Ⅰ24.捻くれ少女は携わされる。
「げっ…」「あら」
げっ…は流石に酷いんじゃないかしら。
私だって貴方に会いに来たわけじゃないのだし、と言いそうになるのをぐっと抑え込み、目の前で私を見下ろす彼に目を向けた。
「お久しぶりです、エレミヤさん」
エレミヤ・ヤハウェ。
現在も現役であるソレイユ王国最大の教会の神父の息子。
家業を継ぐのか否かは知らないけれど、その素質は十分あると思う。スピリット様が、「あれからおれの所毎日掃除してくれるんだよね〜助かる!」って言っていたし、根は真面目な方なのだと思うから。
「チッ…バケモンの餓鬼が…」
……口が悪い所だけが彼の欠点かもしれないわね。
「それより、プラーミア学園に何かご用ですか?」
聞いておきたかったのよね、どうしてプラーミア学園に来ているのか。
私が問いを投げかけてみると、エレミヤさんは悪態を付きながらもちゃんと応えてくれた。
「魔法の研究、手伝ってんだよ」
「まあ、良いわねそれ」
私も大きくなったら研究に力を貸そうかしら、前線に立つのは苦手なのよね。一応聖女として戦地に立っていたけれど、それもこれもお兄様のお陰で成り立っていたような物だし。
それを考えれば私一人なら研究とかに力を入れていくべきなのかも。
「なんだよその言い方…」
「普通に良いわねって言っただけなのだけれど」
どういう意味かしら、と思いそう言い放てば、即座に「ちげぇ」、と返ってくる。
「別に良かねぇだろ」
「?自ら協力してるのではないのですか?」
んな訳ねぇだろ、とハッキリ述べてくるエレミヤさん。
「成り行きだ馬鹿野郎、俺が好き好んでこんな場所なんざ来るかよ」
「……そうですか。」
本当にそうなのかは別として、そう思っているなら仕方がないわね。私はそう言い放つと、そのまま校舎とは別の方に向かって歩き始める。
すると、後ろからエレミヤさんもついてきた。
「…まだなにか?」
「てめぇは自意識過剰なんだよ、俺もそっち方面だわ」
ドアホ、と小突かれそうになるので、なんとか避ける。
避けられると思わなかったのか目を見開くエレミヤさんだったが、すぐに舌打ちをしてバケモン、と呟いた。
だけど、私に用事がないならよかったわ。
そう思い、私達は同じ棟の前へとたどり着いた。
「「………」」
なんというか、物凄く気まずいわね。
てっきり別の場所だと思っていたからこそ、余計に。
「……なんの用だ」「私の台詞です」
お互い何も言えなくなり、ため息をついて棟の前で留まる。
この魔法学専門の塔、所謂魔法塔には殆どの生徒は出入りしていない。その実体は、国からの支援を受け魔法について研究する施設だった。1000年前はお母様が所属していたこともありお城の近くに位置していたが、現在は王都の端であるプラーミア学園に移設されているみたいなのよね。
私は今日先生伝手でミリアムさんから呼ばれたのである。
エレミヤさんも今日は校舎側ではなくこちらに呼ばれたということなのだろうか。
「あっ…てぃ…てぃてぃティーア様…っ、え、ええ、えれ…エレミヤ殿…!」
すると、塔の木製の扉が音を上げて開き始め、中からローブを羽織ったミリアムさんが出てきたのだ。相変わらずローブはとてもブカブカだったが、凄くよく似合っている。
「ご、ごごご…ごめんなさいませ、い、いそ忙しくて…せんっせいに、でんごん…して、もらっちゃって…」
しゃがんで目線を合わせながら、「本当は私が迎えに行くべきだったのに…」と言い放つミリアムさん。
「大丈夫ですよ」
だけど、ここまで歩くなんて造作もないことだわ。
前世ではお兄様に無理を言って馬車無しで城下まで行ったり、エルフの森やダンジョンなんかに徒歩で行ったことなんかもある。…最も、帰りは疲れて送ってもらうことの方が多かったのだけれど。
「エレミヤ殿も、き、きき…きてくださり…ありがとう、ござい…ます!」
「俺はこれ届けに来ただけだからもう帰るけどな」
笑みを浮かべるミリアムさんに、エレミヤさんは冷たくそう言い放った。だけど、ミリアムさんは昔のように怖がる…わけではなく、不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「ですが、いつもはのこっって…」
