Ⅰ31.卓越少女は口で伝え、
「…もう一度聞くが、何もやらかしてないんだよな?ティーアちゃん??」
「うん、何もしてない!騎士の人達に助けてもらったの!…ちょっと銃弾が当たっただけで…」
それはちょっととは言わないよ、と教えてくれるロータスさん。
今ここは王城。こんなに早い期間で王城に訪れることになるなど誰が夢に見ただろうか。
私ってば王城に愛されてるのね。知らなかった。
むしろ死んだのは王城だし、嫌われてると思ってたのに!
謁見の間の扉を前に更に念押しをされる。
…イグに預けた魔道具がまだ動き続けていたらしく、向こう側にいた人に私のことが筒抜けだったらしい。イグが私の動きをしっかり追ってたからだわ。
まだ起動していた原因は、本来であれば両側から魔力を注ぐことで使える魔道具の筈なのに、レオンハルトさんがその魔力量を補っていた所為でしょうね。良いのか悪いのか…。
……まあ良いわ、今日は陛下は不在のようだし、穏便に済ませ……
「連れてきました、」
「何よこの悲惨さ…」
……思わず呟いてしまうくらい、騎士達が項垂れていた。
「……ロータス殿ありがとう、…少し退出しててほしい」
「分かりました」
「え、ちょ、レオンハルトさん!?」
瞬く間に退出しようとするロータスさん。
小声で「何をしたんだ」と聞かれる。「何もしてないから!」と少し大きめで念を押すように言えば、ロータスさんは渋々退出してしまう。……しまったわね、「嫌だ!私、ロータスさんと一緒が良い!」って駄々を捏ねるべきだったかもしれないわ。
ロータスさんさえ居てくれたらレオンハルトさん達も変なことは触れないでくれていたでしょうに、その可能性を最初から潰すだなんて…なんて策士なのかしらこの男!
「もぉ、ほんっと貴方は……」
「何かあるなら言ってくれ、今日は無礼講だ」
無礼講でも言えないものは言えないに決まってるでしょう!?ここで公爵子息に「ロータスさんを退出させないで!」と命令口調で言ったら騎士からボコボコにされるでしょうし。
……そして仮に言うことを聞いてくれてロータスさんにここに居てもらったとしても、彼がロータスさんの前では言えないような話題を出したりしたら……たまったものではない。
セラフィーナさんには超がつくほど優しいし他の皆にも優しいのに、どうして私にはこんなに意地悪なのかしら。セラフィーナさんを森に連れて行った?ことをまだ根に持っているのかしらね。いつまでも根に持たないでほしいわ。
どちらにせよ私には選択肢がないので、口角を上げながら見下ろしてくるレオンハルトさんへ頬を膨らましながら睨み見上げる。
所が、彼の隣にいるのはセラフィーナさんではなく…
「ティーア!怪我はもう大丈夫なの?」
「えぇ…あ〜…ええ、大丈夫よイグ。貴方こそ平気?」
うん!と明るく振る舞ってくれるイグ。なんて良い子なのかしら、どこかの意地悪な誰かさんとは違って!
どうやらこの部屋を指定したのはレオンハルトさんらしい。第一王位継承者ではない彼が安易に使えるとは思えない、と言いたいけれど、私も使ってたから別に特段不思議ではない。ネフェルさんからの情報によると第二王位継承者とのことだし。むしろクリスティーナよりも地位は高いわよね、別に私王位継承者ではなかったし。クリストファーお兄様が第一王位継承者で、他に2人も居たから私に回ってくることはなかった。
「それより、ティーアこそ…随分慣れてたみたいだけど、…どこで習ったの?」
ティーアこそ、って何かしらと思いながらも、変なことは言わないように気をつける。
「自己流?…と、あとは学園の部屋から下を見れば、毎日朝練があるのよ!あれは勉強になるわ」
……前世の知識と努力です、なんて口が裂けても言えない。
なんとか絞り出すと、イグは「そうなんだ!」と言ってくれる。なんて純粋で優しい男の子なのかしら、……どこぞの意地悪お兄さんとは違って。
「…ならば、何故あそこにいたのか聞かせてもらおうか?」
「まずはその笑顔どうにかして…」
レオンハルトさんはニッコニコ。どこぞの兄が怖すぎる。
これぞまさに有無を言わさぬ笑み。まぁ無理もないわね。……とは言え自らあそこに行きたかったので行きました、となれば相当怪しい。学園にいる筈なのに何故ってね。余計聞かれる未来が見えるもの。
だから、ここは一つ…
「陛下から調査を頼まれたのよ、魔物と…」
え、なんでそんなに皆して固まるの…?
