そして忠告する。
「ふーん、逃げなかったのですねぇ」
「それはこちらの台詞だ、」
そう悪態をつきつつも、自然と口元が緩んでしまう。
場所は、王城内の競技場。騎士団訓練施設とは別にある、王族専用とも呼べる修練所だった。
屋根は無く、月や星が鮮明に私や国王を照らす。
「…何年経っても、その癖は消えなかった、か…」
「…どういうことだ???」
良いの、こちらの話だからと言い切る。
素振りをしていたのか少し汗をかいている様子の国王。手には真剣を持っており、服装も国王としての装飾は一切無く、本気で一戦を交える気があるのだと伝わってきた。
―「…いいだろう、ただし、条件がある。俺と一度勝負をしてみないか」
……ほんと、さ…
―「いいだろう、話は聞いてやる。だが条件がある。…俺と勝負をし、この俺から一撃でも奪ってみせろ、」
久しぶりにそんな王様見たよ、と涙ぐんでしまいそうになった。
夕方頃はティーアちゃんや皆が居たからなんとか踏みとどまることが出来たのよね。…だけど、どうしてだろう。昨日から目から一度出た涙が止まってはくれないのは。
「…水精霊様、その目は…」
「……ごめんなさいっ、気にしないでくださいな…っ」
さっきまで、私のこと「裏切るかもしれない」って疑ってた癖に、こういう時は優しさを見せる。
「気にしないわけには行かないだろ、」
「…裏切るかもしれないのですよ〜?」
「だとしても、心配しない理由にはならない」
―「…分からないわ、信じられない。平民の私に次期国王の貴方が固着する理由も。…疑うに決まってる!でも、だからって心配しない理由にはならないもの!」
あ〜もう!…今までずっとここには近づかないで海に居た筈なのに、いつの間にかスーくんに見つかって、協力することになって、そして…ティーアちゃんと再会できて、またこの王城へと足を運んだ。
せっかく避けてきた筈なのに、せっかく思い出を封じ込めた筈なのに。
「…そういうことだから、始めましょうか」
「ああ、」
頭を振り払い、そのまま国王の方を見据える。
「精霊様と一戦交えるのは今回が初。…やり過ぎたら謝ろう、すまない」
「あら良い度胸ですね〜、私に勝てると思ってるのですかぁ?」
圧倒的な自信の根拠は分からないけれど、少なくともそんな簡単にやられる程弱くは無い。
「…殺される状況下には、慣れてるので、」
「…どんな人生送ってるのよ、貴方は…」
思わず呆れてしまうけれど、意識は1000年前に傾いていく。
当時精霊王だったガイスト様、そしてそんな彼と契約していたリストくんこと、国王陛下クリストファー・ラグジュアル・サンスベリア。
そして、当時騎士団長だったドラコ・ウェールズと、彼と契約していた幻獣メラナイト。
この2コンビ一度に相手することは出来なかったけれど、一組ずつなら五分五分の戦いを繰り広げることが出来た。
…過去の栄光って思われたって構わない。
だって、これは私が誇れることなんだもん。…彼らがすごかったのは紛れもない事実。だから、私も強い。
そう思わなかったら、それこそ彼らに失礼だわ。
「…【四天王水精霊】ウンディーネ、」
「【ソレイユ王国国王】…ブレイズ・ラグジュアル・サンスベリア」
私は手に魔力を込め、彼は剣に魔力を込める。
そして、そのためた魔力を思いっ切り……
「ダメだよそんなことちゃ♪」
「「っっ、!?」」
…放とうとして。
どこからともなく知っている声が聞こえてきた。近いような遠いようなそんな存在、国王に構わず振り向けば、月光に照らされた少年が浮かんでいる。
「「っ〜、」」
私だけでなく、国王もそちらを見上げていた。
…どうして、そんなに冷静さを保っていられるのよ。呆れてしまうくらい不自然なその笑みは、私に嫌な予感を募らせるばかり。
「………まだ何か用か?」
国王はそう言い放つ。…知り合い、なの…?