「バケモンと一緒になんざ居てられるかよ」
そう言い私を見てくるエレミヤさん。やだ、バケモンって言っても、エレミヤさんの前でやったのはアレが最初で最後だった筈じゃない。
しかも、あの時は私自身は殆ど何もしてないわ。スピリット様が全部やってくれたんだもの。
「本物のバケモンさんに失礼ですよエレミヤさん!」
「………安心しろ、お前は本物だ」
…何も安心できないのだけれど。
「よかったらお茶…出しますっッから、ゆっくりしていってください!」
「チッ…」
「あひゅぅ!?」
も〜。エレミヤさんったらミリアムさんを困らせないであげてほしいわ!全く。
「…さあ、ティーア様は…な、中に、入りま…しょう!」
ミリアムさんに導かれ、棟の中に足を踏み入れる。
中に入ってみれば意外と広く、机の上には幾つもの実験用具が置かれ、見上げれば、本棚が奥までずぅ〜っと続いていた。
人も何人か居て、実験中の人や本を探している人がいる。
「ここは今、ソレイユ王国でさいだいきゅうともよ、よば…れる、魔法の研究の施設っッなん、です、…それで、ティーア様に、おりいって…お願い?が、ありまして…」
ミリアムさんの一角なのか、奥の方の椅子と机の所まで案内され、おもむろに呟かれた。後ろからはエレミヤさんの気配はしないので、恐らくもう帰ってしまっているのだろう。
というか、お願いとは。ミリアムさんに聞き返せば、前髪を払いながら口を開く。
「こ、こここ、この文献を、一緒に読み解いていただけませんか…!?」
すっと出されたのは、古そうな一冊の本。ペラっと捲られたそのページにはびっしりと文字が書かれている。なんでも、王達によって解読することになったうちの一冊らしい。まだまだあるのだが、それの一部がこの本だそうで。
…この文字は、私が使っていた文字だ。
1000年も経ち、文法や単語なんかも、全て“古典”となってしまった文章だけど。でも、私には一発で理解することができる。…だって、私はこの言葉を使って生きてきたのだから。
「…ティーア様…?」
「あっ…いや、その…」
だけど、…読んでしまったら怪しまれる。
特にこれは王家の命令、…国王陛下に伝わるに決まっている。ブレイズ陛下に伝わったらどうなることやら…。少なくとも今のように誤魔化すことなど不可能に近くなってしまうだろう。
だとすれば、ここはきっぱり………
「だめ、ですよね…ごめんなさ…」
「いえ、やらせてくださいっっっ」
あ、無理。全然無理です!!!!
そんなにも悲しそうな顔をされて、“やりません”なんて言えるわけ無いじゃないですか!
「ふぇっ…ほ、本当ですか…!?」
そ、そんなに喜ぶことじゃないですよミリアムさぁん…
「はい…出来る限りは協力します…!」
「あ、ありがとうティーア様!!!!」
……それにしても、気になるわね。
どうしてそんなことを頼むのかしら、国王陛下ったら。それに、どうして私が古典が出来ると思ったのだろうか。だって、この時代の精鋭が読んでも解けない物をただの小学部生に任せるだなんて、あまりにも不自然過ぎるわ。
「……あれ…、……」
ミリアムさんがお茶を淹れてきますね〜と言い向こうに去ってしまったので、私は一人、差し出された本を読んでみた。そして、ある事実に気がつく。
この筆跡、見たことあるわ。
しかも、この内容…彼が研究していたことそのものじゃない。あの時は拙い文字だったけれど、よくよく観察してみれば似てる部分がある。癖とかがすごくよく似ているもの。…だけど、あの時よりも格段に上手になっている。
いっぱい、努力したのね。凄いわ、…スー。
「??ティーア様……?」
「いえ、なんでもありません!」
戻ってきたミリアムさんが不思議そうな顔をしているが、私はパタンっと本を閉ざした。そのまま傾きそうになるティーカップに手を添え、ミリアムさんのお手伝い。
お客様なんだから…!と言われてしまうが、私だってお茶を淹れるのくらい…
「あっつぅい…」
と思いポットを触った瞬間、火傷するくらい熱かった。
……水って冷たいだけじゃなくて熱くもなるんだってこと、すっかり忘れてたわ。うーちゃんもたまに物凄く熱々になるのよね、最近は大丈夫なのかしら。…じゃなくて!!!