何かマズいことでもあったのかしら。陛下の名前を安易に出したら罰…とか?
「ティーアちゃん…そういうのは先に言って!?!!」
「え、そ、え??ごめんなさい?嘘かも?」
セラフィーナさんがそう言うって言うことは余っ程のことなのね。嘘ついてごめんなさい?
「嘘?!なら何で居たの!?!!」
「普通にちょっと調べたかったことが…」
……限に魔物も見つけたし、それに新しく不自然な魔力も発見した。
魔物の魔力に引っ張られそうだったけれど、……微かとはいえ確実に感じた。あの魔力は只者じゃない、そう…例えば大罪魔導師とか。だけどあんな場所にいるかしら?と思う、けれどセラフィーナさんが「嫉妬の魔導師と関わりが」と言っていたのを思い出す。
……私は嫉妬の魔導師を知らないし、嫉妬の魔導書があるだなんてことは聞いたこともないのだけれど。
そんなこんなで……報酬としては悪くないと思うのよね。それなのに何がいけなかったかしら。あ、言ってほしかったとかはありそうね。でも、セラフィーナさんに言ったら、「私もいきます」って言いかねないし……
「つまり、お前は嘘をついたのか?騎士がこんなにいる中で?」
「………そうね、そうなるかも」
別に良いじゃない、とは言えない雰囲気に私は苦笑い。
とはいえ、騎士団長は命の恩人にケチを付ける方だとは思えない。と〜っても真面目そうなTHE格好良い人みたいな感じの方だもの。そう、まるで聖騎士…の、父親みたいにね。
私にとってはお兄様が上であるように、聖騎士の称号を得ても尚彼より父親の方が凄いと思う。まあ、聖騎士の称号を得た彼のことは知らないから何とも言えないのだけれど。
「…陛下への報告には、お前はあそこには居ないことになっている。…異論は?」
「無いわ!そう伝えてるの?ありがとうレオンハルトさん!」
それは嬉しい誤算ね。ありがたい限りだわ。
「……ならば、尚更話してもらおうか?お前があそこにいた、本当の理由を」
「………偶然居ただけじゃない、そんなに怒らないで」
やだ怖い。睨まれるとは思ってなかったのでびっくり。
…だけど、それ以上ここで喋る義理はないのよ。後で時間と機会があって私が忘れてなかったら貴方にはしっかり話すから、それまでちょっと待ちなさいよね。
それよりも気になるのがこの有様よ。
騎士達がどうしてここまで項垂れているのかの方が気になるわ。
「……まさか、新兵に崖崩れの被害が…!?」
結構離れてた筈なのに、それでも…?確かにあのモグラって奴図体が大きかったし、下の方で通路ができていたとしたらあの辺りまで被害が拡大していても不思議じゃないわね。
魔力量はまだ全盛期より回復していないし、やはりもっと使えるようにならないと。成長期だからまだ伸びるとは思うけれど…
「…うんん、その、」
セラフィーナさんが目を逸らしながら口を開いた。
新兵も騎士団長も、重傷者こそいるものの死に至る被害は0。拘束された奇襲者達は殆どが崖崩れの被害に遭い、数人は捕まり、現在隣国の捕まった騎士達の救出作業が行われているらしい。
……良いじゃない、それなら。何故こんなにも空気が悪くなるのかし…
「お説教…的な?」
あぁ、なるほど。
「つまり、騎士団長があそこで残ったことに三人は怒って、私を残せば良かったのにと言いたかったのね?」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて!全員まず逃げてって言いたかったの!…ちょこ〜っと言い方が?キツくなっちゃったような気もするし?説教じみた言葉になっちゃった感は全然あるけども?そのぉ…いや、ティーアちゃんを残せとは誰も…!」
「嘘嘘冗談よ、…言いたいことはわかるもの」
…大方、イグが単身で赴いたこととかでしょうし。
その時、イグが行けると分かった上で、セラフィーナさんやレオンハルトさんが「行きます」って懇願しないわけがないもの。
そして、それを騎士団長達が怒って、で…それに対してまた怒ったって所でしょうね。
なんて単純なのかしらこの子達。
単純で…とても思いやりのある優しい子達。
「…誰かを犠牲にして得た幸せな世界で、どう生きるかはその人次第。…その犠牲をいつまでも心に残し、一生苦しみながら生きていくか、その人の分まで幸せに生きていくか、」
…その人の為ならば幸せに生きる他ない。
