番外編 お忍び貴族は最期に伝え、
「アスタ、逃げて!」
「馬鹿!お前を置いて逃げれるわけねぇだろ!!!」
だって、でも。
私は続きを述べることが出来ない。アスタに手を掴まれて、無我夢中で住宅街へと走っていた。
「間に合うわけ無いよ!私が、私が…!」
「だから馬鹿!?そんなこと言ってる場合じゃねーんだよ!落ち着けフラン!」
目から何かが落ちてくる。…どうして?なんで貴方は、そんなにも“いつも通り”で居られるの?…何故……
黒竜に追われているのに、そんな風に振る舞えるの?
分からない。分からないよ、アスタ。
…あぁ、似てる。私を拾ってくれた、スワンお義父さんに。
「もう…無理…走れないよ…っっ」
「ったく、しゃーねーな!!」
アスタが私を引っ張ると、私は両足が地から離れる。
そして、気が付いた時には…私は既にアスタの腕の中にいた。いつも以上に顔が間近にあり、思わず凝視してしまう。
…よく見たこと殆ど無かったけれど、まつ毛が長くて鼻筋も綺麗…肌も綺麗で髪の毛もサラサラで、きっと毎日手入れをしてるんだろうなぁと思っ……。
……って、私!何思ってるの!?今そんなこと考えてる余裕は無いのに!
「離してよアスタ!このまま私達が向こうに逃げたら、住宅に被害が追ってきた黒竜に…!」
「今更俺らが逆言ったって、黒竜はこの辺り全体を攻撃してくる、違うか?!」
だったら。…だったらどうしたら良いって言うのよ…。
私はやっぱり目頭が熱くなる。…ダメ、ダメだよ。向こうに行ったら、レアン達に迷惑が掛かる。ガラハッドやリリー、ローズはまだ子供なのに。…あの家には、スワンお義父さんの大事な物が沢山詰まってるのに。
「いやだよ!嫌!壊されたくないよ!」
「俺だってフルール村が…」
「フラン?アスタ?何してるの?!??」
「「れ、レアン…!?」」
きょとんとしながらそう言い放つレアンだったが、ボロボロの私達を見て、慌てて「家に行く!?」と言ってくれた。でも…
「それどころじゃないんだ、今すぐ…!」
「今すぐここから逃げて!森で…!!!」
私達はそう言ってその場から動かない。レアンは少し不思議そうな顔をしていたが、私達が走ってきた向こう側から不穏な音が響いてきて、すぐに顔色を変える。
「2人は遠くまで逃げて、私家に行って皆に知らせてくる!」
そう言い放ち、パタパタと走っていくレアン。
何も言えず固まる私達を他所に、彼女の家である孤児院へと駆け出していった。
黒竜のことを話してないんだけど…と思うけれど、異常事態だということは伝わったのだろう。
それから数分も経たない内に、ざわざわとした空気がし始める。伝わったのかな、と思ったがどうやら違うみたいだった。
住宅の方から、生誕祭の方から、貴族みたいな人がやって来たのだ。
私は思わずアスタの首を絞める勢いで腕を交差する。
目を瞑ってしまうけれど、アスタがそれを受け入れてくれたということだけは伝わってきた。
「君達、どうしたのかね!?」
焦ったような声を上げている。
「あっえと…」とたじろぐアスタの声も一緒に聞こえ、諸々への恐怖よりもアスタへの呆れが勝つことになってしまった。
「森で黒竜が暴れてて…!」
私が目を開けてそう言い切れば、結構大勢の人が集まっていたらしい。
半分くらいは信じてくれるが、もう半分はあまり信じていないようだった。特に、村の人達は凄く信じてくれてて顔色を変えている。だけど、貴族の連人は“なんだこいつ”みたいな顔だった。
やっぱり、信じて………
「…ハルトが言っていたのは本当のことでしたのね」
「あぁ、俄には信じ難いがな…」
それから、貴族の中心である男の人と女の人が何かを話し合う。
…信じて、くれてる…?
何百年も黒竜は噂だと言われ続けた。この国で人間以外は見向きもされなくなった。…スワンお義父さんだって、獣人というだけで貴族に受け入れてもらえなかった。
なのに、…この人達は信じてるの…?
「ぁ…わりぃフラン!」
「…うん、大丈夫…。ありがと」
そう言いながら私を降ろしてくれるアスタ。
…謝る必要無いんだけどなと思いながら、私は地に足をつける。
「すぐに騎士団へ要請を…」と言いながらアレコレ指示をし始める貴族。貴族の中でも偉い人なのかな。…よく分からないや。
「アスタ!フラン!」「ロータス…!」
そして、彼らの後ろからロータスがここに来てくれる。
小さく、「大丈夫か?」と呟いてくれるけれど、今はそれどころじゃない。確かに貴族は苦手だけど、でも今は…!
