番外編 宰相殿は王を知った。
「俺はブレイズ!お前は?」
「…ジャンルカです、王子様」
ふ〜んと俺を見つめる王子。
何故こんな田舎に王族がいるんだ、と言いたくなるのをぐっと堪える。
ほら、隣にいる人達だって「王子殿下、そろそろ王女殿下が…」って慌ててるじゃないか。ここにいるのは間違いなんだろ?
「…お前さ、なんで俺がここにいるのは間違いだって思うわけ?」
「…聞こえてました?」
「あ、いや…。何でもないぜ!それより答えろよ!なんでそう思ったの?」
その時の王子の顔は、ケロっとしていた。
だけど、何かに堪えるような表情をしていたのだ。
「…王子なら、こんな所…」
「王子だって来たいだろ!」
「でも、田舎…」
「田舎だからなんだ!俺はここに来たかったから!」
「いやでも、良い所なんて…」
「ある!クリスティーナ様の時代の聖騎士様がここ出身なんだぜ!?すげぇだろ!」
「…それは知ってますけど、」
「はぁ!?知ってる!?なんで言わないんだ!なら教えろよ!」
その時の王子の顔は、先程とは打って変わりとてもキラキラと輝いていた。
「何故…」
「格好良いじゃん!しかも、伝説の救世主と憧憬の聖騎士が同じ時代に居たんだぜ!?」
その時、分かったんだ。
「…まあ、聖騎士様が聖騎士になったのはクリスティーナ様が亡くなったあとだと言われてますけど」
「え、そうなの?!」
王子も俺達と同じ普通の少年なんだ、って。
「他にはなんかねぇの!?」
「他って…」
「つーか、お前こっち来いよ!ここじゃ運動ばっかだろ?プラーミアなら色んなこと学べるぜ!?…まあ、ねーちゃんとは違って馬鹿な俺からしたらずっとここに居たいんだけど…」
「あーーー!ブレイズ!見つけたわよ!!!」
目まぐるしく変わっていくこの状況に、俺は頭が痛くなってくる程だった。
「んもう!ブレイズったらいっつも抜け出すんだから!キャンディもなんか言ってあげて!」
「そうですねブレイズ様、シュティーナ様が寂しそうでございましたよ!」
「ちっがーーーう!!!」
「…ねーちゃんうるさい!」
「誰の所為だと思って…、って、貴方は??」
…それが普通じゃないということを、俺はよく分かっていた。
「こいつはジャンルカ!俺の友達だぜ!」
「は?俺がいつ王子と友達に???」
…いや、王子にとっては普通だったのかもしれない。
「いーだろ!俺のことはイズと呼べ!良いな!」
「お断りですブレイズ次期国王陛下」
それでも、俺にとっては特別で、かけがえのないものだった。
ニッコリと笑いながら「呼べよ!」と言い戯れてくる王子、そして意外そうにこちらを見つめる王女様。そして、苦笑いでこちらを見る侍女様。
多分俺は、一生この日を忘れることは無いだろう。
俺の生きる世界が、変わり始めた日。…広がり始めたあの日のことを。
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「…ブレイズ貴様、良い加減にしろよ?」
「うるせぇジャンルカ!俺にはやるべきことがあるんだよ!」
私の名前はジャンルカ・ヴィジェア。
ここソレイユ王国の宰相を務め、国王補佐としても名を馳せている閥族当主だ。
世間では閥族は成り上がりか何かだと思われているが、あながち間違っては居ないだろうとは思う。貴族出身でないのがその現れ。
最も、だからなんだ、という話ではあるが。
「はぁぁぁあああ…」
資料を見ながら大きなため息をついてしまう。
目の前には公務中のブレイズが椅子に座っている所だった。
「それよりジャンルカ、声がデカい。外に漏れたらどうする気だ」
「おや、問題ございません陛下。現在扉の外にはソレイユ王国騎士団第一番隊隊長ロデリック・ウォード並びに第三番隊副隊長ユーサー・ペンドラゴンが付いておりますから」
「貴様…図ったな…?」
「それほどでもございません陛下」
隊長副隊長枠である彼らならば、衛兵2人と良い勝負。そして2人の実力は恐らくそれ以上。
この場で護衛してもらう程度ならば比較的簡単に代役を任せられた。…俺達の仲を知っている彼らであるからこそ、尚更。
ブレイズと俺は15年以上も前に学園で出会った。
当時彼はシュティーナ様と共にプラーミア学園に、そして俺はセインツ村の武術系の学園に通っていた。
本当は武術は然程得意ではなかったのだが、人並み程度には出来たし、学園に通えるだけありがたかった。