「今日は君じゃない、…うーちゃんに会いに来たんだ」
飛行魔法を解き、ゆっくりと降りてきてそう言い放つ少年。
私は、国王を庇うように一歩前へと踏み出した。国王も私の前に出ようとするが、それを手だけで制する。…何かあっても大丈夫なように、ここは私が。
「ねえ、うーちゃん?なんでそんなことするの?」
俺、何もしてないよね??と言ってくるけれど、それとこれとは話が別。…そもそも国王が貴方のことを知っている時点で、何かをしたという裏付けになる。
「まあいいや、もちろん手伝ってくれるんだよね?急に居なくなるからびっくりしたよ!」
正直、貴方がそうなることは予想外だった。
爽快感に満ち溢れていたあの日々とは打って代わり、見るからに良からぬ雰囲気を漂わせている。
…元魔導師や、その魔導師を使えるもん全て使って手に入れようとし…いや、過去完了形で手に入れた腹黒完璧元王子達なら理解できたけど、まさか貴方だとは思っていなかった。正直、普通の人間だし、割と常識人だし、知識も魔力も技術も、全て努力で身につけた、正真正銘本当の“良い子”ちゃんだった筈の、貴方が。…こんなふうになるとは思わなかった。
「さあ、来て」
差し出されたその手を、私は…
「ごめん。」
払い除け、そのまま少年のことを見据える。
彼は、信じられないと言った調子で固まっていた。それでも、すぐに状況を把握して口を開く。
「…ねて、手伝ってよ!手伝ってくれるでしょ?俺はただ、クリスティーナ様に会いたいだけなんだよ!!!!」
「そんなに焦らないでちょうだい!お願いだから!!」
もう何年も貴方が壊れていくのを見続けた。
…私、悔しかったよ。貴方に何も出来なかったのが、凄く悔しくて。封印を解いてくれたのは嬉しかった。だけど、それは貴方の役目じゃなかった筈じゃないって、貴方自身も分かってる筈じゃない。なんで、どうして。
きっと、皆皆悔しいって思ってる。
ティーナちゃんを守れなかったこと、ティーナちゃんを取り戻せなかったこと。この想いを後世に遺すべきか悩んで悩んで悩んで、悩んで…それでも私達は事実と反する“希望”だけを遺すって、そう誓った筈じゃないの!なのに、なのに貴方は…
「ねえ、クリ、!」
「俺が嫌いになったのは…貴様の所為だろ!?!!」
焦ったような声を上げた少年に対し、国王が耐えきれず口を開いた。耐え続け耐え続け、ようやく口に出来た言葉なのかもしれない。
きっと、国王は彼のことを誰にも言えなかった。
…だって言ったら、大切な人が…殺されちゃうかもしれないんだもの。大事な人に、そして大事な民に手を加えられるくらいなら、ひとりで抱え込んだほうが良い、…国王の背中からはそんな意志が見えてきた。
大きなその背中は、子供のように小さく見えた。
「…は?なにそれ、クリスティーナ様のこと嫌いなの?」
…まあでも、そりゃこんなに執着してるヤバい人がいたら、流石に苦手にもなるか…。好きになってほしいという気持ちが空回りしてるんじゃないかしら?と最早冷静になって彼らを見ることが出来た。
「ああ、嫌いだ、」
「…、……」
いやだわ、そんなこと言って欲しくない。だけど、守る為なら仕方ない?…分からない、何が正解なのか。
「…もう一度よく考えなさい、ティーアちゃんならどうするのか。…貴方なら分かる筈でしょう?」
「俺のことを否定したいんだ?笑」
…そういうわけじゃない。でも、ティーアちゃんに会わせたら、きっともっと狂ってしまう。
これ以上、貴方に壊れてほしくない。
きっと私が何を言っても無駄だから、…あとは、自分で気づいてもらうしか無いのよ。
「…いーよ、うーちゃんも協力してくれないなら俺一人でやる。」
そう言い放つと、合わせていた目をふいっとそらした。風が沸き起こり、空へ向かって浮き始めた。
「クリストファー様やマリアージュさんもリベロも、皆々バカみたいだ。俺はただ…」
その声は…笑っていた。
…だけど、物凄く、“震えて”いた。まるで、今にも泣き出してしまいそうな赤児かのように。その心は弱く、脆い。
本気で戦えば、私は彼には勝てない。だけど、それと同時に彼は壊れてしまうだろう。
去っていく彼を追いかけることも出来ず、手を伸ばしても届くことはなかった。
消え入りそうな声で続きを呟いていたけれど、その声は聞こえない。
暗闇に溶け込んだその姿を尻目に、私はヘナっと膝から崩れ落ちた。…自分でも、信じられないくらい疲労していたのかもしれない。…危機感、不条理感、精神的視野狭窄を恐れとするのならば、これは間違えなく恐怖だろう。
昔は、会う度に楽しみだった筈なのに。いつの間にか、私達の関係でさえも変わり果ててしまったのね。
「……ウンディーネ様、彼とは知り合いなのですか…?」
少し震えたようにそう言い放つ国王。
俯いており、顔は見えない。だけど、真夜中の静寂さのお陰で声だけはよく聞こえてきた。
「…こっちが聞きたいわよ、貴方こそ何故彼と関わっているの。悪いことは言わないわ、すぐに彼を切り捨てなさい、」
「………」
「彼は…今はもう普通じゃない。夕方も言ったけど、私は彼を止める。…邪魔はしないでね」
…危険だって分かるでしょう?切り捨てた方が良いって分かってるでしょう?元々関係無い筈でしょう??
