番外編 水精霊は過去を偲び、
…初めてこの目を開いた時、
「はぅぁぁあ〜〜〜!!!」
それは、初めて貴女と出会ったあの日だ。
初めて私が生を受けた時、貴女は私にこう言った。
「うみのせいれーさんだから、きょーからあなたはうーちゃんね!」
あの日、貴女に付けてもらったから。
「…ウンディーネ様ってまさに水の精霊になる為に生まれてきたって感じの名前っすよね」
だから、1000年間ずっと…私は名前を変えなかった。
「…そうかもしれないわね」
……だから、貴女のことを忘れることができなかったのかもしれない。
「うーちゃん!聞いてよぉ!」
「うーちゃん?大丈夫?!」
「うーちゃ〜ん、お兄様がぁ!」
全部全部全部全部全部全部。貴女が私に初めてをくれた。
「どうしたのっ?てぃーなちゃん!」
「うん!うーちゃん平気だよぉ!」
「りしゅとくん!めっなの!!!」
…生まれて、貴女と出会えて、私、…凄く幸せだから!!! だから、だから…だから、私は…!
ーーーーー
「ねえ、うーちゃん。」
「…その名前、懐かしいわね」
冗談言わないでよ、と言い放つその少年は、既に虚ろ虚ろとしている。
…冗談言ってるのは、貴方の方だって。…そういった所で、きっと貴方は聞いてはくれない。現に、この前だって聞いてはくれなかった。
一体、何年経ったと思ってるのかしら。
冷静に考えれば、“ただの人間如き”である貴方が、何百年も生きることなんて、できる筈無いのに。
なのに、貴方は…貴方は、あの日から全て変わってしまった。
いや、正確には…ティーナちゃんを失踪させた奴を倒したあの日。
倒しても、ティーナちゃんはもう戻ってこないのだと知ったあの日から、貴方は、彼らは、…私達は変わった。
仕方ないわよね、…だって、だってだってだってだってだって…!
「…手伝って、くれるよね?」
だって私達、皆貴女のことが大好きだったんだもの。
「っっ…」
涙ながらに心からの気持ちを言い放ったその少年の異常な程の魔力に耐えきれず、私はその場で気を失ってしまった。
…私だって、彼の気持ちは分かるわ、…分かるけど、でも…
そんなこと、ティーナちゃんは望んでないんだから…っっ
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
「…っっっ、!?っはぁはぁはぁ…」
……えっと…私は、今、何を…ここは、どこ…?私は…
―あ、ティーアちゃん…
隣でティーナちゃん、…いや、ティーアちゃんがすやすやと寝息を立てて寝ている。
一国の王女とは思えないくらい簡素な部屋で、硬い板にふわふわの素材とシーツを被せているだけのベッド。このふわふわの素材からはティーアちゃんの魔力が感じられるから、これは自分で作ったのかもしれない。
国王の命令でこの寮とやらに住んでいるらしいティーアちゃんは、3年間何も言わず従っているらしい。
あのティーナちゃんが?と思うけれど、それと同時に国王の真意がわからない。
私は、寝ているティーアちゃんに布団を被せ、窓から外へと飛び出した。
気がつくと、私も彼女と共に寝てしまっていたみたいだ。
本当は傍にいたかったが、何時間か前に約束してしまった為王城へ向かわなければならない。
月が冴え渡るのを横目に、私は王城へと飛んでいく。
…さっき見たのは幻じゃなくて夢、…それも昔の記憶。
ハッキリと覚えている、…忘れたくても忘れられない記憶。場面が変わるまでは大好きな所だったのに、やっぱり彼との記憶は時期的にも新しい所為か、妙に心がざわついてしまう。
奴隷商人の所に居たのだって、元はと言えば彼の手伝いだった。
…周りに迷惑かけ無いのが条件だったのに、それを完全無視してきて…。ほんと頭にきちゃうわ。それでちょっと叱ったら、それだけで逆ギレしてくるんだもの。
…私達精霊の弱点を、彼は知っている。
だから、スピリット様には近づけたくないし、…何よりティーアちゃんに近づけるわけには行かない。
「………」
ねえ、貴方にはこの月がどんなふうに見えているの?
1000年間、ずっと変わっていないこの月は、…彼の…私達の何を見ていた?
答えがあるのなら教えて欲しい。
ティーアちゃんが幸せに過ごせる未来が来るのか、…彼がこれ以上苦しまないように、終わらせることはできるのか。
…私が、やらなくちゃ。
迷惑かけないように、なるべく上手く。
大丈夫、まずは…何故か王妃の玉座から消えているアージュちゃんの色欲の魔導書を奪い返して、この近くに感じる傲慢の魔導書を拝借して、…大罪魔導書を七つ全て揃えて、…これ以上悪用する人が出ないように、その存在を全て消し去れば…、……そうすればきっと、世界は平和になる。
…平和になったら、褒めてくれるかな。
「…ダメダメ、しっかりしないと!」
私は精霊、…しかも、四大精霊。
四天王水精霊担当…ウンディーネことうーちゃんなのよ?
こんなことでくよくよしてたら、また弟子達に一本取られちゃう。そうなったら、水精霊の座を降りることになる。
―まだ、降りるわけには行かないから。
ごめんね、…でも、全てが終わったら君達に水精霊の座を受け渡すから。だから、もう少しだけ待ってて、……私はもう、逃げたりはしない。
そして、これ以上…ティーナちゃんを危険にさらすようなことになるというのならば、……この私が立ち塞がるわ。
ーーーーー
「…ねえ、なんで、どうして…」
―君まで、俺の所から離れていくの?