そして現在、両親はまだまだ健在で、時折セインツ村に時折顔を出しているし、ユーサーも気にかけてくれている。ちなみに、ユーサーは俺達より年下のいわば後輩だ。そして、従兄弟の子供も騎士団に入隊するなど、俺自身聖騎士の聖地と名高いセインツ村とは縁がある。
そんな学園も出身も違う俺達が、何故ここにいるのか。
それは、俺達が高等部生になった時のことだった。
セインツ村の学園は高等部までしかなく、それ以降は就職する人が殆ど。残りはプラーミア学園等の専門的な場所へ行き、専門的な知識を身につけることとなる。
騎士関連や衛兵関連であれば、当時の学園からプラーミア学園への委任状を受け渡すことが出来た。
しかし、自分には特段秀ている才能はない。だから、諦めようと思っていた。
そこで、ブレイズと出会ったのだ。
“色々あって”プラーミア学園に入学することになった俺は、ありがたいことに、本当に“色々あって”宰相の座に就いている。
王妃と仲の良い妻であるアンジェラと出会うきっかけもプラーミア学園だった俺にとって、ブレイズには感謝してもしきれないくらいの恩があるのだ。
…だからこそ、話して欲しい。
「ならば質問を変えよう。イズ、先日水精霊様と共に会っていた少年は誰だ」
「………」
分かり易すぎるんだよお前は。
恐らくお前を知っている人ならば全員が分かっていることだ、俺はもちろん、シュティーナ様や王妃やアンジェラ、カイザルト様やロデリックにユーサー、シリル騎士団長にベオウルフ副団長、更には前国王夫妻だって、気がついていることだろう。
「…見間違えじゃないのか」
ガッツリ止まった後で目を逸らしながらそんなこと言われた所で、説得力の欠片もない。
俺は再度ため息をつく。
昔から豪快な奴で、隠し事は出来なかったブレイズ。
俺が出会う前からそうだったらしく、シュティーナ様やカイザルト様もそう仰っていた。
むしろイグニス様達に隠せていること自体不思議なのだが、イグニス様もブレイズ同様どこか抜けていると言うか、なんというか…鈍感な部分があるので仕方がないのかもしれない。
何より、数年前から既に比較的ご成長なさっているレオンハルト様含め、彼らは“変わる前のブレイズ”を知らない。
戴冠式で変わったブレイズに俺達がしてやれること、…それは話を合わせてやることくらいだった。
初めて会った時クリスティーナ様の話でキラキラと輝かせていた筈の瞳は輝きを失い、いつしか彼自身その話題を口にすることはなくなった。
その行動は明らかに“おかしい”。
だけど、聞いても答えてはくれない。今のようにはぐらかされる。
「お前は馬鹿のくせに一人で根を詰めすぎなんだ」
「誰が馬鹿だ誰が!俺国王だよな!?!!」
馬鹿で不器用で意地っ張りで、誰よりも打たれ弱くて。
本当は人一倍涙脆い筈なのに、全てを投げ出した。
王妃は分かってるみたいだが、このままだと王女に勘違いされたまま終わりそうだな。イグニス王子がその例とも言える。現に、イグニス王子はブレイズと会う時、親子とは思えない程緊張しているみたいだからな。
「そろそろ言わないと、本当に我が子に愛想つかれるぞ」
「うっ………うるさいな! イグニスには俺のようになって欲しくないから、…俺はここで終わらせる」
そんなこと言って、本当は最近息子が顔を出してくれて嬉しいくせに。話をして、頼ってくれていることがたまらなく嬉しいくせに。
「何をだ?」
「それはもちろん!す…」
「………」
「………」
あーあ、あともう少しだったのに。
「チッ」「ジャンルカ!?舌打ちしないで!?!!」
俺が思わず舌打ちをすれば、ブレイズは涙ぐんだ声色でそう言ってくる。
この前の水精霊様との会話で、あの少年がなんらかの鍵になっていることは明白だった。
…魔力器を確かめる水晶を持っていったが、あの距離でも呪という器と微量の魔力を感じられたということから、相当量があるということが分かる。
そして、少年は水精霊様と知り合い。
水精霊様も恐らくブレイズと同じように隠し事をしている。
2人は1000年前から生きている、何か目的がある。そしてそれは、クリスティーナ様に関係していること。
クリスティーナ様に執着している少年がいるから、ブレイズは逆に嫌いになった?…いや、いくらブレイズでもそんな理不尽な考え方はしない筈。
