなかった机、そこに携帯のライトを向けると…
白い棒がひとつ置いてある。
「チョーク…」
「古市くんが置いてた。ちょうど生徒会に行くときに会ったの」
「…これって…ヒント?」
汐ノ宮が小さく首を傾げた。
「古市くんが置いたのを見ただけで他はわからない。ごめんなさい。」
男子の羨望の的からごめんなさいなんて聞いたと小さく感じ入っていたら、視界の片隅に黒板に向かって白くなっている床に気づいた。チョークの粉が携帯の光に反射する。
「…そうか…」
「汐ノ宮さんが来たから慌てたのか…」
携帯ライトを黒板に向けた。遠目にらしきものは見当たらない。
気になったのは、粉受けの下のチョーク入れ。
近寄ろうとしたそのとき…
「それじゃ、彼方くん」
透き通る声に推測が遮られた。
汐ノ宮が教室後方の扉に向かおうとしている。ショートボブの輪郭に心持ち振り向いた瞳の輝きが刺す。
瞬間、苦い記憶になるのがわかった。
やはり自分を取り巻く現実は変わらない。今は彼女にとって、淡い出会いの瞬間などではないのだ。
何勘違いしてんだオレ…
その刹那、教室が、白く灼けた。
目も眩む閃光。耳をつんざく轟音。
壁が砕け、床が跳ね、世界が裏返る。体が浮いた。
気がつくと天井を見上げていた。いや、天井だったものを見上げていた。
蛍光灯が外れて垂れ下がっている。金属のフレームに配線が剥き出しになっている。
ひどく霞んでいる。粉塵、断熱材の白い繊維。
視力が、戻ってきた。校庭側の壁は柱ごと消し飛んでいた。大きな岩のようなものが視界を妨げる。それはコンクリートの塊で、歪んだ鉄筋が何本も突き出していた。その先端が誰かの机の天板を貫く。足が捻じ曲がった椅子が転がる。教室中央を横切るように床が大きく裂け、深い谷状の亀裂が教室の前後を分断している。割れた基礎が転がり落ちていた。裂けた水道管から地層の模様に水がほとばしる。
《何が起きた? 地震? ガス爆発?》
黄色だ。大きな黄色い何かがある。それは、校舎の基礎や地面が深くえぐれた先で、廊下側の壁を突き破ってつんのめっていた。
曲面のボディ、メタリックな円柱状の脚…
我に返った。自分は柔らかい何かの上に倒れかかっている。
振り向くと、目を閉じた汐ノ宮の顔が触れる程の近さにあった。
「うわっ」
女子をこんな近くで見たのは初めてだ。輪郭が小さい。すごく綺麗だ。心臓が縮んだ。唇が薄く開いて、浅い呼吸が漏れている。髪が、制服が、埃で真っ白だ。
慌てて離れたが、どうも様子が変だ。 反応がない。細い腕がだらんと下がる。
「汐ノ宮さ…」
激しい放電音が部屋を満たした。目も眩む光が、黄色い物体の先端部のあたりから壁や天井の凹凸を焼き付ける。
《ヤバい。逃げなきゃ。汐ノ宮さんも…》
一瞬戸惑う。女子を触っていいのか? だがそんな場合でない。
彼女の腕を取った。力がない。意識がないんだ。
脇を組んで持ち上げようするが思ったより重い。
綺麗な足が瓦礫の中を引きずられる想像で背負う事を決意する。
しゃがみ込み、どうにか持ち上げた。
少女の体が背中に密着する。柔らかい髪が自分の頬を撫でる。
心臓が無駄に跳ねる。《いや、何考えてるんだ!》
突き出た鉄筋から彼女の脚を避けて、踏み外さないように足場を確かめながら、どうにか校庭側に出た。
踊り場のコンクリートに彼女を横たえる。
手首に親指を当てると弱いが脈動がある。
「汐ノ宮さん…」
掴んだ腕を振るが意識は戻らない。
救急車を呼ばないと。
携帯は…
ポケットを探す指が、ふと止まった。
あまりに静かだ。
周りを見渡す。
「えっ…?」
いつもの学校だ。何も破壊されていない。散乱したガレキも校庭に深く穿かれた裂けめは無く、くすぶる焔も、耳を突く放電音もない。教室の窓ガラスは冷たく街灯を反射している。御祓中学校が、いつも通りそこに建っていた。
壊れていたのだ。壁が崩れ、床が裂け、黄色いなにかが突き刺さっていた。あの崩壊と閃光は現実だった。
なぜか気持ちが教室に向く。何かに心が掴まれているかのようだ。
彼方は学生服を脱いだ。寒い。だが汐ノ宮はもっと寒いはずだ。
学生服を彼女にかける。
「すぐ戻るから」
校舎に近づくと、妙な気配がした。空気の密度が変わったような、温度が一段上がったような。
一歩踏み込んだその瞬間、破壊の惨状の中に立っていた。放電音が耳を刺し、粉塵と焦げた臭いがまとわりつく。
「うわっ!!」
慌てて後ずさる。その一歩で、音が消え、夜の冷気に包まれた。森閑とした夜の学校が広がった。
《え?、えっ⁉︎、なんだこれ》
繰られるように足が前に出る。
《戻るんだ。意識がないんだぞ。 そばにいて救急車を呼べ》
すかさず何かがその考えを覆い隠す。心が教室の方に引き摺り込まれる。
派手な黄色が目に飛び込んでくる。
台座の四隅から太いメタリックな円柱状の脚が下に伸び、変速機のような構造を介して円盤状のドリル?が光る。
だが、これは機械なのか。
見たこともない有機的な形状とメカニカルな設計部分が所々で融合している。外殻の曲面と一体化した配管は幾何学的に編まれた繊維のようだ。それが分岐してスリット内の構造に…
《機械…?、だったらどこから?》
振り返った彼方は、言葉を失う。目に入ったものが信じられなかった。
教室を破壊し分断した大きな裂け目が、貫いていた。
校庭を、奥の田畑を、満天の星空の下、闇に飲まれるまで。