「……だけど。その人生の選択はその人の自由ではあるけれど。…それでも、貴方が信じ、守った人達はきっと、前者を選ぶ。だから守ろうと思い、足掻いているのだから」
だけど、それでは残された人の心は報われない。
「……苦しいでしょうね、もう二度と大事な人に会えないだなんて。……死んだ方がマシだったと、そう思ってしまうかもしれないわね」
…そんな人をたくさん見てきた。私だって苦しめられてきた。もう二度と会えなかった人達もいる。
そして今は…苦しめた側の人間だ。一人で死んで、大切な人達を置き去りにした側の。謝りたくても謝れないから、苦しめた側だって辛い。
どちらの気持ちも、痛い程わかるわ。
「結局、騎士だって私達だって、守りたいという気持ちが原動力。貴方にとって命を懸けて守るのが己の生き様であるとするならば、私達だって大切な人を守りたい思う。……そして、その為に行動することを否定するのは、誰であろうとも許さない」
…例え騎士であったとしても。
「だけど、神聖な戦場を勝手な判断で踏み荒らし、勝手な行動で騎士団に多大な迷惑と自己満足を押し付けてしまった。それだけは……ごめんなさい。」
私がいなくても勝てたかもしれない…とは失礼ながら言い難い。だけど、少なくとも騎士団長は新兵を守り抜いたという名誉ある死を全うできただろう。
それを、聖女でもないのに色々暴れ回ったことは謝る。
…まあ、別に後悔はしてないし、いつでもあの行動はすると思うし、今でも最適解だったとは思うけれど。
そう言って暫く頭を下げてから、ゆっくり上げると騎士達からは困惑と驚きの表情が見て取れる。イグもレオンハルトさんも黙っているし、騎士達からは何の言葉も出てこない。
セラフィーナさんもこの沈黙をどう破ろうか考えているのか何も言わずに固まっているし…。
そろそろこの光景も飽きてきたことに加え、前世の記憶も嫌な程蘇ってくるので、さっさと退出しようかと考えたその時。
「ティーア嬢。」
沈黙を破ったのは、騎士団長の隣にいた男性だった。
ピリッとした雰囲気が3人から放たれる。…怒ると怖いのか、それとも単に初めて口を開いたからか。
私が「はい」と返事をすると、「ここが公式ではなく個人の言葉も残せる場であるとするならば、私からも一つ宜しいでしょうか」と言い放つ。
レオンハルトさんが一言で承知すれば、再度私に向き直ってくれた。
「お初にお目にかかります、…騎士団副団長をやらせていただいております、ベオウルフ・シモンズと申します」
あ、この人がベオウルフ・シモンズ副団長。
確か騎士団長があれこれ魔道具に向かって言ってたものね。あちらの魔道具からは声しか聞こえなかったし、この人だとは思わなかった。
立ち上がり、騎士団長を横切り、私の正面になる位置に立ち、とても穏やかな表情を浮かべている。
「この度は新兵の救護、イグ殿の安全保護、魔物退治のお力添え、…そして我ら騎士団の窮地を御救い頂きありがとうございました。」
そう言って私の前に跪く。
やだやだやだやだ、そんなことしないで!?一庶民なのよ私!?…って言ってやりたい。
騎士団長は驚いたように「お、おいベオウルフ…!」と声を掛けようとするが、その途端…何年ぶりかと思う程の大声で「そして!!」と叫ばれ、打ち消されてしまった。
「ひゃぅっっ…??」
「我が友…シリル・ハワードを。我が国の希望である騎士団長をお救い頂き、心より感謝しております。…ありがとうございました…!」
そういって、頭を下げて平伏する。
…もぉ、だから、やめてって言ってるじゃない。…そう言いたいのに、声は喉から出てこない。
「今回の一件、騎士として民を…そして公爵様方を、王家特待生である貴女を巻き込むようなことを認めてはなりません。感謝など以ての外でしょう。」
一つ一つ、噛み締めるように言い放つ副団長。
「ですが、私個人として今この場で感謝したい。貴方が立ち上がってくださらなければ、私は“また”、大事な友を確実に一人、失っていたことでしょう。」
副団長にとって、騎士団長がどれほどの存在だったかがよく分かってしまう。……本当に、大切な人だということが。
「イグ殿、レオンハルト様、セラフィーナ様。」
それから、3人の方へ歩き、しっかりと頭を下げた。
「貴方様が現地に赴くことを認めるわけには行かなかった。それでも、例え反論してでも動いてくださり、ありがとうございました。ティーア嬢を信じ、情報を提供し、適切な対応を取り、…シリルを助けてくださり、新兵を救ってくださり、…本当にありがとうございました。…感謝してもしきれませんっっ」