「グォォォォォオオオオ!!!!!」
…………あぁ、どうしよう。
やっぱり、動けないよ…。後ろからのその声に、私達は何も出来ずに立ち尽くす。
一目散に逃げ出す村の皆。
遠くの方にまたあの黒竜が見える。人の気配を追ってきたのか私達を追ってきたのか…。どちらにせよ、流石にもう…
「…もう、逃げられないよ…」
せめて、スワンお義父さんの形見だけでも、傍にいさせて。
ねえロータス、レアンとガラハッド達と一緒に逃げて。貴方なら頑張れるでしょ?だって王都の衛兵なんだもん。ガラハッドやリリーやローズ達には、まだまだ未来がある。羽ばたける未来が待っている。たった5歳にも満たない小さな子供達。そんな彼らの未来を守り抜いてあげて。
私はもう逃げられないから。
だからさ、…そんな顔しないでよアスタ。
「諦めんなよフラン!」
もう、動けないんだよ。足の震えが止まらないの。
アスタも逃げなよ、ねぇ、早く逃げてよ!もうすぐ黒竜が追ってくるんだよ?幻獣だよ?ねえ、早く逃げてよ!私を置いて逃げてよ!!!
「っっ…兄さん!早く!!」
「アスタ、フランと来い!良いな?」
レアンの隣には3人が居て、ロータスはそう言い放つとそのまま4人の元に駆けつけていった。
アスタは私と共に二人きりで立ち尽くす。
「…フラン、行くぞ」
「嫌だ。アスタだけで行って」
アスタが私に手を差し伸べるが、私はそれを払い除けて断る。
…この村は私にとってかけがえのない大切な村なの。
何もかもに疲れ果て、どうしようも無くなったあの日、私を拾ってくれたスワン・フレグラントお義父さん。
獣人だったけど、とっても優しくて。
亡くなってもまだ形見である羽の首飾りと家は、まだまだ守り続けたかった。私が寿命を全うするまで、私がスワンお義父さんの分まで生きるって誓ったのに。
この村の人達は本当に良い人で、種族なんか関係ない、お父さんのことも、リリーとローズのことも受け入れてくれた。周りの人達が優しすぎて、こうやって援助をしてくれたりしてくれたおかげで、今の今まで生きてこられたの。
「私この村が好きなの…大好きなの」
なのに…こんなのあんまりだよ。
この村から出たくない、またあの時みたいになるのは嫌だ。この村を置いていきたくない、私に帰るべき場所を与えてくれた、大切な場所なのに。
「…なら俺も嫌だ。お前と残るわ」
……アスタはそう言い放ち、そのまま地べたに座り込む。
いつも通りの軽い口調。
そんな彼の、いつもと変わらない雰囲気。
いつもならそれに助けられる筈なのに、今回ばかりは泣きそうになってしまう。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!とそれだけ連呼しまくっても、アスタの表情は変わらない。
「ばか…」「お前だってそうじゃん」
ゆっくりと私の方を見続けている。少しだけ笑いながらも、その目はとても優しい。
…その姿に安心してしまい、そのまま膝から崩れ落ちた。
アスタの顔が近くまで帰ってくる。だけど、今度は少し恥ずかしくなって。そのまま彼の後ろに回って、背中合わせで座り込んだ。
「…俺さ、お前に隠し事したくなくて。最期の話、聞いてくれる?」
どんな表情をしているのかな。…見たい。
だけど、それを見てしまったら、私もこんな酷い顔を見られるってことだから少し躊躇う。泣き喚いて、暴言まで吐いてしまったそんな顔、見たくないでしょ?こんな近くに居ることだって嫌な筈なのに。
迷った末、そのまま聞くことにした。…黒竜が近くに居る筈なのに、ここだけは、静かで落ち着いた空気だった。
「…貴族なんだよな、俺」
「………薄々感じてはいたけどね」
えっ嘘だろ!?!?!?と、心底驚いたような口調で言い放つアスタ。背中がぽっかりと空いてしまったので、アスタは動いたのかもしれない。
…いや、気づくでしょ。
本格的なことは分からなかったけど、会った時どっかの坊ちゃんみたいな感じだったし、ロータスが暫く敬語使ってたくらいだし。ロータスが年下の民に敬語を使うなんて珍しいなって思ってたもん。
「隠しきれてると思ってたんだ」
「いや…だって…苦手って言う割に普通に接してくれてるから、全然気づいてないのかなって…」
徐々に小さくなっていく声色。
…そっか、苦手っていうことは知ってるんだったっけ。理由は教えてないけど。まあでも…
「…わざわざアスタに態度変える程アスタに貴族味を感じてなかった…的な?」
「嫌なこと言うなぁ、むちゃ失礼じゃん!」
笑いながらそう言えば、アスタも笑いながら返してくれる。
「冗談冗談」と言いながら前を見据えれば、背中に温もりが返ってきた。温かいな。
「…初めて会った時さ、覚えてる?」
「昨日のことくらいに鮮明には。」
そっか、と呟けば、暫し沈黙が訪れる。…覚えててくれたんだ。