…なのに、なんでそんな顔をするのよ。なんで、どうして、そんなに悲しそうな顔をするの。これじゃあ、まるで…
「幸せになる権利は…ありますよね、」
「………」
「1000年間固着し続けた彼だって、最期は幸せになれるって…ッ」
…まるで、ティーナちゃんみたいじゃない。
―「…生きてるから、だから、幸せになる権利はあるわよ!」
そっか、そうよね。だって、受け継いでいるんだもの。
クリスティーナちゃんの兄であるクリストファーくんの心を受け継ぐ、立派な国王なんだもの。
「さぁね、…神様は気まぐれだから、その可能性も考えられなくはないんじゃないかしら」
目の前の国王は、1000年前の王族と同じ血筋。
…クリストファーくんとマリアージュちゃんの子供の子供の子供達には、ちゃんとクリスティーナちゃんの血が流れている。
そうよ、あの場で途絶えたわけじゃなかったんだわ。
「…かみさま…っっ」
ねえ、神様がいるのなら教えてよ。…答えを、教えてください。
何年も前、勇者と魔王の時代に居たとされる“神様”。スピリット様なら知ってるのかな、ガイスト様は会ったことあるって言っていたし、居るのかも。
勇者と魔王の時代に、勇者をこの世界へ導き、未来を切り拓くという役目を与えたという神様。
……精霊だって会ってみたいよ、神様って存在に。
「……神様、か…」
「…ごめんなさい、今日はそろそろ戻ります。」
しんみりとした空気になってしまったので、私は敢えて空を見上げながら口を開いた。何か言いたげな国王に、「また今度勝負しましょう」、と言い切る。
「…いつでも我が城に来てくれ。歓迎しよう、水精霊様」
「さっきまでとは大違いね、人が大勢いる所では見栄を張る性格なのでしょうか?」
冗談めかせてそう言えば、ムッとした顔でこちらを見つめてくる。
「うふふ、冗談です」
だけど、その顔でさえもリストくんに重なってしまう。
妹思いで優しくて、…だけど1番怖い。やろうと思えば何でもできる立場に居た筈だから、その優しさが逆に怖くって。…敵味方関係なく、好きだと思ったら必ず手に入れる。……どんな手を使ってでも。それくらい恐怖だったからこそ、味方にいてくれてどんなに心強かったか。
倫理観があって周りをよく見ていた。だから、闇に堕ちる事もなく、世界は未来を切り拓けた。だから、この1000年がある。…だけど、アージュちゃんは最期にこう言っていた、あれはリストくんの強がりだったと思う、と。
私は気がつけなかったけど、アージュちゃんは分かっていた。そして、1000年生きてたら…流石にもう分かる。
……一国を背負う完璧超人だって、普通の子供なのだということを。
「ありがとう、ブレイズくん」
「…そんな呼び方は初めてだな…笑」
一国を背負い、彼の脅威から一人で国を守ろうとする完璧超人だって、私にとっては普通の小さい子供同然。
もう何年も生きているからこそ分かる、…人とはあまり関わってこなかったけれどね。
「それじゃ〜またねぇ〜」「…ああ、達者でな」
手を降って飛び立てば、ブレイズくんも気恥ずかしそうに小さく手を振り替えしてくれる。
それから、壁を挟んだ反対側にいた男性にも声を掛けた。
「………君も、彼にはなるべく近づかないでくださいね」
「っっ…気づいておられたのですね」
少し驚きながらも目を細めて微笑んだ彼。
…分かるに決まってるわ、私これでも精霊なのよ?四大精霊が一人。四天王水精霊ウンディーネなんだもの。
「ご忠告をどうも、…ブレイズとは一度話し合うことに致します」
「そう、勝手にして頂戴」
私はそう言ってそのまま夜空へ飛び出した。
月とは反対側へ向かい、そのままティーアちゃんがいる学園の方へ向かう。
そして、…途中で後ろから止められた。
「あら、…王様じゃないですか」
声を聞かずとも気配だけで分かる。
我々精霊の頂点である聖精霊、唯一神であり精霊王…スピリット様。
「…一つ聞いてもいい?」
後ろを振り向かず、「何か?」と言っておく。
「君は、おれのことをどれだけ認めてる?」
思った質問とは違い、態度も弱々しい。
…もっとティーナちゃんの質問をされると思っていたから、身構えて損した気分になる。
「…そう思えるってことは、それだけで良いんじゃないですか」
彼がこの200年あまり悩み続けていることは知っている。
精霊王になるべくして生まれた精霊であることも、自分が精霊王の器ではないと思っていることも、200年程前のあの出来事を引き摺っていることも知っている。恐らく彼がいなくなってからも一人で期待に応え続けてきた。それがどれだけ大変なことか…私には想像もつかない。
それでも、彼は運命を受け入れ、王へと上り詰めた。
私以外の精霊がどう思っているのか、そして彼自身もその心でどう思っているのかは分からない。
「…そんなの、綺麗事じゃん、」
「あら、…綺麗事を実行できる人がどれだけ格好良い存在か…貴方はまだ知らないのですね。」
私はそう言いながら、そのまま彼と別れる。
…今知らなくても大丈夫、これから知れば良いから。…だから、貴方はまだ精霊王で居てくれて良いのよ。
何も、必ずしも先代と同じ行動をするべきとは限らない。時には、自分の力で道を切り拓かねばならない。
「……また会いましょうね、王様」
「……………うん、」
…リストくんみたいにできるわけじゃないけれど。
これ以上、彼に罪を着せるわけには行かない。
そして、王にもこれ以上悩んでほしくはない。
…これ以上ティーアちゃんが悲しまないように、彼が苦しまないように。…私は自分の役目を、全うしてみせるわ。