少年はガックリと膝から崩れ落ちる。
場所は、タリティ男爵領。既に星空が煌めいている。王都ではちょうど少年少女達が国王陛下と謁見をしている最中だろうか。
暴食の魔導師と別れた後、再びこの場に戻ってきた。
…そんな少年は、崩れた洞窟を前に、何も言えずにそう呟いた。
…今までずっと面倒見てくれた精霊の気配は、もう無い。
1000年間一緒にいてくれた彼女は、既に王都だ。
最も、彼はあれから“1000年も経っているということを認知していない”のだが。
「うそつき…」
私精霊だから、って言って、傍にいてくれるって言ってくれたじゃないか、と。
少年はいつの間にか、目から涙を流していた。
「っっ〜、良いようーちゃん、俺が迎えに行ってあげるから」
もう大切な人は逃さぬよう、契約を結んだのだ。
怪しく目を光らせ、ニヤリと微笑む。彼が見据える先には、まさしく王都がある。
「一緒にクリスティーナ様と会おうって約束しただろ?」
彼のその“歪んだ想い”は、いつの間にか周囲にまで及んでいたということだろうか。
「…もうすぐだからね、クリスティーナ様♡」
少年はそう呟く。
すると、「ふあっっっ!?」という声が聞こえてきた。こんな時間に子供の声?と不思議に思い、そのまま後ろを振り向く。
「うわぁぁああっっっ〜〜〜っっっ〜」
そこには、夜の崩れた洞窟には似合わない、小さな赤児が、瓦礫の近くで泣いている姿があった。
「……君、迷子なの?」
「ぅーぁー!」
そういえばこんな子もいたっけ、と少年は思い出し、そのまましゃがんで視線を合わせる。
…その目は、先程とは打って代わりとても優しげで、まるで別人かのように生気が宿りつつあった。
「…迷子、か……」
「ぅー?」
そっかぁと言い放ち、そのまま赤児を抱き上げる。
彼自身、奴隷商人等どうでも良かった。ただ、王国の権力者に阻まれず多くの人と関われる、そして近くで確認できる、…そうすればきっと気づける。
だから奴隷商人に協力しているというだけ。
療治の魔法が効かない筈のモーセの傷を癒してやったのだって、ただの気まぐれ。
…クリスティーナならそうした筈だからという、理由だけで、少年はモーセ達が長年悩み続けたその“特異体質”と言う名の一種の【加護】をも無効化してしまったのだ。
「っっま…ま…っっまぁまぁぁぁああっ」
「…ごめんねぇ、」
そして、赤児はとうとう叫び声を上げた。
泣きながら、母親のことを呼ぶのだ。少年は乾いたような笑みを見せる。
「困ったなぁ、俺、こういうの苦手なんだよ…」
そう言いつつも見捨てるつもりは無さそうで、抱き上げたまま歩き始める。
「家に返してあげる、…ま、連れてきたのは俺の所為でもあるけど」
そう言い放つと、指で何かを操作する。
はてなを浮かべた赤児だったが、そんな赤児の心など少年は気にもとめず、瞬く間に元いた場所へと戻ってきていた。
「うー?」
「…なんだ、君こんな場所から来たのかよ」
そこは、ソレイユ王国から何千kmも離れた国。
大きな大きなその部屋には、子供用のベッドが一つぽつんと置かれている。小綺麗なベッドであるにも関わらず、周りには人は居ないようだ。
「………ま、関係無いね」
そのまま赤児をベッドに寝かせると、そのまま来たときと同じように指をくるんっと回転させる。少しだけ振り返ってみると、
「ま…あ、ね!」
赤児は笑顔で彼の方を向いていた。手をふりふりとして、純粋無垢な笑みを浮かべて。
「………馬鹿だなぁ」
そう、悪態をつきつつも。
少年の口は微かに微笑んでいた。…気味の悪い笑みではなく、心からの笑み。
その顔には、嘗ての爽快感が見え隠れていた。
…それは、赤児と自分の過去とを比較し、親近感を覚えたからだろうか。
―ま、俺と彼とでは境遇が違うんだろうけど。
それでも、自分は過去にクリスティーナ様に助けてもらったのに、今度は彼を見捨てる、…なんてことは、少年には出来なかった。
その歪んだ“愛”やら“憧れ”やらを心に持っていようとも、その“きっかけ”を覆すことなど、彼には出来なかったのだ。
「ふぅ、…それじゃ…のんびり行きますかぁ」
ソレイユ王国に戻った少年は、そのまま王国へ歩き始める。
…自然と口角が上がっていく。少しはクリスティーナ様に近づけただろうか、これを伝えれば、褒めてくれるのだろうか、と。
「魔法の呪文を唱えましょ〜夢と希望と愛を掲げ〜♪」
…悪意は無い、だからこそ、その恐怖は人々にとって何倍も大きくなっていく。目的がわからないからこそ、…恐怖し、慄くことになる。
けれど、彼はそんなこと1ミリも考えていないのだ。
「空へ昇る〜光を見上げ〜今を…生き〜ている〜♪」
…星が瞬き、月が輝く。
空は今日も、変わり続ける世界を見つめていた。