「…わ、わた…私がやりますよ!ティーア様は、座ってて…休んでいて…くださいッ…!」
なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。…うぅ、私だって出来るのに!頑張ったら出来るのに!!
「…そういえば、私が古典出来るって誰から教わったのですか?」
私はミリアムさんに何気なくそう聞けば、ミリアムさんは一瞬固まる。学園では知らないフリを徹底しているからこそ、余計に気になってしまうのだ。
「…う、うう…噂…では、こ、公爵夫人…?が、ティーア様をす、すい…推薦なさったそう…ですっ。王家からの、直接の通達で、ティーア様はな、名前だけ…だったので、しょ、詳細は私も分かりません、が…」
なるほど、公爵夫人が…。私のことを知っているということはエンシャンツ家、シュティーナ様か…
「……」
―え、シュティーナ様、なんで???
シュティーナ様、どうして私が古典が出来るって知ってるのかしら…。どこかでやらかした?いやでも、夫人と会う機会なんてそうそう無いわよ、生誕祭でも殆ど会わないし、エンシャンツ家に呼ばれた時だって、入学手続きについて色々伺ったくらいだもの、…そこまで深く関わってなんかいない筈。セラフィーナさんやレオンハルトさんだって、秘密は守ってくれそうだし、だとしたらどうし…
『…ということだから、必要な物はこの紙にまとめておいたわ。入学式までに用意しておくこと。もちろん無理な物があったら遠慮なく私達に言いなさい!ティーアさんの付き添いとしてロータスさんに同じ紙を渡しておくけれど、貴女にも渡しておくわね』
……あれ? あの紙って……
さーっと血の気が引いていく気がする。…シュティーナ様から頂いたあの紙、古語で書いてなかった…?簡単な文章で読みやすくて、私に読みやすく書いてくれたのかなぁって思ってたんだけど…
「あの…はい、どうぞ…あ、あつ…お熱いので、お気を付けてくださいっね…!」
「ありがとう…ございます…、」
この時代の人が解読出来ている範囲で書いていたのだとしたら…? 古典単語として起用されている部分があることは否めないが、同じ“人の言葉”。多少の解読なら出来ているだろうし、私もなんとも思わないくらい“馴染んでいた”。
まさかこれ、シュティーナ様に鎌をかけられたんじゃ…
「はぁ…」
やられたわ、セラフィーナさんやレオンハルトさんとは一味も二味も違う。…流石大人ね。お兄様みたく抜け目がないわ。
ぼーっと生きていたらそれこそ食われる。…その意図が分からない以上、気を引き締めないと。
だけど、目の前でこうして微笑んでくれる人が居るのは凄く嬉しいから。…きっと私は、これからも頼まれたら引き受けてしまうのだろうな、と思いながら。
ーーーーー
「…シュティーナ・エンシャンツ。また勝手に…」
「あら、ジャンルカや三大公爵家の許可は取ってるわよ」
だから勝手じゃないわ、とニコニコしながら言い放つシュティーナ様。彼女の隣では、カイザルト様が苦笑いで縮こまっている。
「そういう問題じゃないだろ、」
不貞腐れたように紅茶を嗜むのは、お二人の目の前に座るブレイズ国王陛下。
「ブレイズ陛下は仲間外れにされたのが嫌だったのでしょう」
「ちっがぁぁぁぁぁああああああああう!!!」
場所は、客間の一室。
「ジャンルカ、お前はまた余計なことを…!!」
「あら、そうならそうとおっしゃって?貴方は昔からそうよね、余計な一言は多い癖に肝心の一言は足りないんだもの」
