Ⅰ30.高揚令嬢は選択する。
「…今日はお集まりいただき感謝します」
「いえ、とんでもない。我々もお聞きしたいことが山程ございますので」
代表して騎士団長がお兄様の言葉に応えた。
ここは謁見の間。
第一王位継承者であるイグニス様の権限でここを使うことになった。陛下は隣国から帰国しているが、謁見の間にはいない。ティーアちゃんは陛下に会いたくないだろうし、イグニス様もやりすぎを怒られる可能性があるし、騎士達も色々あるから呼ばなかったんだよね。
名目上は数日前の視察の件についての報告会を行うということに。
ちなみにティーアちゃんは…陛下には会わないものの、謁見の間であることを聞いてすぐに顔を顰めていた。どうやら一番嫌いな部屋だそうだ。理由は分からないけれど、なるべくなら1秒でもいたくないそうなので、別の部屋で待機してくれている。
話を聞く時だけ呼ぶということになった。私からしたら来てくれるだけでありがたいとは思う。
イグニス様も、騎士達とはイグニス様として話したいだろうけど、ティーアちゃんの前ではイグとして話したいだろうし。そういった意味でも、今ティーアちゃんが別室なのはありがたいのかもしれない。
そしてそれを素早く決定してくれたのはお兄様なので、流石ハピエンの為円滑に進めるMANなだけある。
目の前に並んでいるのは、白い隊服を身に纏った騎士達。
こんなにも大勢から注目されるのは初めてなので、顔が引きつりそうになる。……最も、彼らが気にしているのは私じゃなくて隣にいるイグニス様かお兄様なのだろうけど。でも私の美貌は主人公レベルなので何とも言えない。キメ顔だけはしておく。
「面を上げてくれ、…そして僕に言いたいことがあるのならば許可しよう。今この場でのみ、どんな失言も咎めない。」
昨日ティーアちゃんがいる時は“イグ”呼びを徹底させていたイグニス様も、今は正真正銘王子様だ。
第五番隊の通信機でイグニス様が騎士団長含め新兵や第五番隊隊員達に『イグと呼んでください、特にティーア嬢の前では。……良いな?』と圧をかけていたことを思い出す。
……ティーアちゃんの前では徹底的にイグ扱いをさせるつもりだったらしい。
「レオンハルトからその後の話は聞いた。僕が現地に赴いた一件は父上には内密にして下さったと、……ありがとう、感謝する。」
イグニス様の言葉に、騎士団全員からさっきとはまた違う緊張感が出てくる。
そう、私やお兄様、それにイグニス様が指示を出したり避難を誘導したりしたこと、そして魔物が出現したことは、陛下やお父様には既に報告済み。
ただし、その魔物が出現した現地にイグニス様が自ら赴き、更に既にティーアちゃんがいたことは全て内密にしている。
お兄様が副団長と念入りに話し合っていた…脅していた?……いや、話し合ってた。うん。
イグニス様としても王族の人間があそこまでやるのは流石に陛下激おこ案件だし、騎士団としても王族や王家の特待生を巻き込むなど大失態。最悪地位剥奪ばかりか重罰物なので、しっかりとお兄様が話し合っていた。
「いえ、こちらとしてもその方が助かりますから。」
私が魔物の特性について話したことも、ちゃんと内密にしてもらった。
騎士達は少し不思議がっていたみたいだが、お兄様は事情を知っているのでテキパキと「こっちは伝えましょう」「代わりにこうして…」「ここは内密に、それから、」と指示してくれたのだ。ありがたい限りである。
ティーアちゃんのことは“全て”を黙秘とし、魔法を使ったことも剣を振り回したことも無いことになっている。
……陛下が真実を知ったら卒倒しちゃうって流石に。
「……では。失礼ながら第一王子殿下、」
騎士団長が口を開き始めた。
「…剣や狙撃、格闘術の御経験はどこで?」
……騎士団長には見えていたらしい。
転送された時、イグニス様は崖の上にいた。そして、下に見下ろしているのを見かけた騎士団長は大層驚きすぐに離れるよう伝えようとした。しかし、イグニス様はそれを聞かない。