「…まだ伝えてなかったよね、…ありがとう。」
私も覚えてるよ。
あの日、貴方がこの首飾りを見つけてくれた。失くしてしまった首飾りをずっと探し続けてくれて。「もう良いよ」って言っても聞かなかったよね。
日が暮れて、夜になって、太陽が昇っても。
貴方はずっと探してくれた。私にとっての、スワンお義父さんの、大事な大事な形見を。
…良かった。いつか伝えようって思ってたけど、最期に伝えられて。
「俺もさ、最期に伝えても良いかな?」
また背中の温もりが消え、立ち上がる音が聞こえた。
思わず振り向いてみると、アスタの顔がすぐ近くにある。…こんな酷い顔、見られたくなかったんだけどな…と思うと同時に、これが最期なんだと痛感させられた。
彼の後ろの方、遠くに黒い竜が見えるから。
「…なに?」
「好きだよ」
えっ…?と呟くよりも前に、アスタにぎゅっと抱き締められる。
頭が追いつくよりも前に、私の顔は、アスタの胸の中にあった。
「あの日から、お前の笑顔が好きだった。」
料理も洗濯も何もかも一人で頑張ろうとしてる所も、過去を乗り越えようとしてる所も、あの人から優しさを受け継ごうと頑張ってる所も、それでも厳しい所が好きだ。初めて食べた手料理だって覚えてるし、ミサンガのことも覚えてる。…等など、…その言葉一つ一つが温かくて、…気がつけば、目が霞んでいた。
目の前がぼやけるくらい、何も見えない。
「優しさと厳しさで迷って葛藤してた筈なのに、何もしてあげられなくてごめんな…」
「そんなことっ…無いよっ…、わたしっアスタのっおか…げでっ……じぶっ……」
…スワンお義父さんのように優しい人にならなきゃならないって思ってた。
だけど、アスタは…そんな私も、そっちじゃない私も好きだって言ってくれた。受け入れてくれた。
あぁ、本当の自分を受け入れてくれたような気がして、…あの時ずっと傍に居てくれたレアンも、そんなことを言ってくれてたっけ。
懐かしいなぁ。…ねぇ、レアン、ロータスと一緒にちゃんと逃げた?ガラハッド達のこと、ちゃんと任せたからね。
「だから、好きだ。…ずっとずっと、大好きだった。今も、昔も。」
「っ…遅すぎるよ…!…けど、私も好きだよ!大好き!…馬鹿…っっ!」
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、と。口から溢れてくる。
貴族なら、親だって待ってる筈。国の何処かで、アンタが帰ってくるのを待っている筈なのに。
「俺の継母さん、馬鹿だからさ。…最期は好きな人と一緒に居なさいって言われたんよ」
後悔しない選択をしろ、そう言われて育ってきたんだそうで。
…この村に来てくれたのも、もしかしたらその教えのお陰なのかな、って思いながら、その話を聞く。
好きな人って…、面と向かって言われると目を逸らしてしまいそうになる。…だけど、ここで目を逸らしたら、…次はないから。
私は、正面からアスタを見つめた。
「…名前言ってなかったな、…俺はアスタグラン・カモミート。パラヴィお母様の子供で、ボライフお継母様にも育てられた。伯爵家の長男だ」
「私は、っフラン・フレグラント。…この村で育ってきたっ…貴族のことはちょっと苦手な…スワンお義父さんの、子供だよっ」
私達はお互い顔を見て微笑み合う。差し出された手を、今度はゆっくりと握りしめることが出来た。
スッキリしたよ。…これで、お互い、嘘も隠し事も無いね。
唇と唇が、重なり合う。
最期に、貴方の傍に居ることが出来て良かった。
ありがとうアスタ。ありがとう、私と一緒に居てくれて。
…そして、………さようなら。―――
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「ほんっとごめんな!フラン!!!」
90°ならぬ180°程の礼をして謝ってくるアスタ。
周りには、レアンやロータス、とそれにリスクくんが、苦笑いのまま固まっている。
「……遅いよ、馬鹿」
「えっ…怒んないの?」
「…私をなんだと思ってるの!怒るよ!?」
「ごめんってばぁ!!!!」
今朝は、久しぶりにあの日のように変な夢を見たんだよね。
初めてティーアが精霊の儀をしたあの日に見た夢。悪夢ではないんだけど、恐怖を感じる。かと思えば、ちょっと幸せというか嬉しいというか…。でも全然覚えていなくて、ふわっとした感覚だけしか残らない。
そして、この夢を見た日は大体複雑な感じ。
今日だって、もう夕方と夜の間の空の時にアスタが来て…、しかも、ロータスと2人。揃いも揃ってボロボロだったんだもん。怒るというか呆れちゃうよね。
「とにかくさ、水浴びしてきな?話はそれから!」
「はーい」
…だけどね、無事で良かった、って…心の底からそう思うんだ。




