番外編 高揚令嬢は慕情を見つめ、
今日で、この世界は永暦998年となる。
そして、ティーアちゃんが9歳の誕生日を迎えるということ。…実際には正確な日時は分かっていないみたいだが、ティーアちゃんがフランさんから聞いた話によるとそうらしい。
つまり、今日はクリスティーナ生誕祭。
「毎年毎年賑わってますね〜あっちの方は」
「そうね、馬鹿みたいに」
住宅街の方へと目線を移しながらそう言い放つティーアちゃんだったが、顔全体で微笑んでいる。その喜びを隠しきれないようで、思わず私も微笑んでしまう。
「…なによ」「いえ別に…」
私の返事にムスッとし始めるティーアちゃんだったが、隣にいるお兄様はティーアちゃんに向かって口を開けば、更にティーアちゃんの頬は膨らんでいく。
「……没日でもあるから、か…」
「そんなにしんみりとしないで頂戴」
それはすまない、と言い放つお兄様だったが、ティーアちゃんを見る目が明らかに“本気”だった。ティーアちゃんは目を瞑ってため息をついているからお兄様のことには気づいていないだろうけれど、言われてみればその通りなんだよね。
ゲームでも三作目以降のどこかで「最悪の誕生日だったわ!」って言ってたし。そう言うフランクさがクリスティーナ様の良さ、とも言われてたっけ。
「随分とお気楽なものだな」
「……王宮の角を曲がってからの記憶が一切無いのよね」
ここもゲームと同じ。
黄泉の国らしき所から「暗殺か何かだと思うけど…」と言っていたのが懐かしい。何作目だったっけな。
「それより、リスクは?」
「今はアスタさんと一緒に!なんでも、ケーキ屋さんの手伝いをするみたいですよ」
ティーアちゃんがそう聞くので、私はこの前のことを口に出す。
『兄さんようやくヘタレから脱出したんだ、だから今年は絶対手伝うんだって。僕も様子を見たいから、今年は院に行けないかも、ごめんね!!』
『大丈夫!それより2人の話聞かせてね…っ』
『もちろんだよ!!』
フランさんのお店、結構人気なんだよね。
毎年それを楽しみに来る人も多いと聞いており、リスク曰くアスタさんはベタ褒めだそうで。レアンさんもロータスさんも、それに孤児院の少年少女達も皆こぞって褒め称える物だから、ティーアちゃん曰く、毎年ワクワクしながら計画立てている模様。
「アボイ♪」
そして、リスクのクンペルことアボイドがベンチに座って楽しそうに口を開いた。
「「「え?」」」
「アボイ???」
……え、いやいやいやいやいやいやいや。なんでこんな所にいるの!?アボイド、リスクの所に居なくても平気なの…!?
「え、クンペルって何キロか離れたら消えちゃうんじゃ…」
「…それはないけど、不安定な状態にはなるわよね」
その言葉に、「大丈夫なのか…!?」と心配そうに言い放つお兄様。ティーアちゃんも慌てたようにアボイドを膝の上に乗せ、リスクの所に…!と口にするが、当の本人は呑気に欠伸をしている。
「ふっ、面白いことになってるみたいだな」
そして、また更なる声が聞こえてきた。
上を向けば、そこには金髪赤瞳の少年が立っているではないか。その容姿は間違えなくイグニス様である。
その後ろには…第七番隊隊長ヴァレリアン・ハートさんが立っている。この人はイグニス様だけでなくティーアちゃんからも名前を聞いたことがある。現場に行ってティーアちゃんの怪我の治癒をしてくださった方らしい。
隊長ってことだから、イグニス様の護衛だろう。
「あら…イグも生誕祭に来たのですか?それに、ヴァレリアン隊長…お久しぶりです」
「うん!」
「あらあら、覚えてくださりありがとう〜」
少し驚いたように口を開くティーアちゃん。隊長は上品。
無邪気に笑いながらしゃがんでティーアちゃんと目を合わせる王子は、中々の攻略対象者ぶりを発揮している。…すげぇ、まじですげぇ。流石にイケメン過ぎるて。
「あー、フィーナ?」
「萌えてるだけなのでお気になさらず」
呆れたような視線を向けてくるイグニス様に対し早口で答えてしまう。すると今度はティーアちゃんが口を開いた。
「も、燃えてる…!? 消火する?うーちゃん呼ぶ?!」
「いやいやいわ、ほんとに大丈夫です!」
こんなモンでうーちゃん先輩呼んでたまるかよ!?!!流石に迷惑がすぎ…
「呼ばれて速攻見参美少女精霊、四天王水精霊様うーちゃん先輩だよぉ〜♪」
「あ、唯一神精霊王スピリット様もいまーす☆☆☆」
……あ、なんかやべぇことなってるわ。
なんか凄い、とても凄い。なんで?なんで!?これが生誕祭の力なのか…!?