剣や銃を使って難なく上部の敵を一掃したそうだ。
そして男女2人組に「ここから離れろ」と言ったらしい。その男女2人組が誰なのかはよく見えなかったらしいけれど。でも、……あんな場所に誰が…?と気になってはしまう。
「剣は…学園や城で教わっていますので。……銃は…知識だけなら選択授業で教わりますし、…昨日騎士団の視察でも実際に見たので、なんとなくは…」
…確か、ゲームでのイグニス様は他の攻略対象者に比べ目が格段に良かった筈。視覚に優れてたから、動体視力も良く、それである程度扱えたのかも。
お兄様曰く学園でも銃は触るだけで撃たせてはもらえないそうなので、あれが初の狙撃と言うことになる。
イグニス様は、昨日の俺様王子とは打って代わり弱々しいものの、……何かを決心したように顔を上げていた。口を開いた途端、騎士団全員がどよめく。
副団長すら驚きを隠せない様子の中、騎士団長だけは冷静に「なるほど。」と一言だけ答え、質問を続けた。
「では、何故単身で現地に?」
間髪いれずに騎士団からの質問が続く。こえぇ。
これ、質問されてるのが私だったら、まず間違えなく泡吹いて倒れている所だ。それを堪えているイグニス様は素晴らしい。
「…分からないんです」
「……………」
イグニス様の言葉に、全員は静まりかえる。
彼の態度は、あの場にいた作戦会議室組しか知らない。だからこそ、この場にいる半数以上は何が起こっているのか分からない状態なので、騎士団長含め心底不安になっていることだろう。
……こればかりは私も分からないので何も言えない。
「……ただ一つ言えるのは、あの場で体重が軽く、あの魔力量の中転送に耐えられるのは僕かセラフィーナだけだった」
「ですが既に第五番隊は向かっている所だったと聞いております。特にストームならばあと数分で着けた、……騎士団の通信手段を用いて、傍にいる新兵や五番隊に伝えて動かすのは不可能だったでしょうか」
「それでは間に合わないと判断しました。俺だって弱いわけじゃない、ある程度は対処可能だ、それに指示ならセラフィーナやレオンハルトが出してくれる。ならば貴方が…」
「それでも、貴方自身が戦場に出られるよりは遥かに良かった筈だろう‼︎」
騎士団長の怒声が部屋中に響き渡った。
思わずピクリと反応してしまえば、お兄様がそっと手を握ってくれた。ビリビリと直接耳が、皮膚が振動する。
…おおぅ…これは、怒ると怖いパティーンだ…っぅ。
「もし他では間に合わぬ可能性があったとしても!貴方様が出るべきではなかったのですッっ第五番隊に魔物の特性や奇襲者のことを伝え、あとは私達に任せておけば良かった筈だ!!」
続く怒声に副団長がおい落ち着けと騎士団長を押さえようとするが、白熱した騎士団長は止まらない。
「貴方が戦場に赴くぐらいならば、第五番隊が…いや、騎士団の誰もが命を顧みず行動したでしょう!例え新兵であっても!」
「それでは最悪の場合、貴方とその者まで魔物に食い殺されるかもしれない、何より…」
「貴方よりは遥かに良いに決まっています!我々騎士二人が死ぬことで、王族一人を守れるのならば!」
……この世界は王族制だ。
王族一人の為に騎士が何人も死ぬことは、歴史上全然ある。……そして、ティーアちゃんが反論してくれるかどうかは…私には分からない。
イグニス様はどうするだろうか。剣を持つことで一時的に俺様王子になるとは言え、今は至って普通の男の子に近い感性を持っている。当然、王子としての立場も承知の上だろう。
「貴方の死がどれほど大きな損害がお分かりですか!?第一王子であり、第一王位継承者である貴方の損害が!!!御自身の立場を、身の程を知りなさい!その短絡的考えで、私だけでなく民の全てに絶望を与えるのですよ!?」
イグニス様は目を瞑り、しっかりとその言葉を聞く。