シュティーナ様がそう悪態をつけば、ブレイズも「なんだと…!?」と乗っかり、いつも通り口喧嘩となる。
カイザルト様がため息をつくも、2人の口喧嘩は加速するばかり。昔とは違い更に語彙力を身に着けた所為か、俺が会った時よりも激しい攻防が続いていた。…まあ、それでもブレイズはまだまだシュティーナ様に追いつかないみたいだが。
「ジャンルカ君もすまないね、シュティが色々迷惑を掛けているようで」
「いえ、とんでもないです。カイザルト様が幼い頃からこれを見てきたのだと思えば、自分も頑張れますから」
その点、穏やかに口を開いてくれるカイザルト様。
一見心優しい方に見えるのだが、実際の所、エンシャンツ家の管轄は武力関連。人は見た目によらないとはこのことなのだろうか、カイザルト様も昔はだいぶ好戦的な性格だったらしい。自分がプラーミアに来た時は今のように穏やかな人だったのだが。
「シュティ、イズ、落ち着きなさい」
「「…はーい。」」
だけど、カイザルト様のその一言で大人しくなるお二人を見ていれば、想像がつくような気もした。そして同時に…
「似た者同士、流石姉弟ですね」
笑いながらそう言えば、同じようなジト目で見られる。
…2人して周りには見せられないような顔をしてくるので、更に笑いが込み上げてくる。
「ジャンルカ?!冗談はよして頂戴。イズと一緒にしないで」
「こっちこそ、姉さんと似てるなんて良い度胸じゃないか、ジャンルカ」
そういう所が似てるんだよなぁと思いつつも、紅茶を一口頂くことに。
「まあまあ、シュティもイズもジャンルカ君も、……気になるから行動したんだろう?」
話は戻るが、元々は“ティーアさんへの協力依頼”についてだ。
ブレイズ陛下が王家の古語で書かれた資料を読み解こうとし、それをプラーミアの魔法棟に依頼することにおいては全会一致だった。しかし、シュティーナ様が彼に何も言わず“ティーアさんにも協力を依頼した”のが問題だった。
自分や公爵家には許可を取っており、知らないのはブレイズだけだったみたいなので良かったが、…その理由をまだ聞いていなかった。
カイザルト様の言う通り、“気になるから”が正しい理由なのだろうが。
「…ティーアさんには、確実に何かある」
「表向きはただの孤児なんだろ? なら…」
シュティーナ様はブレイズの言葉に動じない。
そればかりか、何かを確信したかのような顔で言い切る。
「孤児だからこそ、よ。…出生が分からないからこそ、彼女が“特別”である理由になると思うの。」
出生が分からない。だからもしかしたら、普通じゃないのかもしれない。
確証は無いが、普通ではないことは明白だった。
―「もういっかいやりますねっ」
…あの時のティーアさんは、…明らかに普通じゃなかったのだから。しかも、水精霊様は明らかに、ティーアさんのことを知っているかのようだった。何より、この前の少年…ティーアさんの周りの不思議について、数えていけばきりがない。
それはブレイズも分かったいるのだろうから、何か言いたげだった口を閉ざし、そのまま何かを考えるような仕草を取る。もちろん、シュティーナ様カイザルト様同様に、私自身も考えてしまう。
初めて彼女の情報が流れ込んできた時だって、精霊の儀を復活させた、という普通とは言い難い物だったのだから。
【王家勅令 王城の資料の読解を命じる。ここに記された幾つかの書物の内容を調べよ。尚、小学部ζ組ティーアをその解読に携えること。】
…これで、ティーアさんの正体か何かが、少しでも掴めると良いのだが、な…。