「…まあ、ふふ…久しぶりねうーちゃん。元気だった?」
「はいっティーアちゃんもお元気そうで!」
ナチュラルにアボイドを退かしてティーアちゃんの膝の上を確保する水精霊様と、
「あの、えと…は、ハジメマシテ」
「ふふ、お久しぶりです精霊王、王は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、半年ほど前お会いしましたね」
「もちろん覚えてるよっっっ!!!!」
お兄様にとてもとても緊張しているらしい精霊王様。普通は人間が精霊に緊張する筈なんだけどね。流石お兄様ってことにしておく。
「……あっはは!やっぱり。面白いことになってるね?」
「呑気なこと言ってないで!これ、最早天変地異なんですよ!?」
「あらあら、楽しそうで何よりだわぁ〜」
そして、呑気に微笑む王子様。
ゲームのげの字もありはしない。けれど、ゲームのことを思う度、本来あるべき姿が分からなくなってくる。
ゲームには攻略対象者それぞれにある程度の選択肢がある。好感度を上げる為の物とは別に、救う順序だったり、対象者を選んだりするという択。…それ自体ゲームとしては普通なのだろうけど、ここではそうも言ってられないだろう。
ここが今何ルートなのかは一応定まっては居ないことになる。今から3、4ヶ月後に行われるパーティーではっきりすることになる筈なんだけど…
―私が決めなきゃならないんだよなぁ…
白、マゼンタ、緑の3色のどれかの色のドレスを身につけて、そのパーティーに参加する必要がある。…マゼンタならばクリスティーナ様を知らない子、緑ならばアドラ様。そして、白はイグニス様、リスク、もう一人の子という形。白って言ってもほぼクリーム色だったんだけどね。
だから、何を着ていけば良いのか…。
選択肢にそれ以外なかったし、それ以外着ていくつもりも無いから、キャンディさんにはその色で見立てをしてもらっているんだけど、色を選ぶというだけで心持ちが違うよね。
なんというか、本気にしないと申し訳なくなってくるし。
「それより、私はそろそろ行くわね。イグも何かあったらここに来ると良いわ、今度孤児院の皆も紹介してあげる」
ニッコリと微笑むティーアちゃん。
……上から目線は上から目線なんだけど、なんというか…成長したな、って。今までなら絶対「それじゃ」って感じの塩対応だったし、ここにきてとか紹介するから、とか絶対言わなかっただろうに。
まあ、この前の騎士達との一件でイグニス様には心を開き始めてる可能性も考えられるけれども。
「……セラフィーナさん、何よその目は」
「おほほほほ、温かい目でございますわ」
某猫型ロボットの如き眼差しを浮かべる私。
そんな引いたような視線を向けないでくだせぇ。お兄様を見習って頂戴な。てかお兄様神かよ、神だったわ。神子かよ。
そのまま孤児院の向こう側にある教会の方へ歩いていくティーアちゃん。
アボイドもティーアちゃんの頭の上に乗って移動しているみたいだ。うーちゃん先輩とスピリット様も一緒に行ってしまうので、辺りは何とも言えない静けさに包まれる。
「……やはり…ティーアは無口なのに騒がしいよな」
お兄様はぼそっと呟くので、思わず笑ってしまう。確かに、ティーアちゃん本人は全然喋らないのに、周りは彼女のことを思っているというかなんというか…。その周りの人達は、ティーアちゃんの魅力が惹きつけたんだろうな、と。
元々私がこのゲームにハマったのだって、第三作目の主人公ちゃんやクリスティーナ様のご活躍あってこそだったわけだし。
そう思うと、オトチカを作ってくださった田中社長には感謝しか無い。ありがとう原作者様、ありがとう田中社長。
『ふっ…』
「…あれ、誰か喋りました??」
そして、頭の中に何かが聞こえてくる。
「?俺達は何も喋ってないが?」
お兄様とイグが顔を見合わせそう言うので、気の所為だったのかもしれない。隊長もキョトンとしている。……そもそも精霊様が聞いていたとしても、田中社長のことを知っている筈がないし。マジで社長神です。