その言葉を聞き、受け入れる。ゲームでは他人の…同立場はもちろん陛下の話ですら反論ばかりで殆ど聞くことのなかった少年は今、自身より立場が低い騎士団長の話を、一つ一つ噛み砕いて…着実に聞き入れていた。
……私は別の意味で感情を堪える。……イグニス様もお兄様も堪えているのだから、私だって、堪えないと。
「我々は騎士だ。王族である国王陛下や王妃だけでない。貴方方王子王女を御守りする為の盾であり、その敵を撃ち抜く剣なのです!貴方は騎士としての生き方に泥を塗る所だったのですよ!?」
まるで自分は死んでもいいみたいな、嫌なこという騎士団長。いや、実際そう言ってるのだけども。
覚悟ガンギマリ過ぎてて、一体何が彼らを動かしているのか…と問いたくなる。
……でも、知ってるんだよね私は。全員が全員じゃないと思うけれど、その一つとして。ゲームでもそこは言及されていた。第二作目…だったかな?騎士系の子が王道ルートだった時に深掘りされてた。「何故騎士は、自分を犠牲にしてまで大切な人を守るのか」、と。…だから、騎士団長の言い分も分からなくはない。
「レオンハルト様、セラフィーナ様!貴方方も現地に行く気が合ったと聞きました、…貴方方だって同じことだ、公爵の座を汚すわけにはいかない、我々が貴方方を守るのですッ」
おっと流れ弾in。
これは変化球過ぎて読めなかったが、実際そうなので何も言えない。お兄様もそこを突かれて図星なのか、何も言えず複雑そうな表情をしている。
……私だって、…分からなくはない。
「貴方方の命と、我々の命の価値は違う!」
……実際そうだと、…分かってはいる。
郷に行っては郷に従え、……この世界での命の価値は、……平等じゃないって、ちゃんと分かってる。
「貴方の為ならば、民の為ならば我々は喜んでこの命を捧げるでしょう!それが我々の生き方だ!その為にこの道を選んだのですから!!」
…だからこそ、イグニス様もお兄様も耐えているんだ。
私だってこの世界で勉強してきたからこそ、その命の重みは分かっている。王族の血が途絶えることは国の死を意味するような物。
…分かってる、分かってるよ。…でも、
「貴方方王族の為、そして民の為に我々はいるのです!決して我々の為に貴方が動くべきではない、なんの為に我々がいると思っているのですか!?」
でも、それでも…。私達は知っているから。
その命を懸けて国の為に尽くそうとした王女様がいたことを。命を懸けて国を守ろうとした盾であり、自ら赴き活躍した剣。
そんな王女様のことを、私達は知っているから。
「自らの身を危険に晒すということに危険さを今すぐにでも知りなさい!王族としての生き方を思い出し、例え騎士団長である私の身であったとしても、躊躇いなく使うことをその心に刻みなさい!貴方方は御自身の価値というものを全く…」
あ、これ駄目だ…
「「「嫌です」」」
…そしてハモるのね。そこはゲームと同じなのね。
バチバチしてたゲームでもそういう所はハモリを入れていくスタイル、嫌いじゃなかった。
そして今もまた、ゲーム同様同じ言葉でハモり合う。
タイミングなんて見計らっていなくて、ずっと前だけを向いていた。
ただそれでも、お兄様もイグニス様も、同じように呟いた。こういう時、ゲームではどの順番で喋ってたっけ。
……いや、関係ないか。
「救えると思った時に行動しなきゃッ!後々ずっとずっと後悔することになるんですよ!?死ぬまでずっと、あの時助けられたら、救えたらって思い続けるんだ!」
選択肢が与えられているのに、我が身可愛さに動かないのならば、私は何も変わっていない。
……後悔ない選択をする権利があっても尚、動かないのであれば、私は何も成長していない。
「選択肢が与えられない人だっているんですッその人達の気持ち、考えたことはありますか!?何もできず、何も知らず結果だけを知らされて。悔しいに決まってる。そんな人がいると分かって何も行動しなかったら、私はその方の家族にも友人にも仲間にも顔向けできない!」