自由と平等を重んじているブレイズが、その程度で考えを変える筈がない。
―「俺はただ、クリスティーナ様に会いたいだけなんだよ!!!」
…1000年前クリスティーナ様は亡くなった、というよりも失踪した、と言われている。
少年がいつから動き出したのか分からないが、もしもクリスティーナ様の魔力を感じたからだとするのであれば…
―「すまないね、ジャンルカ君。…“色々あって”ある少女が精霊の儀を完成させたのだが、適当にごまかしておいてくれないか?」
―「…ティーアさんが、清水の調と精舞の極を使ったというのは、本当なのですか」
……精霊の儀に清水の調、精舞の極。
どれをとっても今は失われし伝説級の型。それを簡単に熟してしまったという、金髪赤瞳の少女のことが気になるに決まっているじゃないか。
―「ちがいます」
本人は誤魔化したがっていたみたいだが、
―「もういっかいやりますねっ」
多分もう、誤魔化すことなど出来はしないだろう。
―「なぜ、クリスティーナさまのことをそこまでけんえんなさるのですか?なぜ、そんなにもおきらいに…?」
それは俺達だって聞きたいさ、初めてブレイズと面と向かって話したのは、1000年前の英雄譚だった。
それが今となっては触れてはいけない話題となってしまった。
シュティーナ様もアンジェラもアイリス王妃も、ロデリックもユーサーも団長も副団長も俺も前陛下達も、過去のお前を知っている人は皆、お前のことを心配してるんだぞ?…それをお前は、こいつは、何も分かっちゃいないんだ。
「…なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「だったら、その化けの皮を外せよッッッ」
これは、お前が俺に言った言葉だぜ?俺がプラーミアに来て、頑張って取り繕って、必死で嫌われないようにして、…そしてそれを、アンタは僅か数日でぶち壊したんだ。公の場で同じこと言いやがって。
本当なら今この瞬間国民全員の前で言ってやりたいくらいだ。
俺はブレイズの所まで行き、その胸ぐらを掴み上げる。
「……ジャンルカ…」
そんな顔、お前には似合わないんだよ!いつもみたいに、昔みたいに、何も考えずにお前らしく居ろよ!
一人で抱え込むなんてお前らしくない、「俺を頼れよ!」なんて言葉、そっくりそのまま返してやる。
「お前らしさを忘れるなよ」と、戴冠式の前日陛下がそう言ったのを忘れたのかよ?!
…お前がお前だったから、俺は俺で居られる。お前が居てくれたから、今の俺があるんだ。なのに、なのに、お前は…!
「…すまない、」
「…いえ、私こそ陛下に向かってご無礼を。」
本気でやろうとすれば、外からロデリックやユーサーが飛び込んでくるだろう。
2人を相手にするのは流石の俺でも難しい。…けど、2人はきっと俺が本気で殺すことは出来ないと知っている。だから部屋に入ってくることはそうそうないだろう。…馬鹿野郎、俺だってブレイズくらい…恩人、くらい…。
俺は手を離し頭を抱え、そのまま椅子に座り込む。
…こいつが居なければ俺はここにいることすら無かった。俺はここにいる価値は無かったんだよな。
「…お前さ、なんで自由はここにいる価値は無いとか思うわけ?」
「…聞こえてたのですか?」
「あ、いや…。何でもない…」
少し照れくさそうに笑いながらそう言い放つブレイズ。だけど、やっぱり何かに耐えるような表情をしていた。
俺は冗談めかせて笑いながら聞き返すが、あの時とは違い、ブレイズはそれ以上聞いてこなかった。
…無駄に勘が鋭くて、ズカズカ聞いてくる。
その空気の読めなさが、今となっては少し嬉しい。いつもなら、飲み込んでしまう言葉を、今ここで口にしてくれたってことだから。
「お前は価値あるだろ、俺よりも賢いし強いじゃん」
資料を見ながらそう言ってくるブレイズ。
…それはお前が俺を見つけ出し高みへ連れて行ってくれたから。村だけだった俺の世界を広げ、空へと昇らせてくれた。光で照らしてくれた。
お前は、俺の…俺達の太陽なんだ。
「なら、尚更話してもらおうかな。悪いが、褒めてもらってありがとうで終わる程俺は単純じゃない」
「くそっ…」
だけど、本人にはそんなこと言えないからな。
いつのもように悪態をつきつつ、答えてはくれないブレイズと共に1日の公務を終わらせることに意識を集中させたのだった。