目を見てお礼をした後、再び勢いよく頭を下げる。
すると、また一人立ち上がり、副団長の後ろに控える形で平伏してきた。…確か、新兵の中の一人ね。「この度は恥ずかしくもティーア嬢に命を救われ、更に我々の未熟故に騎士団長を失わず済みました…本当にありがとうございます…!!」と一息で叫び出した。
続くように次は知らない騎士が、第五番隊の騎士が、また新兵が、そして新たな騎士が…まるで堰を切ったかのように私達の正面に平伏してきた。
全員、口々に語ってくれたのは、自分達の未熟さを恥じる言葉と、騎士団長が助かったことへの感謝。
次々と騎士団長の後ろに控えていた騎士達が副団長の後ろに下がり平伏していく。3人も呆気にとられた様子で見つめていた。
…騎士団長って、皆に愛されていないと務まらないのかしら。
この光景は私も知っている。今は頭を下げられる立場じゃない筈なのに、それでも何も言えない。…この気持ちを受け止めなければ、彼らに対し失礼に値するから。
「…………」
それから、気がつけば残っているのは、騎士団長ただ一人。
私が3人の元へ向かえば、ハワード騎士団長はしっかりと、真正面から頭を下げてきた。…その目には、涙が伝っている。地面にその滴が零れ落ちた。
「この度は、…命を救って頂き…ってっ、ありがとう…ッっ」
敬語とタメ語が入り混じったような言葉だった。
…それくらい頭がいっぱいなのだ。他には何も考えられないくらい。ただそれでも、彼の言葉は部屋中に響き渡る。誰一人として、言葉を発する者はいない。それくらい、騎士団長の言葉は彼らにとって大切なのだろう。
ポタポタと涙がまた床に流れ落ちていく。
「…部下にっ友に…ッっ家族にッ、…また会えて…良かった…!!」
騎士団長の声は既に嗚咽が混じっている。
…その思いを、私は知っている。…知っている筈なのに、それでも涙が流れてきた。
嗚咽を堪えるように一言、絞り出した。
「…生きてて…っ…良がっッだ…!!!!」
その言葉が、今は何より嬉しい。
セラフィーナさんが駆け寄り、手をぎゅっと握っていた。私もそれに続き、騎士団長の手をぎゅっと握りしめる。
思わず涙が目に溜まり、涙ぐむ。
セラフィーナさんの目にも涙が浮かんでいるし、レオンハルトさんとイグの目にも、薄っすらと滴が溢れ始める。
「良かったぁ…っ」
そう思ってくれるだけで、私達は十分だから。
だからお願い、…王族の為に死ぬとか言うのはやめてください。…王族の為に騎士が死ぬ。…その光景を見たことがあるから。そんなことで生き残ったって全然嬉しくなかった…って言ったら迷惑かな。
だけど、生きててくれて良かった。
生きてて良かったと言ってくれて良かった。
……昔はまだ幼稚で、怒ったり怒鳴ったりわけわからなくなっちゃったことがあるけれど、…今日は…怒るだけじゃなくて、ちゃんと口で話せて良かった。
想いが伝わって、良かった。
……少しは私、成長できたわよね。
ーーーーー
ティーアちゃんの言葉には、明らかな重みがあった。
クリスティーナは残された者であり、残していった者。
どちらの気持ちも分かっているティーアちゃんだからこそ、あそこまで言えたのだろう。
「良かったぁ…っ」
そんなティーアちゃんの涙声が響き渡る。
私も下品にならない程度に涙を啜った。
騎士団長は凄い。この大きな手で、沢山の人を救い、護ってきたのだ。あんなに部下や同僚、そして家族に愛されて。
なのに、彼はゲームの中では死んでいた。
ゲームでの騎士団長は既に数年間で何度も交代していた。人が少ない中、隊長として最前線で戦わねばならない。団長として皆を導かねばならない。彼を皮切りに何人もの上層部が犠牲になった、とゲームで語られていた。
…もしかしたら、今回がその一件だったのかもしれない。
そう思えば身震いすらしてくる。もしも、ティーアちゃんがあの場にいなかったら。もしも、何もかもが間に合っていなかったら。
奇襲者に嬲られ、崖の崩落にあって、魔物に食われ。部下を誰一人守れず、家族と友に会うこともなく、…きっと全てを悔みながら死んでしまっていた。
だから今、彼が生きていることがこんなにも嬉しい。生きていて良かった、とそう語ってくれたのが嬉しい。
ティーアちゃんがいてくれることで、未来は少しづつ変わってる…?
だとしたら、嬉しいな。