選択肢が与えられなかった気持ちを知っているからこそ、…これからは後悔ない選択をするの。
……そう、決めてるから。生まれる前から決めてるから。
「力があるなら助ける、間に合うなら助ける、手を伸ばし続ける!…絶対に、後悔ない選択をしなきゃ…ッ!不要な死なんてあるわけない、失って良い命なんてあるわけないんだよ!?」
死んだら、何もできないんだから。
「騎士団長、そして騎士の皆々様。貴方方に関わる人が…そして、関わらず生きている民が、どれほど貴方方を慕い、憧れ、見上げているか分かっているのですか」
お兄様もゆっくりと口を開いた。
「己の価値を理解しろ?俺達がお前らとは違う?……いい加減にしろよ。頭使ってよく考えろ、…そんなわけないだろっッ!!お前らは人間で、ちゃんと生きている。価値のある立派な人間だろうがッ!!」
価値が違うなんて言わせない。
騎士団長も騎士も、立派な一人の人間なのだ。
「価値を理解していないのはアンタの方だ騎士団長ッ!貴方が死んだらどれだけの人が悲しむと思ってるッ!?…俺だってそんな報告聞きたくない、一人死んだだけでどれだけの損害があると思ってるんだッ!自分の価値を考え直せッ!!」
私達の為に死ぬのが名誉だとしても、それは彼らにとって、最善策じゃない。人が死ぬのは悲しいよ。
「…確かに僕は、その短絡的な行動で多くの者に迷惑をかけました。騎士団長、貴方が望まぬ形で、貴方を助けようとした。…だが、」
剣を持たずとも、しっかりと意志を持った目つきを向けるイグニス様。
「例え貴方が騎士団長でなく、単なる一兵卒であろうとも、俺は同じ事をした筈だ、そしてそれが民ならば尚更!例え足が震えても、他事が一切考えられなくても、俺は行動するッ」
…それは、まさに昨日の彼だ。
剣を持っていない時は震えていた。剣を持てば変わることを自覚している。…ならば。
「俺が救ったのはアンタだけじゃないッ!アンタがこれから救う民を…そしてアンタがこれから育て上げた騎士達が救う多くの人の命を助けたッ!そんな大勢の命と俺の命を天秤に掛けたんだ、剣を持ってから“行動すべきか否か”なんて、考えるまでもないだろッ!!」
彼にとっては剣を持つ覚悟は行動する覚悟と同じ。
他の皆は、剣を持った後に行動するか考えるかもしれないが、剣を持った瞬間、彼の覚悟は決まるのだ。
私達が好き勝手言った所為で、沈黙が場を支配する。
…後悔するなと言った割にちょこ〜っと後悔している私。もっとやり方は色々あっただろうに。
お兄様もイグニス様もきまりが悪くなったのか、それとも慣れない大声を出して自我を制御出来なかったのが恥ずかしいのか、俯いて黙ってしまう。
「……名誉ある死かもしれないけど、でも私は皆さんが死ぬのは嫌だよ…」
「御自身で決めた生き様に対し我々が口を入れる筋合いはありませんが…」
「出来ることなら…少しは考えて欲しいな。父上が何を言うかは別として」
やっとの思いで喋り始める私達。
騎士達に言っていると言うよりは、最早3人での話に近い感じ。
「あと、これ以上ティーアが一人で戦う所は見てられないからな」
「そうそれ、」
「うん、それもあったな」
私達がティーアちゃんの話になると、扉の側で控えてくれていたロータスさんが頭を抱えそうになる。
お兄様が連れてきてくれ、と頼むと彼は一度退出。
その後、ティーアちゃんが来るまでの間、騎士団長が「彼女は?」と放心状態の中呟く。
私達は顔を見合わせ、代表してお兄様が「普通の民です」と答えるも、…流石に誰も納得はしなかったようで、再び沈黙が訪れたのだった。
……それはまぁ、……うん。
納得できないのは当然の反応であると思われる。ごめんね、ティーアちゃん。騎士の認識では普通の民ではなさそうだよ。
……騎士団長や王子の助太刀があったことを念頭に置いたとしても、あんなデカい魔物をたった一人で討伐した、……完全に伝説となる可能性は捨てきれないっすわ。