オトチカ最高、作ってくれてありがとう。てかオトチカ知らなかったら転生初日から詰んでたわけだし。冷静に考えて、視察に向かってたであろうあの両親がここを見捨てて逃げるわけがないのだ。
多分、魔力器検定に向かった時にお兄様とセラフィーナの二人きりだったのだって、それが理由だったんだろうな…。
「それよりセラフィーナ、今年も見に行くんだろ?ティーアの精霊の儀、」
「俺も楽しみにしてきたんだ!2人があまりにも楽しそうに話すから、来てみたくって!」
2人は話題を変えるかのようにそう言い放ち、くるりと背中を見せる。逆光に照らされたその姿は、限りなく“第一作目のオープニング”の映像そのもの。
二重で見えてくるその影に、思わず涙ぐみそうになった。だけど、2人を心配させないようにじっと堪える。
「さあ、行こうか」「お手をどうぞ、」
こちらを振り向き、ニッコリと微笑んでそう言い放つ2人。…ゲームとは違い、仲が良さそうなその姿に対して更に目頭が熱くなる。ファンサが過ぎる、もう無理、これ以上私のHPを減らさないでおくれ…
「あ、ありがとう…ございまふ…」
なんとか両手で2人の手を握り、そのままベンチから立ち上がる。
うぅ…どうしよ、この2人でこれなのに、最推し来たら絶対死ぬって。どうしよう、最推しじゃなくとも第三作目のキャラが来たら確実にKO。
苦笑いしている少年…いや、最早青年か?彼らを見ながら、私は今日も自分の体力と戦うこととなったのだった。
ーーーーー
「ねぇーーー!とーちゃん!もう良いよね!?」
「ダーメーだ!まだお前は小せーだろ」
黒髪の少年が一人…父親を見上げながら大きく頬を膨らます。
しかし、父もまた譲るつもりはないのか…「ゼッテー行かせねぇかんな!!!」と睨みまくっている様子。そんな2人を母親は静かに見守った。
(私じゃ何も言えないけれど、……でも会いたいのは私もなのよねぇ……)
ただし、自分は若干息子に加勢したくはある。
「そろそろ落ち着きなさいよ」と声をかければ、2人は「「フンッ」」とそれぞれそっぽを向いて…親子全開で頬を膨らました。女性は呆れながら2人を見つめる。
「まぁでも、……貴方の言うことも分かるわジェット。知らない人間ばかりだと何をされるか心配だし」
「でも母さ…!」
「もちろん、モリオンの気持ちだってちゃんと分かってる。……ティーアちゃんとセラフィーナちゃんに会いに行きたいんでしょ?」
その言葉に…息子モリオンは何度も何度も頷いてみせる。
父ジェットは何も言わずため息をつき、母オニキスへ目を向けた。
「そいつらが何なのかは知らねぇけど、……俺は目の前で見るまでは認めねぇ。絶対に」
「……そう言うと思ってるから、別に期待してない」
「なっ…おいお前なぁ…!」
オニキスはジェットの言葉を軽くあしらい、モリオンの頭を撫でる。
「だけど、……人間には良い人も悪い人もいる。私達リュウと同じように。いくら2人がとってもとっても良い人で…貴方のことを助けてくれたとしても、全員が全員良い人なわけじゃない」
「………母さん…」
「今日は人間が沢山いるのよ、また今度にしましょう。お父さんも…貴方のことが心配なのよ」
「………はーい」
モリオンはそう返事をして、少し不貞腐れながら歩き始める。
……オニキスとジェットは、そんな息子の後を追うようにゆっくりと歩いてゆく。
「別に俺抜きで行けば?そんなに言うならさ、」
「そんな寂しいこと言わないでよ、必ず貴方を振り向かせるんだから!覚悟してなさいよ!」
オニキスはジェットにそう言い放ち、早歩きで前を歩くモリオンの元へと急いだ。
ジェットはそのまま少し立ち止まり、前を歩く妻と息子を見つめる。
「………反則じゃん、そんなの」
その言葉は、誰の耳にも届かず。
その赤らみは…誰の目にも届かなかった。




